おっぱい揉むと無双できるけど、余りにも難儀
アマラさんからリクエストをいただいた短編です。
ありがとうございます。
「おっぱいを揉ませてください!」
涼しげな風が吹き抜ける広大な平原。
晴天の空に浮かぶ太陽が、緑豊かな大地を照らす。
緩やかな起伏を描く丘は、地平線の先まで続いていた。
そんな場所に、少年の叫びが響き渡る。
「お願いです! 一揉みだけでいいので!」
「一揉みって君……」
ひざまずいて懇願する少年の前では、女冒険者が頭を抱えていた。まったく予期していなかった言葉を受け、見事に混乱しているようだ。口元を引きつらせた表情から、ドン引きしているのがよく分かる。
腕組みをしたまま後ずさる女冒険者は、ちらりと正面に視線を移す。
ついに土下座へと移行した少年の向こう、丘を背にしたそこには十数匹のゴブリンがいた。
錆びた槍や剣を携えた彼らは、醜悪な顔つきで少年と女冒険者を凝視している。決して友好的でないのは、敵意に満ちた瞳を見れば明らかであった。
少年と女冒険者に襲いかかるのも、時間の問題だろう。
「本当にちょこっとでいいんです! なんなら、片方だけでも全然オーケーです!」
緊迫した状況の中、少年はひたすら頭を下げる。
彼がここまでおっぱいに執着するのには理由があった。
少年は異世界から来た日本人で、『おっぱいを揉むこと』で莫大な力を得るという、非常に面倒な能力の持ち主なのだ。
ひとたびおっぱいを揉めば、この世界で少年に敵う存在はいなくなる。加護を得た身体はどんな攻撃だろうが傷つかず、その拳は万物を打ち砕く。
神から貰い受けた贈り物は、少年を無敵にした。
「それ、本気で言ってるの? 今の状況分かってる?」
しかし、現実はどこまでも非情だ。
現在の少年は、女冒険者から絶対零度の視線を浴びせられ、ゴブリンの群れに追いつめられていた。
おっぱいを揉んでいない少年は、すこぶる弱い。それこそゴブリン一体に勝てるか怪しいレベルである。
おまけに能力にはいくつかの条件があり、『能力の内容を相手が知っていてはいけない』、『おっぱいを揉むには相手の了承が必要』といった制約をクリアしなければ力は発揮されない。
まさに悪意と使いにくさに満ち溢れたチートだった。
「先っちょだけでいいので! 先っちょだけでいいので!」
「あの、お姉さんそろそろ怒っていいかな?」
だからこそ、少年は必死に拝み倒す。
すべてはこの窮地を脱するため。
たとえ自分が、戦いの場でいきなり乳を揉ませろと連呼する変態と思われても構わない。
生死がかかっているからこそ、少年はひたすらおっぱいを求めた。
「僕に力を……豊かな双丘をッ」
「え、聞いてる? 迷惑なんだけど」
若干脅しを込めた睨みにも、少年は屈しない。
それどころか、手足をばたつかせて駄々をこね始めた。
「やだー、やだー! おっぱいが欲しいよう!」
「そんな風にお願いされても駄目だって……」
何もかも捨てて喚く少年を尻目に、女冒険者はため息を吐き出す。
だが、少年もあきらめが悪い。
『駄々っ子作戦』が効かないと分かるや、次の策に移った。
「どうか、お胸を触らせてください……」
潤んだ目で下から見上げ、じっとお願いする。
若干マイルドな言葉を選んでいるのもポイントだ。
奥の手である『ショタっ子作戦』は、最高のクオリティーで発動された。
これでなびかないお姉さまなどいるはずがない。
確信を抱く少年は、内心でほくそ笑む。
少し間を置いた後、女冒険者はぽつりと答えた。
「無理」
「そんな……まさか……」
少年はこの世の終わりが訪れたかのように崩れ落ちる。
絶対におっぱいを揉ませてもらえると思っていたせいか、ショックは大きかったようだ。どう考えても分の悪すぎる賭けだったが、本人は至って真面目である。
近くにゴブリンがいるのも忘れて、少年は静かにうなだれた。
「さっきからなんなのよ……」
女冒険者の苛立ちは沸点に達しようとしていた。
当然のことだ。ゴブリンという脅威と対峙しているというのに、唯一の同行者がこんな調子なのだから。
気まぐれで薬草探しの依頼なんて受けなければよかった、と女冒険者は心の底から後悔する。
そうすれば、たまたま同じ依頼だった少年と行動を共にしたり、こんな危機に瀕することもなかったに違いない。
じろじろと観察してくるゴブリンの視線に嫌悪しつつ、女冒険者は剣を握る手に力を込める。
「くそっ、いちかばちか突撃して……!」
「無茶はやめてください! せめておっぱいだけでもッ」
覚悟を決めた女冒険者が踏み出そうとするも、その脚にすぐさま少年がすがりつく。あまりにも必死で、もはや少年自身も何を言っているのかよく分かっていない。
肉付きのいい太腿に掴まり、涙目で抗議する。
生存本能の赴くままに行動した結果だった。
尚も食い下がる少年に、女冒険者は声を荒げる。
「あぁ、もうっ! おっぱいおっぱいしつこいんだよっ」
「ひぎゃっ……!」
剣の柄による怒りの殴打。
直撃を食らった少年は、鼻を押さえながら悶絶する。鈍い音が鳴ったことから、骨が折れているかもしれない。
地面を転げ回る少年は、誰に言うでもなくつぶやく。
「ど、どうして……僕はただ、おっぱいを…………」
ぼんやりと滲む視界で、少年は目を開く。
仲間であるはずの女冒険者が、ゴミを見るような顔でこちらを睨んでいた。
先ほどから無言を貫くゴブリンたちが「なんだこいつら」といった視線を向けてきている。半ば呆れているようなのは気のせいではないのだろう。
神は死んだのだと、少年は心の内で嘆く。
ただおっぱいを揉み、生きたい。なぜそれが駄目なのか。
隣にいる女冒険者を助けたかった。多少の下心はあったものの、それは不可抗力というやつだ。
だが、それはもはや叶わない願いらしい。
来世はまともな能力が欲しいと祈った末、少年はそっと意識を手放した。
「なんなのよ、一体……」
すやすやと寝息を立て始めた少年に、女冒険者は困惑を隠せない。
ただ、これで余計な邪魔が入らないのは確かである。
剣を構え直した女冒険者は、ゴブリンに向かって走り出した。
「二、三体殺せば、こいつらも逃げ出すはずっ……!」
歯を食いしばり、最初の獲物を見定める。
狙いは先頭に立つ大柄な個体。
女冒険者は、そのゴブリンめがけて剣を振り下ろした。
「……え?」
虚を突かれたかのような声。
渾身の斬撃は、ゴブリンの盾に阻まれていた。
しかし、問題はそこではない。
ささやかな弾力を持った柔らかい感触。
咄嗟に突き出されたゴブリンの手は、衣服に包まれた女冒険者の胸に触れていて……。
それを知覚した瞬間、ゴブリンの身体が宙を舞った。
「――――よくも、私の胸をッ!」
拳を握りしめた女冒険者が、唸るようにつぶやく。
殺意を込めた裏拳に吹き飛ばされたゴブリンは、数メートル先でピクピクと痙攣していた。
年若い乙女にとって、胸へのタッチは御法度なのだ。
理不尽に仲間を失ったゴブリンたちは、豹変した女冒険者の様子に怯えている。
「あなたたちも、覚悟しなさい……!」
剣を捨てた女冒険者は、ゆっくり歩き出した。
その瞳には欠片の躊躇もない。眼前で狼狽える獲物を狩るのに頭がいっぱいのようだ。
獣じみた気配を纏う彼女は、一方的な蹂躙を開始する。
この日、後世において最強と謳われる『拳闘王』が誕生した。
だがしかし、その背景に一人のおっぱいを求める少年がいたのは、誰も知らない。