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ゴドフリーは災厄の星の下


緊張感がその場の空気をピリリとさせる。目の前のコーディーは暢気にも”ナタンに食事を一緒にとるように言われた”という上部の上部しか理解していないようだ。それが逆に羨ましかった。ふと見るとハリーも血の気が引いている。なんとなく良からぬことが起きると察したんだろう。

「何か食べるもの取ってくるよ。何がいい?」

そう周囲に聞きながら立ち上がったコーディーは、次の瞬間にはビタンッと勢いよくテーブルに突っ伏していた。いつの間にかコーディーのスーツの袖口にナイフが突き立っており、それがコーディーとテーブルを離れられなくしていた。コーディーはびっくりして自分の袖口のナイフをまじまじと見ていた。

「うわぁ〜…すごい」

感心している場合じゃねぇだろ!とツッコミたかったが、そんな雰囲気ではなかったからぐっと耐えた。

「いいからここにいろよ。逃げられたら堪んねぇ」

コーディーが大人しく座り直すと、ナタンはテーブルとコーディーの袖口を貫いていたナイフを引き抜いた。コーディーは「穴が…」と切なそうに自分の袖口を見ていた。

ナタンはナイフを太腿のホルスターに仕舞うと、着ていたコートの中から銀のスプーンと缶詰を一つ取り出した。

「俺はこれ食うから気にするなよ」

ナタンと手元の缶詰を交互に見て、コーディーは顔を曇らせた。

「それでお腹膨れる?」

「テメェらのせいで食欲湧かねんだよ」

お人好しなコーディーの心配を、ナタンは一刀両断した。怒りのためかナタンの手元の缶詰がミシリと音を立てた。缶詰の中身はスイートコーンだった。マジで腹膨れねぇだろうな。

「時間が惜しいから回りくどい言い方はやめるぜ。うちのリュシアン騙くらかして車ボコボコにしたのはテメェらで間違いねぇな?」

ナタンは上目遣いで俺とコーディー、ハリーを睨んだ。目つき悪い奴の上目遣いって恐いだけだ。

「騙くらかすっていうのは語弊がありますよ。ちゃんとリュシアンには事実を伝えた上で車を貸してもらいました」

「敬語やめろ。うちは対博士以外は敬語禁止だって決まりだったはずだぜ」

奥歯をギリッと噛み締めたナタンに睨まれた。迫力に気圧されてつい敬語になってしまっていたことに今気づいた。

「頼まれたら断れねぇ性格のリュシアンを選んだのは褒めてやるぜ。他の奴だったらその場で断るか俺に許可をもらいに来たはずだ」

なぁ?、と首を傾げるナタンに俺の背後のゴリラは無言で頷いた。コイツいつまで俺の背後にいるつもりだ。不気味すぎる。

「可哀想にリュシアンは、修理屋から来た領収書片手に首を捻る俺に何度も土下座してきやがった。『勝手に貸したのは僕だからゴドフリーたちを責めないで』ってな」

リュシアンが土下座して謝るサマが容易に想像でき、リュシアンお前はなんていいヤツなんだと泣きたくなる。たぶん泣きたいのは他の理由もあるが。

「俺はリュシアンには怒ってねぇ。アイツのお人好しは元からだし、アイツは普段はかなり優秀なんだ。仕事じゃまずミスはしねぇ。アイツのお人好しが良い方向に作用することだってある。だから俺はアイツを許した」

ナタンは缶詰の中のコーンをスプーンで掬う。黄色い歯の塊みたいに見えた。数分後にあれが俺たちの歯になってたらどうしようと縁起でもないことを考えた。

「でもテメェらは許さねぇ」

殺気に背筋が凍りついた。同時に冷や汗が脇腹の辺りを伝う。

「アイザック」

ナタンがそう呼ぶと背後のゴリラが素早く動いた。その巨体からは想像もつかないほどの速さと手際の良さで俺をテーブルに押さえつけ、腕を拘束した。

向かいのコーディーとハリーが息を呑むのが聞こえた。

アイザックとかいうゴリラに締め上げられた腕がギシリとしなる。痛え。

「悪かった。どうすりゃあ許してもらえる?」

顔がテーブルに押さえつけられているため喋りづらかったが、なんとか口を動かした。

「『許さねぇ』って、言っただろ」

絶対零度のナタンの声と視線。俺の視界にはテーブルしか入っていなかったが、ナタンの表情が手にとるようにわかった気がした。

「なんでアイザックを連れてきたかわかるか?別に俺だけでもテメェら相手だったら釣りがくるくらいなのに」

自分の息遣いがやたら煩く聞こえた。締め上げられた腕が痛えせいか緊張のせいかはわからない。

「自慢話になっちまって悪いんだけどよ、俺、骨折るの巧いんだ。巧すぎるとも言える」

今度こそ本気で血の気が引いた。

「俺みたいに力がそれほど強くねぇタイプでも知識や経験があれば骨って綺麗に簡単に折れるんだ。ただ俺だと巧すぎて罰にならねぇ。速さと効率の良さに特化してて痛さはそっちのけなんだよ。綺麗に折りすぎて治癒も早い。それに比べてアイザックみてぇな馬鹿力は力任せにへし折るから骨が粉々になるわ肉を突き破るわ悲惨なんだよ。何度かターゲットで試してるが大の男が号泣するほど痛えらしい」

俺の上でアイザックが低く笑った。

「つまりそういうことだ。説明はもういいよな?」

「ま、待ってくれ!」

ナタンの言葉をハリーは遮った。声からかなり動揺していることがわかる。

「俺はよく事情は知らないんだが、あんたらの車を修理に出さなきゃいけない状態にしちまったことはとりあえずわかった。反省してるし謝るし、修理代もたぶん俺たちのところから出るはずだ。それで許してもらえないか?」

「駄目だ。テメェらみたいな奴らは謝ったり金を払ったりすりゃあ済むと思って本質を理解しねぇ。痛みで事の重大さを理解するのが一番効く」

「頼む!ゴドフリーはウチじゃ優秀な方なんだ。そんな奴の腕をへし折られちゃあ仕事の進捗に差し支える」

ハリーの懸命の訴えに、ナタンはしばし沈黙した。俺の心臓は早鐘を打ち続けている。

「じゃあ俺たちの車を使ってどこ行ったんだ?返答次第では小指にオマケしてやる」

ナタンのオマケが俺にとってオマケになるか甚だ疑わしかった。小指だってかなり痛いに決まっている。

「”夜の夢”っていうショーハウスだよ。ナタンも行ったことある?」

場違いなコーディーの声。ハリーが小さく呻いたのが聞こえた。俺はどうしても気になって、首をギシリギシリと動かしてナタンの表情を確認した。

無表情。あまりにも無。しかし間も無く口元にだけ笑みが浮かんだ。

「常連だぜ。よく行く」

ナタンの返答にコーディーは嬉しそうに「へぇ〜」と相槌を打った。

「今度一緒に行ってもいい?」

コーディーの質問に、ナタンは頬杖を付いて目を伏せた。

「ああ、考えておくよ」

ナタンの返事に、コーディーは暢気にはしゃいだ。次にナタンが目を開けたときには、真っ直ぐに俺を睨んでいた。底冷えするような目だった。口元は相変わらず笑っていたのが余計に恐いのだ。

「へし折れ」

アイザックへのシンプルな指示に、俺もハリーも抗議の声をあげた。が、今更聞き入れるような人物ではないだろうことはわかっていた。

「やめて!」

コーディーの珍しい大声が響く。

「コーディー…お前…」

ハリーの絶望に満ちた声に、何事だと思う。コーディーはただ叫んだだけじゃないのか?

骨をへし折られる覚悟のためキツく閉じていた目を開け、恐る恐る確認した。

「ひぃ」

思わず俺の口から情けない声が漏れた。自分の腕がへし折られる恐怖より、余程恐怖を感じた。

コーディーがナタンに銃を向けていたのだ。十字架と月が彫られたその銃は、コーディーがいつも仕事のときに使っているものだった。

「何をしてるんだ、それは」

ナタンは無表情だった。だが、瞳には明らかな憎悪が浮かんでおり、凄まじい殺気が俺にまで伝わってきた。

「ゴドフリーに酷いことはしないで。大事な友達なんだ」

コーディーの言葉にグワッと目元が熱くなる気がした。ちくしょう、何だよ友達って。どんなに良く見積もっても仕事仲間だろうが、俺たちは。ちくしょう、何言ってんだコーディーは。

「ははは、友達だってよ。笑っちまう」

言葉とは対照的に、渇いた笑いを漏らすナタンは、顔は正面、つまり俺に向けたままで目だけをキロっとコーディーの方へ動かした。

「もう一番だけ聞くが、お前なにしてんだ?」

「ゴドフリーに酷いことしないでくれたら撃たないよ。だからお願い。ゴドフリーを離して」

コーディーの銃は真っ直ぐナタンを狙っていた。あんまり褒めたくはねぇが、コーディーは銃の腕はなかなかいい。仕事中も慌てさえしなきゃなかなかの的中率を誇っている。ただ、ウチの仕事は殺しは厳禁なのでコーディーの銃も他の奴らが使う銃も皆麻酔の弾が込められている。つまり殺傷するための銃ではなく、相手の動きを止めるための銃だ。それはここにいる全員が周知の事実だが、ナタンを見る限りそういう問題ではないことはわかっている。ナタンは非礼に怒っているのだ。

「俺はテメェみたいな後先考えねぇ馬鹿が大嫌いだ。俺に銃なんか向けやがって、この先どうなるかちったぁ考えたのか」

「撃つ気はないよ」

ナタンに気圧されたのか、コーディーの声が小さくなった。

「脅しってことかよ。尚更ハラワタ煮え繰り返るじゃねぇか。目上のモンへの脅しなんか存在しねぇ。お前がやってんのはただの”反抗”だ。”自殺行為”とも言える」

「ヴィンセントだったら、言い訳の時間くらいくれる」

コーディーの発言に、俺を押さえつけたままのアイザックが小さく「あーあ」と漏らした。やばい、と思った。ナタンのことをよく知らない俺でも、なんとなくヴィンセントと比較するのは地雷を踏み抜く行為と同義なことはわかった。

しかし、予想に反してナタンは激昂したりせず、大きく息を吐いただけだった。

「…危ねえ。反射的にキレそうになったぜ」

そう冷静に漏らしたナタンに、俺は肝が冷えた。やっぱり地雷には違いなかった。ナタンが予想よりも忍耐強かったことに感謝だ。

「わざわざヴィンセントの名前出して俺を批判したのは気に入らねぇが、テメェがヴィンセントのやり方に慣れ親しんでいる分、俺のやり方が気に食わねぇのは理解できた」

おお、と感嘆の声をあげそうになった。ナタンって意外に話通じるのか。

「正当な理由があるなら言ってみな」

ナタンは組んでいた脚を組み替え、聞く態勢になった。コーディーは銃を向けたまま、一呼吸置いてから口を開く。

「確かに運転してたのはゴドフリーだけど、僕とのおしゃべりに夢中になってたせいできっと運転が疎かになっちゃったんだ。だから罰を与えるなら僕にして。それが一つ」

おいおい、それじゃあ人が代わるだけで現状は好転してねぇじゃねぇか。しかし、ナタンのコーディーを見る目が変わった。口を挟まずに、黙って腕を組んでコーディーの話に耳を傾けている。

「もう一つは、”夜の夢”に行ったのはヴィンセントに言われたからなんだ」

アイザックが馬鹿にしたように笑った。上司の命令を使ったその場しのぎの嘘だと思ったんだろう。

「僕があんまり女の子のことはわからないって言ったら、これからターゲットが女の子にならないとは限らないし知っておいた方がいいって」

「俺が聞く限りでは、そのヴィンセントの発言が事実なら冗談で言ったんだと判断する」

すかさず冷静に言うナタンに、返す言葉もない。どちらにせよ今の俺には返す気力も体力もないけど。

実際、ナタンの指摘する通りヴィンセントは冗談8割、本気2割くらいで言ったんじゃねぇかと思う。それをコーディーは100%本気に受け止め、俺も冗談半分だろうことは理解していたが、面白そうだったから安請け合いでコーディーを連れ出しちまった。

「根本的な問題だが、嘘ではないんだよな?」

ナタンはコーディーの目をじっと見た。まるで瞳の奥から後ろめたさや罪悪感といった負の要素を探るように。

「嘘じゃないよ。僕は嘘つかないから」

「その言葉自体が嘘だったら笑えるよな」

くくく、と短く笑うとナタンは一度思い切りテーブルを殴った。その音にコーディーがビビり怯んだ瞬間に、コーディーの持っていた銃が床に重々しい音を立てて落下していた。落ちた銃を左足で踏みつけ、いつの間にかナタンはコーディーの腕を捻り上げていた。それだけで痛いのか、コーディーは驚きと痛みに顔を歪めている。

「お前の言い訳に免じてお友達は逃してやる。だが、お前の腕は俺直々に折ってやる。安心しろ、さっき言ったように巧いから痛くねぇしすぐ治る」

真っ直ぐにコーディーの目を睨むナタンに対し、コーディーの目はぐらぐらと揺れていた。並んで立ったことでわかったが、俺たちの中でも背が低い方のコーディーと、ナタンはさほど身長が変わらない。それでもこれほどの差があると思うと、三日月隊の隊長っつうのも伊達じゃねぇんだなと痛感する。ちくしょう、コーディーに庇われるなんてマジかっこわりぃ。確かに事の発端はコーディーだったが、腕の骨一本で済むんだったら別に俺でもよかったんだ。なんとかアイザックから抜け出そうと踠いてみたが、シャレにならない馬鹿力でビクともしなかった。くそ、何もできねぇのかよ!

「やめろよ」

青空のような爽やかな声だった。

「反省してるのにそんな風にしちゃあ可哀想だぜ」

コーディーの腕を捻り上げていたナタンの右手首を掴み、赤茶の短髪の男は言った。身長はゆうに180を超えていそうで、肩に掛けている黒いロングコートの胸元には金色のバッジに”Cap.”の文字。あ、と思うよりも早く、ナタンが口を開いた。

「またテメェかよ、メイナード」

満月隊の隊長・メイナードだ。

ナタンは忌々しげにメイナードを睨みつけていたが、対するメイナードは穏やかな笑みを浮かべたままだった。

「訳知り顔は迷惑だぜ。すっこんでな」

「訳知り顔ってほどではねぇけど、廊下でオロオロしてたリュシアンに大体聞いたぜ?」

メイナードの言葉で、少し離れたところでいつの間にかいたリュシアンが申し訳なさそうにペコペコと頭を下げた。

「大体聞いたんなら余計テメェが部外者だってわかるよな?手ぇ離せよ」

ナタンがメイナードの手を振り払うためにぐっと腕を引いたようだったが、ほとんど動かなかった。ナタンが舌打ちをする。力はメイナードの方が上か。そりゃあ10センチくらい身長差ありそうだもんな。

「この手離したらコイツの腕へし折るんだろ?」

コーディーをちらりと見ながらメイナードは言った。ナタンは「当然」と言わんばかりに無言で睨み返すのみ。怯えているコーディーと目が合うと、メイナードはニッと笑った。俺には神様に見えた。

「死人が出たわけでもなし、車がメコッと凹んだくらいだろ?許してやれって」

「許すだけでコイツらが同じ失敗を繰り返さないと思うか?」

「そりゃあコイツら次第だな。でも俺だったら『コラ!もう二度とすんなよ!』って注意して終わりかな?」

「だからテメェは甘いってんだよ」

「ナタンは厳しいっつか、いろいろ徹底しすぎなんじゃないか?肩の力抜けよ」

な?、と言ってメイナードはニコッと笑った。視線だけで殺せるんじゃないかというほどのナタンの目つきを物ともしないメイナード。それに嫌気が差したのか、ナタンは溜息をつくとコーディーから手を離した。

「テメェさっき戻ったばっかだろ?長丁場だった割に他人事に首突っ込める余裕があるたぁ羨ましいな」

ナタンの嫌味に、メイナードは一瞬キョトンとしたがすぐに笑顔になった。

「ナタンは優しいな」

「 はぁ⁈」

「確かに昨夜は任務が長引いたのもあったけど、片付いたのが丁度夜明け前でせっかくだから日の出見てこうぜって皆んなで日の出見てから帰ってきたんだよ」

「…日の、出…」

コーディーが呆然としながらも興味があったのかぽつりと言うと、メイナードは、

「そう!日の出!綺麗だったぜ」

と嬉しそうに言った。

「お気楽集団が」

ナタンは吐き捨てるように言うと、そのまま踵を返した。大広間から出ようと歩き出したナタンの後を、アイザックは慌てて追う。自由の身となった俺は起き上がると凝り固まった体を解した。締め上げられていた腕はアイツの手形の痣がきっちり残っていた。くそ、ゴリラ野郎。

「あ、おーい、ナタン」

さっさと行こうとするナタンの背中にメイナードは声を掛ける。

「許してくれてありがとーなー」

にこやかに手を振るメイナードに、ナタンは舌打ちをした。

「なんでテメェが礼言うんだよ」

それを聞いたコーディーが慌てて「ありがとう!」と大声で言ったが、ナタンは何も言わず大広間を出ていった。


-続-


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