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ファースト・アタック

 第一艦橋内部は恐怖と混乱の只中にあった。


「ダメです! 対空ミサイル(SAM)効果認められません!」


 悲鳴のような声で戦闘管制オペレーターが報告した。


「くっ、化け物め!」


 山本副長が怒声と共にダンッ、とコンソールデスクの上に拳を叩き付けた。

 常に冷静沈着をもって良しとする山本副長にしては珍しいほどの激昂ぶりだ。

 黒いドラゴンの出現によって受けた未知なる驚愕と現実的な脅威が、それだけ山本副長に大きな衝撃を与えていたと言える。


 スタッフの悉くが平静を失いつつあるこの場で、帆群艦長だけは取り乱す事なく落ち着いている。

 だが正面ディスプレイに険しい眼差しを向ける帆群艦長に余裕があったかと言えば、無論そんな事はなかった。

 誰よりも超越した克己心で動揺を抑えているだけだ。帆群艦長とて人間であり、恐怖や不安を感じないわけではないのだから。

 上司が動揺を見せれば部下の恐慌が加速する。それを理解しているからこそ、帆群艦長は努めて平静を保っているのだった。


「落ち着け副長。君らしくもない」

「は……はっ、申し訳ありません」


 帆群艦長に注意され、色を失っていた山本副長が我に返る。

 己の醜態に恥じ入ると同時に、尊敬する上司の威風に打たれて落ち着きを取り戻した。


 現在、都市艦は突如現れた謎の怪物――悠長に出自を探っている暇もないのでひとまず見た目からドラゴンと仮称した――と交戦状態に入っていた。

 一直線に都市艦めがけて飛来するドラゴンを帆群艦長は即座に敵性存在と判断、迎撃を指示した。

 初手としてダース単位の艦隊防空(長射程)ミサイルが発射されたが、ドラゴンは巨体に見合わぬ小回りの利いた飛翔でもってその半数以上を回避。

 まるで物理法則(慣性)を半ば無視するような鋭角の動きに、様子をモニターしていたスタッフの大半が唖然とした。

 とはいえ少なくない数のミサイルがその巨体に命中した。

 しかし、被弾したにも関わらず、爆風の煙を吹き散らかして突き進むドラゴンの肉体に欠損は見当たらず、爬虫類の顔にも痛痒の兆しはなかった。

 恐るべき機動力と防御力を見せ付け都市艦へと迫る黒いドラゴンの姿は、まさしく暴威と理不尽の権化であった。


「効果が薄くとも攻撃の手は休めるな。住人が避難する時間を稼がねばならん」


 都市艦の有する最強の攻撃手段(ミサイル)が通じなかった時点で誰しもが手詰まり感を抱いたが、他に打てる手はない。SF小説のように荷電粒子砲(ビーム)や波動砲といった未来兵器や空想兵器など実装してないのだ。

 都市艦上の人命を護るためには、例え無敵の盾相手でも矛を繰り返し振るうしかない。


「了解!」


 命令を受諾した兵装管制オペレーターがコンソールを叩く。

 兵装選択から索敵、ロックオンといった細部運用はイージス・システムが担ってくれている為、入力に要する手間はさほど多くはない。

 都市艦の四隅に分散して設置されている垂直発射装置(VLS)の蓋が開き、夥しい数のミサイル(ESSM)が次々に吐き出され、噴射炎の尾を引いて天空へと駆け昇る。

 帆群艦長は立て続けに防衛策の布石を打つ。


「いずれ都市艦への到達は避けられん。今のうちに陸自部隊を出撃させろ。運用は小隊規模で、戦車(MBT)を中核に編成。ただし歩兵の接近戦は極力控えよ。アレが真にドラゴンなら炎のブレスを吐くかもしれんからな」

「言われてみれば、その可能性はありますな」


 微妙にユーモアを含んだ帆群艦長の台詞に、山本副長が真面目くさった顔で同意した。

 もっとも、内心では軽く噴き出していたが。

 軍人一徹の彼らとて、幼いみぎりにはゲームや漫画に触れた経験がある。まして自衛隊はその手の文化に相当理解のある組織だ。いざ目の前にファンタジーが出現しても、その対応力は高かった。


 ちなみに都市艦には艦上陸戦を想定して戦車が九台ほど配備されている。

 十式戦車という若干旧式のものだが、主要仮想敵がテロリストなので過剰戦力とも言える。もっともドラゴン相手にどこまで戦力になるかは未知数だが。


「ところで艦長、このままここ(・・)で指揮を執られるのですか?」


 山本副長が心配そうな眼差しを帆群艦長に向け、尋ねた。

 彼の意図するところは明白で、艦内にある戦時用の《第二艦橋》に指揮所を移すべきではないかという打診だ。

 艦上で一際目立つ建物である艦行政庁舎ではドラゴンに目を付けられる可能性がある。そして、特別頑丈な作りというわけでもない。


 何も山本副長の発言は己の命を惜しんでの事ではなかった。

 帆群艦長を失う事、それは都市艦にとって頭脳を無くすに等しい損失だと危惧したからだ。

 自分やオペレータースタッフなら代わりが務まる人員もいるだろうが、帆群艦長に代われる人物はいない。と山本副長は常日頃から考えていた。

 山本副長の危惧を正確に汲み取った帆群艦長はゆっくりと首を振った。


「副長の気遣いはありがたいが、それはできない。第二艦橋に指揮機能を移すには最低でも十分は必要だ。未知の脅威を前にして、短時間といえど指揮機能の喪失は致命的にすぎる」

「確かに」


 山本副長は微かな落胆を隠して短く同意した。

 山本副長とて移転のデメリットを考えなかったわけではない。だが、ドラゴンがまだしも遠くに在る今が最後の機会だったのだ。

 しかし、結論は出てしまった。

 もはや腹を括るしかない。

 いざとなれば帆群艦長の盾になると心に定め、山本副長はディスプレイに映る人類の敵を鋭い眼差しで睨んだ。







 帆群艦長らが思っていたほど暗黒竜に余裕があるわけではなかった。

 対空ミサイル群に襲われた際は未知なる攻撃に肝を冷やしたし、実際竜語魔術と精霊魔法による二重の防衛対策を施してなければそれなりのダメージを受けていた事だろう。

 都市艦の人間たちがそうであったように、暗黒竜にとっても()の存在は異質であり脅威に値する存在だった。

 暗黒竜は冷静さを保ちつつも、瞳孔を赫怒に染めて異形の船を睥睨する。

 

 ――地虫(人間)如きが。我に仇なす不遜、決して許さぬ。その罪、汝らの血肉をもって贖ってもらうぞ……!


 ひっきりなしに飛んでくる魔法の槍(ミサイル)(と、暗黒竜は認識している)を風の精霊魔法で逸らし、回避し、時折直撃に耐えながら、暗黒竜はほぼ一直線に都市艦へと進撃する。

 暗黒竜は異形の船の戦闘力に一定の警戒心を抱いていたが、己の優位を疑うほどではなかった。

 これまでほぼ全ての外敵を鎧袖一触で薙ぎ払ってきた経験が暗黒竜の傲慢を支えている。彼にとって真に脅威足りえる敵は同格の神竜種か神族だけだ。


 都市艦の対空攻撃(抵抗)をあっさり突破し最接近を果たした暗黒竜は、飛行を続けながら艦上の人影を探す。

 事前の避難勧告の甲斐あってか、住人のほとんどは艦内あるいは建物内に身を隠しており、上空から一望した街並みは閑散としている。

 しかし皆無というわけではなく、建築物の遮蔽に身を隠しながら展開する陸自部隊や、単身あるいは少人数規模で移動している者もいる。

 暗黒竜はその中でたまたま目に付いた数人の集団を最初の食事と定め、彼らに絶望を与えるべく舞い降りた。

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