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未知との遭遇

 都市艦ではさざめくような喧騒が住人に広がっていた。

 暴動というほどではないにせよ、学業や職務の手を止め、隣人と不安や疑惑を囁きあう光景があちらこちらに現出している。

 事の起こりは濃霧を抜ける五分ほど前、本土との通常回線及び衛星通信といった外部との全チャンネルが切断された事に始まった。

 当初は地磁気の影響か何かによる、ちょっとした通信トラブルかと考える者が多かった。

 だが、一分経っても二分経っても外部との通信が回復しない。

 艦内のローカルネットは生きているので、携帯端末から異常を訴える書き込みが艦内サーバーのコミュニティサイトに殺到していた。


 もちろん、都市艦の運営陣は異常をいち早く察知し、原因究明と原状復帰に全力を注いでいた。

 しかし、あらゆる手段で何度試みても通信は途絶したまま、都市艦の呼びかけに本土から応答が返ってくる事もなかった。

 学園都市艦が運用され始めてから約六年もの歳月が経過しているが、その間にここまでの異常事態が起きたことはなかった。


 当然、トラブルへの対処マニュアルは存在しており、控え目に言っても緊急事態である現在はその要綱に従って都市艦を動かしている。

 通信が途絶あるいは不可能になった際の対応は最寄の本土へ寄港せよ。それがマニュアルに記載されている該当トラブルの対処法だ。

 現在の海域は四国の室戸岬から南に約百五十キロメートルほど離れた地点であり、都市艦の巡航速度(四十二ノット=約時速七十八キロメートル)ならちょうど二時間で本土まで到着可能だった。


 濃霧海域を航海した事と異常事態の発生を内心で関連付ける者は多かったが、具体的に何がどう作用してそうなったかがさっぱり解らない。

 実は濃霧ではない科学兵器か何かで、都市艦の通信設備を狙い撃ちして破壊したのでは……などと荒唐無稽な想像を巡らす者もいた。

 だが、事態はそんな簡単な話(・・・・・・・)ではなかった。


 通信機器の故障など真っ先に疑ったが、何度チェックしても正常(・・)に動作しているという結果しか得られていない。

 つまり、都市艦側の通信機器が正常動作している以上、消去法的に残った可能性は本土や通信用衛星側の故障トラブルしかない。

 だがしかし、普通に考えてそのような事態が起こり得るものか? まして局地的な濃霧という自然現象はあったにせよ、他にそれらしき予兆など何もなかったというのに。

 あくまで現実的な可能性だけに目を向ければ、残る可能性は大規模電磁パルス(EMP)攻撃による本土の電子機器全滅、くらいしかない。

 日本列島上空で高々度核爆発(HANE)でも起きたのならありえる事態だが、その場合は当然都市艦の機器も被害を受けるため、矛盾を孕んだ仮説となる。

 そもそも都市艦中枢や政府主要施設の最重要電子機器は対EMP保護が施されているため、通信が完全に途絶するほどの壊滅的被害には至らないはずなのだ。

 結局のところ、原因究明に関しては八方塞と言えた。


 また、通信不全の異常もさることながら、濃霧脱出後に起きた事もまた不可解であった。

 それは数メートル先の視界が通らないほどに濃かった霧が、僅か数分という短時間で完全消滅してしまった事だ。

 都市艦をその領域に招き、通過せしめる事……それが存在意義だったと言わんばかりの霧の晴れ渡りぶりに、都市艦の誰もが唖然とした。




 濃霧海域を抜けてよりこちら、第一艦橋では時間の経過と共に混迷が深まっていた。

 行政各セクションとの遣り取り、状況を不安がる住民への慰撫、事態と原因の究明など、対処すべき事柄は多岐に渡り、しかし第一艦橋のマンパワーは足りていなかった。

 あと数分もすればオペレーターシートの空席を埋める予備人員が到着するので、それまでは現状の人員で乗り切るしかない。

 確定はしていないものの、現在の異常の原因と思われる濃霧海域の通過という決定を下した事に幾ばくかの後悔を抱きつつ、帆群艦長は山本副長と二人三脚で事態の収拾に注力していた。


 濃霧が消えてから十五分ほど経過した頃。


「レーダーに感あり! 上空から飛翔体と思われる物体が高速で本艦に接近中!」

『!!』


 突如オペレーターの一人が叫ぶような声で報告した。

 第一艦橋の面々にさっと緊張が走る。

 顔色を変えた帆群艦長が怒声でもって指示を下す。


「対象の特定を急げ! 並行して対空迎撃システムスタンバイ! 乙種第一段階警戒情報を発令し住民に艦内シェルターへの即時避難勧告を出せ!」

『了解!』


 緊急事にあってこそ真価が問われるとばかりに、スタッフたちは意気込んで返答した。その間にも彼らの手は休むことなくコンソールを操作し続けている。


「対象、光学映像にて捉えました! モニターに出します!」


 やや興奮を帯びた声でオペレーターが報告し、第一艦橋正面上部に設置されている大型ディスプレイに映像を転送する。

 襲来したのは果たして飛行機の類か、ミサイルの類か。いずれにせよ招かざる客だという事は間違いない。

 それは報告から映像表示までの僅かな間に、皆の脳裏をよぎった予測だった。

 だが次の瞬間、その予測を遥か斜め上に裏切る現実がディスプレイに表示される。

 その光景を目の当たりにした瞬間、唯一人の例外なく全員が驚愕に目を瞠った。


「な……何だアレは……」

「生物、なのか……?」


 呆然とした呟きが吐き出される。

 映像に映ったのは漆黒の巨体。背中に三対の翼を持つそれは明らかに生物だとわかる有機的なフォルムをしている。

 動揺を抑えきれない声と口調でオペレーターが更に報告する。


「た、対象は時速八百キロ超で接近中……約八分後に本艦上空に到達します」

「速いな……」


 第一艦橋の皆が抱いたであろう感想を山本副長が呟いた。

 亜音速などまともな生物に出せる速度ではない。

 それもそのはず。あれは人間の常識を超える存在なのだから。

 その名を――


「――ドラゴン」


 険しい眼差しをディスプレイに向けた帆群艦長が重々しく宣言した。







「くそっ、親父たちは何してるんだ!」


 小走りで移動しながら、竜貴が恐怖を悪態に変えて吐き捨てた。

 全力疾走で移動したい焦慮に駆られるが、そんな真似をすれば同行者の女性二人がついて来れなくなる。

 竜貴にやや遅れながら追従して走る同行者の女性二人は、貴乃とイリヤだ。

 貴乃は普段おっとりとした表情を苦悶に歪ませ、イリヤもまたこの時ばかりは秀麗な顔に必死さを滲ませて、ただ只管に足を動かしている。

 優秀な頭脳の反面、ドジで運痴である貴乃と、生来の運動神経は良くても体力薄弱なイリヤ。その二人を引き連れての避難行は順調とは言い難いものだ。

 そもそも、彼らは出だしから躓いてしまっていた。

 竜貴が今にして思えば、濃霧を抜ける数分前に起きた通信障害が予兆だった。




 昼休みの時間を丸々使った昼食会を終え、竜貴たち四人は解散してそれぞれの午後の予定に向かっているところだった。


 ちょうど霧が晴れた頃になって、竜貴は周囲の様子から通信障害に気付いた。

 慌てて貴乃に電話をかけるも普通に繋がり、ひとまずの安心を得たが、外部との通信のみ途絶という事態には何やら不吉な予感を抱いた。

 状況的には都市艦外への電話やインターネットが利用できないだけで、日常活動にはさして支障がない。

 社会人や自宅警備員(ニート)ならそうもいかないが、健全な学生が大半を占める学園都市艦の住人の多くはそう判断して異常への対処を棚上げした。

 竜貴はそこまで楽観的に受け止めはしなかったが、さりとて特別な行動を起こすほどの根拠や方策があったわけではない。

 何かあったらメールを寄越すようにと貴乃に言い含めて通話を終え、竜貴は実習先の大学病院(学園都市艦では唯一の病院)へと急いだ。


 竜貴が大学病院の通用口まで辿り着いた時、突如異変が起きた。

 都市艦のあちこちから甲高いサイレンの音が響いたのだ。

 ほぼ同時に携帯端末に届いた警戒情報メールを確認して驚愕し、事態の深刻さを理解した竜貴はすぐさま貴乃と連絡を取り合った。

 大学敷地内に点在している船内区画出入口付近で落ち合う事を決め、竜貴が虎騎に、貴乃がイリヤにそれを伝えた。


 竜貴が虎騎との通話を終えた直後、貴乃から「イリヤに電話が繋がらないから直接迎えに行く」との連絡が入った。

 貴乃いわく、イリヤは研究中あらゆる雑音を排除して臨むため、事態に気付いていないかもしれないとの事。

 平常時なら用件をメールで伝えれば済む話だが、今はそうではない。誰かが直接研究室に赴き、避難の要を伝えるしかなかった。

 用件だけ一方的にまくし立てて通話を切った貴乃と、危機管理意識のないイリヤに小さな苛立ちを抱きつつも、万が一あってはと竜貴も行き先を変えた。

 イリヤの研究室前でタイミングよく合流した二人だったが、そこからが大変だった。

 インターフォンを押しても全く反応がない。

 結局、電子錠と各種セキュリティで護られた部屋からイリヤを引っ張り出すのに要した時間は十分弱。

 ようやく顔を見せたイリヤに緊急事態を説き、三人は連れ立って船内区画出入口へと向かった。


 なお虎騎には合流が遅れる旨を連絡済みであり、先に避難してもらっていた。


 イリヤが研究室から出てくる直前頃から物騒な爆発音や振動が立て続けに響いてきており、竜貴たちは激しい危機感を抱いていた。

 空恐ろしくとも、最短距離の必要性から構外に出た三人が目の当たりにしたのは、上空を高速でフライパスしてゆく巨大なドラゴンとミサイルの鬼ごっこであった。

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