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海の男たち

うんちくめいた記述が多いですが、細けぇことはいーんだよ! って人は読み飛ばして下さい。

物語の進行上さして支障ありません。

 人々の営みに弛緩した空気が流れ始めた正午前。

 都市艦の中でもっとも高い建物、艦行政庁舎の最上階に設けられた部屋の一つが俄かに活気付いていた。

 都市艦の航行・管理機能が集約された指揮所であるそこは、平時において艦長が指揮を執る《第一艦橋》と呼ばれている部屋だ。

 三十畳はありそうな広さの第一艦橋内部は、様々なモニターや電子機器、タッチパネルのインターフェースが所狭しと並んでいて、近未来的な印象を受ける。

 第一艦橋内には艦長の《帆群(ほむら)八雲(やくも)》を始め、副長の《山本(やまもと)平八郎(へいはちろう)》や常勤の管制オペレーターが複数いて、合計八名の人員で構成されていた。


 帆群艦長は名前から判るとおり竜貴の父親であり、防衛省の肝煎りで海上自衛隊から派遣された制服組(=自衛官)の幹部だ。彼の着ている白い半袖制服の肩には、一等海佐の肩章が縫われている。

 帆群艦長のキャリアは特筆すべきもので、かつて指揮幕僚課程を修了し背広組(=官僚)への転向を上から嘱望されたにも関わらず、それを蹴って現場に留まったという異色の経歴を持つ。

 派遣とはいえ、都市艦の艦長職は防衛省組織においてそれなりの重要ポストであり、無能な人間に任せられるものではない。

 そういった意味では決して左遷に当たるものではないのだが、現場からの信望厚い彼を背広組に迎え入れては、存在感の大きさゆえに他省庁官僚派閥による防衛省支配体制に一石を投じかねないという懸念によって、四年という任期が存在する都市艦長に回されたのだという見方をする者が多かった。

 もっともその事について本人が不満や見解を一言も述べたことはない。

 竜貴の元となった精悍な顔立ちに逞しい肉体を持つ彼は、精神もまた篤実頑健な海の男であった。


 副長である山本もまた、三十半ばの年齢でありながら三等海佐の肩書きをもつエリート自衛官である。

 山本副長は元々帆群艦長の直属の部下を長年務めていたのだが、上司の出向に際し己も転属希望を出して付いて来たという人物だ。

 出世コースを外れてまでも帆群艦長の元に馳せ参じた彼は、熱烈な帆群艦長信奉者として広く知られていた。


 平時に較べてやや慌しい第一艦橋では、帆群艦長が厳しい眼差しを艦長席備え付けの液晶ディスプレイに向けていた。

 遥か上空の彼方、衛星軌道上から都市艦の進路を常にモニターしている監視衛星から届いた映像がそこに映っている。

 晴天なら蒼海で満たされているはずの衛星写真には、白と灰が混ざり合った色で埋め尽くされていた。

 一見低気圧を示す雲のように見えるが、実は別物であることを帆群艦長及び他のクルーが皆、把握していた。

 雲と見紛うほどの現象であるその正体は、広範囲に広がる濃霧であった。


「田原、もう一度確認するが一時間前にはなかったのだな?」


 帆群艦長が重々しい口調でオペレーターの一人に問いかけた。

 田原と名前を呼ばれた二十台後半の女性自衛官が応じてはきはきと報告する。


「はい、間違いありません。五十分前の写真に初めて兆候が見られ、以後急速に領域を拡大しております」

「ふむ……。山本、これをどう見る?」


 艦橋の中央後方、一段高くなっている艦長席から見て、右斜め下に副長席は置かれている。

 その席に座る長年の女房役に帆群は水を向けた。

 気圧や海水温等の気象データの違和を鵜の目鷹の目で探していた山本副長は、敬愛する帆群艦長の問いかけに作業の手を止めた。


「正直申し上げまして、突発的な異常気象としか言えません」

「まあ、見たままそうだな」

「はい。今の時期、この海域にこれほど広範囲の濃霧が発生したことは観測史上一度もありません。そもそも、気象データが正しいとすれば霧が発生するはずもない天候です」

「不可解現象というわけか……田原、本土とのデータリンクに異常はないな?」


 再び帆群艦長に声をかけられた田原がディスプレイに素早く目を走らせ、認識に齟齬がない事を確認して報告する。


「はい、衛星通信及び通常回線、共に問題ありません」

「よし。では沿岸地域の危機管理センターに一報と観測データを送れ。ああ、念の為内調にも連絡しておけよ」

「了解しました」


 内調とは内閣官房内閣情報調査室の略称であり、日本版CIAと言える情報機関の事だ。

 ここに連絡を入れるということは、自然現象であるはずの濃霧が、人為的に引き起こされた可能性があると帆群艦長が疑っている証左だった。


「艦長は他国の関与をお疑いで?」

「ああ。もっとも、万が一、いや億が一にもないだろうがな。仮に我が艦を狙う第三者がいたとして、わざわざ濃霧を利用する理由がない。いや、俺にはわからんと言うべきか」


 都市艦には様々な先進技術が実装されており、技術後進国などからすれば垂涎の宝船である。まして、学園都市艦は最先端の学術研究機関でもある。

 だが、自衛官が艦長をしていることからも想像が付くように、それなりの自衛力を備えてもいるのだ。

 隠密に事を運べる程度の戦力で圧倒・制圧できる艦ではない。

 霧の中に一個艦隊でも潜んでいれば話は別だが、そのような敵性存在がいればとっくにレーダーで補足している。

 というか、それ以前に領海を航行する大型船舶が衛星監視網から逃れられるはずもない。

 幽霊船か無音航行中の潜水艦が海の中から突如現われでもしない限り、この海域に存在する船舶は都市艦のみであることを疑う余地はなかった。


「いかがなされますか艦長。迂回する方法もありますが」

「……」


 意見が出尽くした頃合を見計らい、山本副長が帆群艦長に判断を仰いだ。

 適切な判断力や即座の決断力においては人後に落ちない帆群艦長にしては珍しく、僅かな逡巡を見せる。


「……いや。回避するには領域が広すぎる。航行スケジュールに遅延が出るのは極力避けたい。楽観視するつもりはないが、航路は現状を維持する。警戒は厳に保てよ。濃霧の原因を探るためにも、内部の気象データは取れるだけ取っておくように」

「了解しました」

「それと、個人端末と艦広報チャンネルに甲種第三段階警戒情報として詳細をアップロードしておくのも忘れるなよ」

「はっ」


 数秒の沈思黙考を経て、決断を下した帆群艦長がてきぱきと指示を出した。

 その命令に従い、山本副長がコンソールと内線を用いて各セクションへ実務を割り振ってゆく。

 ちなみに警報の種別は、甲種が自然災害、乙種が人為事件、丙種がその他のトラブル(機器故障等)の三種類に分けられている。

 警報段階については、第三段階が個人に注意喚起、第二段階が艦全体で警戒態勢、第一段階が指示に従って所定の場所へ避難、という内容になっている。

 通常、小型の台風程度までなら第三段階の警報に留まっていた。


(何事もなければいいが……)


 胸中で微かに燻る不吉な予感。

 常識でそれを押し殺してしまったこのときの判断を、帆群艦長は終生悔やむ事になる。


主人公やヒロインよりおっさん達の方が個人情報記載量が多い件について。


中年~高齢キャラをデザインする際は気合が入ります。(男性に限る)

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