06 異世界の電力事情
長かった密林生活も終わり、僕は今日ウッホ村へと旅立つ。
ちなみにウッホ村というのは瑛さん達がいるという村の名前だ。
村の名前がトキナさんの時代と変わっていないようなので、国自体はやはり残っていそうで良かった。
「じゃ、行ってきます」
『うむ、達者でな』
そうして、僕はトキナさんとキスをして遺跡を後にした。
荷物はまとめて登山家の人が持っていたリュックサックに入れている。
リュックサックの中には、ドラゴンの皮と骨と魔結晶、他に比較的高いとトキナさんが言っていた素材が少々、後は僕が日本から持ってきたスマホや遭難した人達から拝借した電子機器などが入っている。
ちなみに、服はこの世界に飛ばされた時に着ていた制服を着ている。
普段は密林内で見つけた服を着ていたが、だいぶボロボロになってしまっていたためだ。
服と言えば、トキナさん今日は裸の上から大きめのセーターだけを着けていた。
とってもエロ可愛かったです。ハァハァします。
『村に着く前からこれじゃ先が思いやられるの……』
トキナさんにツッコミを入れられてしまう。
というかトキナさんと離れるという意識が強すぎて伝達回路は繋がったままなのを忘れていた。
離れ離れになっても心は一緒です。
気を取り直して村へと向かう。
今日はドラゴンと遭遇することもなく、問題なく密林を抜けることに成功した。
密林を抜けると、遠くに街並みのようなものが見える。
少し緊張しつつ村へと近づく。
それなりに距離はあったけど、僕の身体能力がそうとうに上がっているので思ったより早くウッホ村には到着した。
ウッホ村はそんなに大きな集落ではないようだ。
村の周りは石造りの塀で囲まれている。
家の方は木でできていて、日本の昭和の街並みを思わせる感じだ。
電柱もあるので余計にそう感じるのかも知れない。
『電柱とはなんじゃ?』
トキナさんが質問してきた。
この世界からすれば僕の方が異世界の人間だ。
当然外に出れば僕がトキナさんに聞くことの方が多いと思っていた。
だが実際は違ったようだ。
口には出さずに頭の中だけでトキナさんに説明をする。
密林内では気にせずしゃべっていたが、これからトキナさんと話す際には口を動かさないようにしないといけないだろう。
(電柱って言うのは、電線を支える柱ですね。上にある黒い線が電線で、あの中を電気が通っています。電気については以前説明した通りで、上手くいけば電池切れで使えなくなっていたスマホをまた使うことができるようになるかも知れません)
電線について軽く説明をする。
電気そのものについては密林で生活している間に説明していた。
『なるほどの。あれで電気を供給し続けておれば半永久的に道具を動かせるというわけか。なかなか大胆で大規模なことをするものじゃ。便利な道具というだけなら昔から魔道具が存在しておったが、あれは使用者の魔力で起動するものじゃったからの。妾くらいの力があれば問題なく使えるが、魔力の少ない庶民には使えぬものであった』
魔道具については以前僕の方がトキナさんに聞いたことがある。
この世界の文明も昔から進んでいて、単純な家電製品の代わりになる魔道具は存在していたということ。
ただし使うのに魔力がいるので魔力の少ない一般庶民では使えない。
そのため魔力の保有量による格差の大きな社会だったということだった。
そんなことを念話で話しつつウッホ村へと近づく。
すると僕が村に入る前に瑛さんとアロが村の入り口まで来ていた。
昨日はスマホを持ってなかったので連絡手段がなかったのだが、村の近くまでくれば分かると瑛さんが言っていた通り接近しただけで僕の存在に気付いたようだ。
『あの瑛という女、魔力感知に関しては妾以上の物を持っていそうじゃからの。お主ほどの魔力を持つ者ならすぐ発見するじゃろう。それに途中で速度を出す際にある程度魔力も開放しておったしの』
瑛さんの魔力感知能力は相当高いようだ。
だが村に入る前に2人と合流できたのはありがたい。
最初にアロがニムルス語を話していたことから考えても村の人がみんな日本語を話せるとは限らない。
「印世おはようなのにゃ!」
「思ったより早かったね。夜明けくらいに出発したとしても密林を抜けたりここまで来たりで着くのは夕方くらいになると思ってたんだけど」
遺跡からは夜が明けて少し経ってから出ている。
密林を抜けてからも少し走ったけど、実は密林の中での方が速度は出していた。
ドラゴンの素材などはまだいいとして、精密機器を抱えたままの戦闘は避けたかったからだ。
強い敵でなければ僕は密林の中でも速度だけで魔物を振り切ることができる。
そのため密林を抜ける時間も最小限に抑えることができた。
「できるだけ戦闘とかをしないように気をつけて来たからだと思います。密林自体も中で暮らしていたので慣れてはいましたし」
軽めに説明しておく。
「うん、さすがドラゴンを倒すだけあるね。未開領域である中央大密林でも問題なしとは」
「やっぱり印世はすごいのにゃ! アロも早く強くなって未開領域も平気で歩けるくらいになりたいのにゃ!」
猫人のアロがキラキラした目で僕を見つめていた。
もしかしたら僕を尊敬しているのかも知れない。ちょっと嬉しい。
「じゃあ印世君も色々知りたいこともあるだろうし、まずは異人会に行ってみようか。この世界の言葉も覚えてもらわないといけないしね。向こうには言語習得魔法もあるから覚えるだけなら1日だ。相性によっては2、3日気持ち悪くなったりはするけどそこは我慢だね。普通に言葉を覚えてたらどう頑張っても1カ月はかかるだろうから」
異人会という所にいけば魔法で言葉を覚えることができるようだ。
『言語習得魔法か。一応……妾の時代にもそういう魔法はあったの。当時はそれほど必要な魔法でもなかったので使う者もごく一部じゃったが。こちらも妾が封印されている間に進化しておるのかも知れぬ』
トキナさんの方には心当たりがあるようで良かった。
この世界は僕にとっては異世界だし、トキナさんにとっては長い封印期間を挟んだ未来世界だ。
だが大抵の物なら僕かトキナさんのどちらかは知っている物が多いだろう。
1人の知識では足りなくてもトキナさんと2人なら結構大丈夫そうな感じだ。
『それはそうじゃがの。じゃが妾の存在は出来るだけ表に出したくはない。じゃから妾の知識はあまり話し過ぎぬ方がよいじゃろう。お主は目の前におる2人がこの世界に来て初めて会った人間という設定じゃからの。魔法などについて知りすぎておると不信感を持たれる』
それもそうだ。
僕が地球から来たことは今更隠す必要がないのでそれは問題ない。
だがトキナさんの知識はできるだけ使うべきではないと言うことだ。
『まあ必要な時には妾が説明をすることもあるじゃろう。いざという時にそういう保険があるというだけでも色々と違ってくるものじゃ』
確かにそういう考え方もできる。
それにトキナさんの目的としては今の世界の状況を知りたいというのも大きい。
その点でも、僕はこの世界について何も知らない状態に近い方がいい。
分からないことはトキナさんではなく今この世界に生きている人に聞くべきだ。
そうすればきっとトキナさんにとっても有益な情報が得られることだろう。
そんな感じで僕が色々考えている間、隣で猫人のアロがニャーニャーと色々しゃべっていた。
「印世はちゃんとアロの話を聞いているのにゃ?」
アロにはごめんないさいという他ない。
トキナさんとの念話や思考に集中してアロの話はほとんど聞いていなかった。
僕達は今村の中を歩いている。
アロは僕の荷物に興味を持っているようだった。
「気になるなら中身見てみる?」
「見るにゃっ!」
僕が言うとアロは嬉しそうに頷き僕の背中に回った。
背中に背負っているリュックサックを空けて中をごそごそとやっている。
「すごいのにゃー。未開領域でしか取れない貴重な素材がある上に、電子機器もいっぱいなのにゃ!」
アロちゃんが楽しそうで何よりだ。
小さな猫人少女が嬉しそうにしているのを見て悪い気がするわけがない。
頭とネコミミをなでなでしてあげたいです。
でも歳は16歳だと言っていた。
なんと僕と同い年である。
見た目には8歳くらいに見えるからどうしても年が一緒とは思えないけど、あまり子供扱いしては失礼に当たる……かも知れない。
『いや、この娘はおつむも見た目相応のようじゃから年下扱いして構わぬと思うぞ。元々猫人は年とかを気にする種族ではないしの』
トキナさんがそういうのなら大丈夫だろう。
やはりトキナさんがついていてくれるのは心強い。
「おおー。なんか携帯とか色々あるのにゃ!」
アロは最初は素材も見ていたが、電子機器の方がより気になるようだ。
この世界の文明も大分進んでいるようだが、街並みも昭和っぽい感じだしさすがに地球と同じレベルとまではいかないのだろう。
直接地球から持ち込まれた機械類にはやはり希少価値があるかも知れない。
「確かにすごいな。古そうなのから新しいものまで。だが1人の持ち物としては量が多いし年代もバラバラだ。その辺はやっぱり密林の中で拾った物かい?」
瑛さんの方はやはり分析力が高い。
いや、普通にこの中身が僕だけの持ち物でないのは誰が見ても明らかか。
「はい、中に入っているのは密林で見つけた物がほとんどです。僕は学校帰りにこの世界に飛ばされてしまったので。僕自身の持ち物といえばこの制服とスマホ、後は学生カバンとその中身くらいです」
正直に答える。
遭難者の持ち物を勝手に持ってきていることにはなるけど、それが問題になることはないだろうとトキナさんは言っていた。
少なくともトキナさんの時代には、未開領域内での取得物は法的にも発見者の物にして構わないとのこと。
もっとも現在の法律がどうなっているかは知らないけど。
「そうか……。これは1人2人の持ち物でもないな。となると、やっぱり中央大密林内にも結構な数の人間が召喚されてしまっているということか」
外の人間も未開領域内に地球人が飛ばされていることは認知しているようだ。
でも、だからと言って危険を冒してまで未開領域内に飛ばされた人を救助したりするようなことは行われてはいない。
この世界の偉い人達がこの状況を放置している理由は、偉い人に会う機会があれば一度聞いてみたいと思っている。
「やっぱり……密林の中では色々とあったようだね。何体か死体も見たなら思うところもあるだろう。その辺のことについても、異人会につけば話してあげることはできる。その答えに納得がいくかは別の話だけどね」
僕は少し険しい顔になってしまっていたかも知れない。
瑛さんに気遣いをさせてしまったようだ。
瑛さん達は初対面の僕にこの村の場所を教えてくれた。
そして今は異人会という所に案内してくれてもいる。
二人ともいい人だ。
村の中も比較的平和なようだし、この世界自体がバイオレンスなひどい世界ということもないようだ。
とにかく、まずはその異人会という場所に行くことだ。
「じゃあ異人会に着く前に、先に異人会についての説明はやっておこうか」
説明もちゃんとしてくれるようだ。
「印世君ももう気付いているとは思うけど、この世界には地球人が長期間に渡って召喚され続けている。今この世界で生きてる第1世代の地球人は5万人以上はいるはずだと言われているね。もちろんこれは大きな社会問題だ。その根本的な解決、つまり召喚を止める方法も世界をあげて考えられてはいるけど残念ながら達成できていないのが現状だ」
この世界の人も手をこまねいて見ているだけではなかったようだ。
「だから次善策として、せめてこの世界に来た地球人を保護しようという考えがある。その考えによって作られた組織が異世界人協会、通称異人会だ。異人会では地球人の捜索もやっていて、未開領域でさえなければ比較的高い確率で被召喚者の保護をすることにも成功している。」
僕は瑛さん達に会うまで3週間近く保護されなかったけど、それは場所が悪かっただけだったようだ。
「まあこんなことを君に話してもいい訳にもなりはしないけどね。残念ながら異人会の力でも未開領域内に召喚された人の保護までは行えていない。さらに言えば、海上などに召喚されてしまう人もいるだろうと言われている。そういう人まですべてを救うことは今後も難しいだろう」
陸の上に召喚されただけでも僕はマシだったようだ。
海の上に召喚さてしまっては、陸のすぐ近くでもない限りそのまま溺れて死んでしまうだろう。
「そういうわけで、全ての被召喚者を救えているわけではないんだけど、それでも地球人を保護しようという意志がこの世界にはある。そして、保護さえできれば後は異人会でこの世界について色々と学んでもらい、なんとかこの世界で生きていくための手助けもやっているというわけだ」
この世界に飛ばされてすぐに死んでしまった人はかわいそうだが、この世界はこの世界なりに地球人を助けるために頑張ってはいるということだ。
召喚されてから誰かに発見されるまでは死の危険があるが、保護さえしてもらえば色々と面倒を見てくれるということである。
そのような話をするうちに瑛さん達は駅のような建物の中へと入って行く。
僕はここが異世界人協会なのだろうかと思ったけど違っていた。
「ウッホ村には異人会はないからね。というかニムルス国には異人会の支部は1つしかない。だからこれからゲートで首都の方まで飛ぶことになる。あ、飛ぶって言っても実際にはゲートをくぐるだけだから身構えたりする必要はないよ」
どうやらゲートというものでこの村から出るようだ。
『ふむ、ゲート……転移門か。これも妾の時代にも存在してはいたが、それこそ一部の王族くらいしか使っておらぬものだったのじゃがの。ゲートは開く度に大量の魔力を必要とするものでもあるし。やはり魔道具などの類も、妾の時代より広く一般に使用されるようになっておるのかも知れぬの』
トキナさんが知っている物だったようで少し安心する。
しかしワープゲートか……すごくファンタジーな感じだ。
だが実際に建物の中へと入って見ると、中も駅みたいな感じだった。
瑛さん達切符みたいのも買っているし。
やはりこの世界の地球化は相当に進んでいると言った感じだ。
『なるほどの。これが印世の言っておった駅というものか。交通手段は電車という乗り物ではなくゲートのようじゃが。それでもやはり世界は変わってきておるようじゃの。時代の流れとはすごいものじゃ』
トキナさんがまるで田舎から出てきたおばあちゃんみたいな状態になっている。
というか、竜宮城から帰った浦島太郎状態という方が正解だろうか。