04 眷属紋
その後のジャングル生活はおおむね順調でした。
午前中は遺跡の周りを散策して動物を何匹か狩ったり、果物を取ったりの食料調達。
その後遺跡の広間でトキナさんに魔法や魔力の使い方を教わる。
そして、夕方にはトキナさんと2人でお風呂に入ってそのまま幸せな時間を過ごす。
そんな感じであっと言う間に1週間ほどが過ぎた。
毎日が幸せすぎて大変です。
初日に見つけた遭難者の荷物が充実していたおかげもあって生活もいい感じだったし。
そして昨日は刀を発見した。
その刀を差していた人は軍服を着ていたので戦国時代の人とかではないようだ。
多分、第2次大戦時の日本兵か何かだと思う。
一緒にライフルみたいな大きな銃もあった。
ただこっちは真ん中から折れて使い物にならない感じだ。
きっと、最期の時に魔物に折られてしまったのだと思う。
そばには弾も落ちていたけど……。
うん、この密林のドラゴンさんとかどう見ても銃一つで勝てる相手とは思えないです。
ちなみに僕の方はトキナさんの指導もあって身体能力が恐ろしく上がっているので、刀を使えばもうドラゴンにも勝てそうだ。
少なくとも今まで出会った動物には負ける要素がなかった。
熊っぽいのも石材の剣で倒せたし。
その熊さんは一撃で真っ二つにしたのだけど、実はこれすごいことじゃないだろうか。
斬撃の余波で後ろの木も何本か倒れていたし。自分の力が恐ろしい……。
まあそんな感じで密林での生活を過ごしていた。
僕はトキナさんから魔法を習い、トキナさんには僕が持っていた物や、遭難者の持っていた地球製の物について色々説明するという感じで日々を過ごす。
でも、やはり気になるのは人の死体だ。
今日までで5人、男性3人に女性2人の遺体を発見、埋葬した。
全て日本人だ。
この世界に召喚された人間がこの密林内だけに集中していたとは思えない。
この世界には、僕が想像していた以上の人間が長期間に渡って召喚され続けていると考えるのが妥当だ。
トキナさんも、これは確かにおかしいと言っていた。
さすがに狙ってこんな召喚を行っているとは思えない。
何か問題が起きているのだろうということだった。
そういうわけで、そろそろ本格的にこの密林を出ることを考える時期が来ていた。
だが、問題がある。
トキナさんの魔力は僕との口づけを毎日続けることによって順調に回復してきているのだけど、一向に封印を破るメドが立たないとのことだった。
トキナさんと話し合った結果、僕が1人で外へ出て外の情報を収集すると共に、トキナさんの封印を解く方法も探すしかなさそうだという結論に至った。
僕としては不本意な結論である。
トキナさんと離れ離れになるなんて嫌です。
トキナさんと2人でこの世界を旅できるのなら、密林の外の生活も幸せに過ごせる自信があるのに。
だからといって、いつまでもジャングルの奥に籠ったままでいるわけにもいかない。
トキナさんは僕が地球に帰る方法を探すためにも外へは出る必要があると言っていた。
正直僕はもうトキナさんと離れて地球へ帰りたいとは思わないのだけど、でも両親とかに安否を知らせる方法があるなら、それはやっておきたいとも思ってはいる。
まあ結局地球に未練はないってことなのだけど。
だけど今の状況として、トキナさんが遺跡の中に軟禁状態なことは事実である。
だからトキナさんの封印を解くために、僕は涙を呑んで旅立たなければなりません。
僕は、決意を新たにし、できるだけ早くトキナさんの封印を解く方法を見つける決意をするのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
僕が1人で密林を出ることが決まってからは、そのための準備をする生活が始まった。
僕の準備としては、外で金になりそうな物を集めることが1つだった。
これは、密林の中で見つかる珍しい物や強い動物の有用部位などを集めて持って行くことにした。
遭難した人が持っていた地球の物も、電子機器などは高く売れるかも知れないので持っていくことにしている。
ただこれはどんな価値が付くか未知数なので、ここでの生活に使う物以外で売れそうなのを選んで持っていく。
そして、僕の準備以上にトキナさんの生活の確保はより重要であった。
トキナさんは遺跡から外に出ることができない。
これは考えると命に直結する大事である。
これから僕が遺跡を後にするなら、その後の食料確保が問題となる。
これは相談の結果、保存食を作ることとなった。
トキナさんの魔法は本当に幅広く、肉や果物を乾燥させたり冷凍したりすることで長期保存が可能ということだった。
とりあえずの目安として1カ月分の食料を貯蔵しておくことになった。
あとは、おおむね問題はないということ。
まあこれまででも遺跡の中の生活環境はどんどん向上していた。
遭難者の持ち物も役だったけど、やはりトキナさんの魔法で遺跡の中を色々とリフォームしたのが大きいだろう。
1週間が過ぎた時点で、食料さえあれば生活に支障のないレベルにまで生活環境は向上していた。
なので、後は1カ月分の食料を溜め込めば僕は旅立つこととなる。
ちなみに、この生活の間に僕はトキナさんから魔法を習っていたが、僕に魔法の才能はないようだった。
魔力そのものが使えないわけじゃない。
適正として、僕は魔法使いより戦士系だったということだ。
なので、魔力の使い方をトキナさんに教えてもらうことによって、身体能力の方は驚くほど向上した。
そして僕が使える唯一の魔法として、武器を魔力でコーティングし、強度や切れ味などを増加させる魔法は習得できた。
この世界の魔法には属性のような物が存在するようで、僕は光の属性があるということだった。
これは皮肉にもトキナさんを倒して封印した勇者と同じ属性だったらしく、僕としてはあまり嬉しくはなかったのだけど、かつての勇者と同じ属性だけあって、極めれば相当強い力になるということだった。
ちなみにトキナさんの属性は闇である。うん魔王っぽい。
もっともトキナさんの方はそんな属性には関係なく、光以外ならほぼ全ての属性の魔法が使えるということだった。
その中で、闇の属性として重力を操る魔法が最も得意ではあるということだった。
そういう知識を教えてもらったりもしつつ、僕の旅立ちの準備は着々と進む。
午前中に食糧を確保して、午後は魔法や体術の訓練、そしてお風呂に入って幸せな時を過ごして、寝る前にトキナさんと幸せなキスをするという毎日が続く。
この寝る前のキスの際に、トキナさんの魔力を回復させるため僕の中から魔力を送り込むので、それをやると僕は疲れきってそのまま眠ってしまうのだった。
この日課は、僕が1日で使えるほぼ最大限の魔力を毎日トキナさんが吸い取っているので、それが刺激となって、僕の最大魔力量は目を見張るほどの速さで上昇しているということだった。
筋肉を限界まで使うハードトレーニングの魔力版といえるだろうか。
毎日魔力を限界までしぼって力の限界を上げる僕に対してトキナさんは僕から魔力を吸うことによって力を回復するのだが、これはやはりトキナさんが色々と人間をやめてしまっているため、魔力の仕様についても僕とは根本から違うということだった。
僕のように食べて寝るだけで魔力が回復するような体ではないのである。
生態としては、僕の認識にある吸血鬼と似たようなものかも知れないと言っていた。
吸うのが血か魔力かの違いに過ぎないと。
そうして、日課として僕はトキナさんと毎晩長めのキスをしているのだけど、この時、魔力を吸う以外にもトキナさんは色々とやっているらしい。
これも、僕が密林の外へ出るための準備の1つである。
トキナさんは本格的に僕を眷属にすると言っていた。
具体的には、僕とトキナさんを繋ぐ伝達回路を強化するとのこと。
実は、最初僕の思考は遺跡の中でしかトキナさんに流れてはいなかった。
それは逆もそうで、そのため遺跡の外では念話を行うことができなかったのである。
まあ念話自体は最初から増強を進めていて、今は密林内のどこにいてもある程度は念話ができるようになっているのだけど。
『基本的には、今の状態を世界中どこにいても可能にするということじゃが、その際に少し仕様が変わる。今までは主の思考は常時妾に流れておったが、これからはどちらかが意識せねば流れぬようになる。まあ妾が意識しておる限り主の思考がだだ漏れなのは変わらぬということじゃがの』
つまりは、電話のようになる。ということだった。
これからは常に僕の思考がトキナさんへ流れるということはなくなる。
僕がトキナさんに話しかけようと思うか、もしくはトキナさんが僕に話しかけようと思えば念話を繋ぐことができるというわけだ。
そして、トキナさんの側からは僕の思考を読もうと思えばやっぱりだだ漏れに僕の思考を全部読めるという。
というのがトキナさんの説明だったのだけど、もしかしたら最初からそういう仕様だったのではないかと思わなくもない。
これからもトキナさんが常に僕の思考を読もうと思えば、それは今までの状態と何も変わらないのだから。
僕のその予想に対して、トキナさんはノーコメントであった。
やっぱり正解だったのかも知れない。
つまり聞こうとしなければ聞かないこともできる僕の思考を、そう出来ないと思わせておいてずっとトキナさんが聞いていたということにはなるけれど、トキナさんからしても出会ったばかりの僕をすぐ信用しなかったのは当然だし、だから警戒して僕の思考を常に読んでいたとしても、特に僕がそれを責めることはない。
対する僕はトキナさんが僕の思考を遮断できないと思っていた上でトキナさんにハァハァする思考をずっと発信し続けていたわけだし。
うん、今思い返すと僕は変態かも知れない、やはり何かに目覚めてしまっていたのだろう。
ともかく、今後の連絡手段としてこの伝達回路を強化すれば、僕が密林の外に出てもトキナさんと意識を繋ぎ続けることができるというわけである。
遠距離恋愛にはなるけれど、離れても連絡が取れるというのは大事である。
あとはトキナさん側からは意識することによって僕の五感を自分の物のように感じとれるようになるとも言っていた。
これでトキナさん自身は遺跡から出られなくても、僕の体を通して外の世界を体感することができる。
あと最大の強化ポイントとして、魔力の伝達を強化すると言っていた。
僕が外に出れば、今までの日課であった口づけによるトキナさんへの魔力供給はできなくなる。
これ自体はもう十分に魔力は溜まったから必要ないとも言っていたけど、伝達回路を強化すれば、その回路から僕の魔力を吸収することもできるようだ。
ただ伝達回路から吸収する際は、僕の意志に反して無理やり魔力を吸収したりはできないそうだし、吸収できる量などにも制限があるそうだ。
そして最大の変化としては、伝達回路を通じて逆にトキナさんの魔力を僕に送り込むことができるようになると言っていた。
僕はまだ剣を強化する以外の魔法を使うことができない。
だがこの伝達回路を使えば、トキナさんの意思さえあればトキナさんの魔法を僕の体から発現させることが可能になるということだ。
つまり、何かトキナさんの魔法が必要な事態になった場合に、遠隔でトキナさんが魔法を使うことができるということだ。これはかなり心強い。
今は僕だけの力でドラゴンも倒せる程度になってはいるけど、保険としてこういう奥の手があるというのはいいことだ。
ただし、あきらかに僕の魔力とは質の違う魔力で魔法を使うことになるので、できれば人前ではやらない方がいいとのことだった。
確かに本来なら光属性しか使えない僕が闇属性の魔法など使った日には怪しまれるのは目に見えている。
これは最後の手段として普段は隠しておく必要がある。
そして他に隠すべきものとして、今後僕は右腕を隠す必要があるらしい。
実はトキナさんとの伝達回路が繋がった時点で僕の右手には黒い痣のようなものができていたのだけど、それが炎のような模様となってだいぶ長くなってきている。
伝達回路の影響ということだった。
俗に《眷属紋》と呼ばれているものらしい。
ちなみに眷属紋というだけあって模様が出るのも眷属の側だけである。
これは回路を形成する主人ごとに模様が決まっているらしいが、トキナさんは封印前にも眷属を複数従えていたそうで、この炎を思わせる右腕の眷属紋は特に《獄炎紋》と呼ばれ、当時の魔王軍の重鎮クラスが所有していたため有名だったという話である。
今でもそれが有名かどうかは謎だけど、眷属紋があるというだけでもじゃあ主人は誰だという話は出て来る。
やはり眷属紋があるという時点でこれは隠しておいた方が無難ということだ。
なので、僕は獄炎紋を隠すのに慣れるため密林内でも右手に包帯を巻いて過ごしている。
すごく中二病っぽい。
しかも包帯を巻く理由が『魔王の眷属である証を隠すため』とか。
どう見ても中二病です。本当にありがとうございました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後、さらに2週間が経過した。
1週間が過ぎた後は人の死体は発見していない。
密林の探索は西に向かって進めていて、恐らく人里に近くなったため死体がないのだと思う。
ちなみに、実は1週間前に密林を突破することには成功している。
そして3日前にはトキナさんがひと月は食べるに困らないだろう食料の備蓄も完了した。
3日前に準備は整ったのである。
それなのに僕がまだ密林の中にいるのは、ひとえに僕の決断力のなさによると言える。
決断力がないというか、単純にトキナさんと離れたくないだけなのだけど。
『いちおう、私が人並みに食べる前提でひと月分の食料を集めてはもらったのじゃが、本当は妾は人並みに食べる必要はないのでこの食料で1年は生きることが可能じゃ。』
これは3日前にトキナさんから聞いた言葉である。
そもそもトキナさんの生態は人のそれを逸脱している。
トキナさんに必要な物は食料よりもむしろ魔力である。
トキナさんは普通の人間のように食べて寝るだけで魔力が回復することはないが、その代わり通常ではありえないほどの魔力を体内に溜めることができ、そしてその魔力が溜まった状態であれば、ほとんど食事をせずとも生きていくことができる。
その魔力も、この3週間で充分に溜まったと言う。
『じゃから、妾のことは気にせず外へ出て欲しいものなのじゃがな。』
だけど、僕としては逆に1年トキナさんが大丈夫というのも寂しい話である。
僕は第1目標としてトキナさんの封印を解くことを目的としている。
そしてそのアテはある。
実は少し前に僕達のいる密林のおおよその場所は分かっていて、中央大密林と呼ばれている場所だとトキナさんは言っていた。
その僕達のいる中央大密林の西に位置する国、サラスタン。
比較的砂漠の多いこの国に、封印系の魔術に優れた家系の者がいるそうだ。
そして、この国はトキナさんが現役だった頃に魔王軍側に所属する国でもあった。
もちろん現状がどうなっているかは分からないけど、トキナさんの封印を解くにあたってまずあたるべき国であるのは確かである。
だから、予定では僕はこのサラスタンへと入り、なんとか封印術師の協力を取りつけトキナさんの封印を解くという流れになっている。
頑張れば往復3週間程度で行き来できるだろうとトキナさんは言っていた。
ただし1年困らない備蓄があるのでトキナさんが言うには急ぐ必要はないとのこと。
僕は密林を出るなら最短で用事を済ませてトキナさんの元に帰りたいのですが。
トキナさんとしては、そもそも封印が解けても外に出るかはまた別だとも言っていた。
トキナさんは曲がりなりにもかつて世界を支配しようとした魔王である。
現在の状況次第では、中央大密林の中に身を隠していた方が都合のいい場合もあるということだ。
外の情報なら眷属である僕が見て回ればこと足りると。
その辺が僕が1番不満に感じているところでもある。
結局、トキナさん自身に急いで外に出ようという意志がないのである。
まずは僕を外へと出し、外の情報を集めることの方が主目的なのだ。
つまり、最短で封印を解いたとしても必ずしも僕と一緒に外に出てくれるとは限らないのである。
まあ、トキナさんが封印されて50年以上は経っているはずなので、すでにトキナさんが過去の人として忘れられているなど状況が良ければ外に出ることもあるみたいだけど。
ともかくトキナさんがそんな感じのため僕のテンションもあまり上がらないのであった。
トキナさんが外に出る気がないなら封印も解かずに一緒にジャングル生活続けた方が僕個人としては幸せな気がする。
まあそんな感じでだらだらと密林を出るタイミングを送らせていた。
そしたら密林を出る前に人と出会ってしまいました。
後から思い返せば結果としては良かったかも知れないですが。
まず人の気配に気付いたのはトキナさんだ。僕は感知能力高くないですしね。
『印世……少しまずいことになったかも知れない。人がこの密林の中に入ってきているぞ』
1カ月近くの密林生活である意味気が緩んでいた僕に緊張が走った。