23 グラビティ・キャノン
――ウンコの嵐が来る。
それは、本当に悪夢のような光景だった。
全方位から僕とアロめがけてウンコが雨のように降り注いでくる。
ウンコと言えどもあなどってはいけない。
ウホゴリラの強靭な筋力と、魔力で上乗せされたパワーによる砲撃は、ウンコの威力をまるで大砲のようなものへと変えていた。
ウンコはシパちゃん達の家へと着弾すると、そのまま壁をも突き抜ける。
瑛さんのいる地下のシェルターは大丈夫だろう。
だが地上部分は、このウンコの集中砲火を受ければ脆くも崩れ去ってしまうに違いない。
このウンコはそれほどに強い!
だが、その砲撃の中心地点に、僕とアロの姿は既になかった。
僕は敵の砲撃を確認した瞬間、半ば本能的に前へと出ていた。
アロも同様だ。
全方位を均等に囲まれている。
中央にいるのは危険だ。
敵の中に突っ込んで囲みを崩さなければそのまま押しつぶされる!
「2人ともいい判断だ。そのまま敵を崩してくれ」
瑛さんから指示が来る。
『じゃが、この状況……瑛には厳しいかも知れぬな』
トキナさんが独り言のようにつぶやいていた。
僕は余裕がないので戦闘に集中している。
『妾は瑛を過信しすぎていたのかも知れぬ。奴の専門は生態調査だと言っておった。つまり戦闘は瑛の専門ではない。あまりに物をよく知っている上、魔法の能力も指揮官向きに思えたのでつい出来るものじゃと思ってしまった』
『……いや、それだけではないの。瑛は油断したと言っておったが、それは妾も同様じゃ。そもそもゴリラが戦術を練って来ることを想定しておらなかった。こうなってしまったのは妾にも責任があるの』
トキナさんは反省しているようだったが、僕にはその余裕もない。
なんとか包囲の一部に食らいつき、そこから時計回りにゴリラの隊列を崩していった。
接敵さえできれば敵は一瞬で倒せる。
だが、距離が遠かった。
敵は散開しているので1体1体の間も広い。
戦闘自体より、移動にどうしても時間がかかってしまう。
そしてその間にもウンコは飛んで来る!
中心からは抜けたので全方位からウンコを浴びるようなことはなくなった。
でも奴らの攻撃はやまない。
仲間に当たっても構わないというように、平気でウンコを投げつけてくる。
僕はそれを全力で回避する!
全てを回避できる自信はなかったけど、僕の周りには風のバリアーのような物が出来ていた。
『軌道を変えられるものは妾が風で防ぐ。主は直撃しそうな物だけを対処せよ。それと……決してウンコには当たるでないぞ! 主の魔法障壁ならダメージは大したことないが、感覚も妾と繋がっておる。妾はウンコの当たる感触なぞ経験する気はないぞ!』
厳しい条件を出された。
正直、僕の防御力ならウンコの砲撃は無視できる。
だから本当はウンコを食らいつつ突進した方が効率はいい。
ただ当たればもちろん痛いし、そもそも僕だってウンコなんかに当たりたくはない。
僕は全力でウンコを回避しつつウホゴリラの囲みを崩す。
「よし、ウホゴリラの注意は印世君の方に向いている。苦しいだろうが、その調子でもう少しだけ敵を引きつけてくれ。その間にアロは逃げろ!」
瑛さんの指示が飛ぶ。
瑛さんは農場を放棄する選択をしたようだ。
「師匠はどうするにゃ!」
「私はシェルターにいるから大丈夫だ。ステルスも使ってるから奴らが地下室に気付くことはない。そもそも、奴らの目的は恐らく畑だろうしな。畑を守れないのは本当に心苦しいが……」
苦渋の決断だ。
「嫌にゃ! アロは畑守りたいのにゃ!」
アロはまだ粘るつもりだ。
恐らく、まだ戦えてもいるのだろう。
「敵のほとんどが印世君を囲みに入ってる。この状態では印世君でも長くは持たない。アロが逃げなきゃ印世君もその囲みから出られないだろ!」
気付くと、ウホゴリラ達は僕を囲むように陣形を組み直しているようだった。
農場の方は完全に無視。
アロの方にも足止め程度の数しか向かっていないようだ。
これなら逆に戦えるんじゃないのか?
『自分を過信しすぎるでないぞ印世。確かに自分の身を守るだけなら主は十分に強い。じゃが奴らの数は膨大じゃ。全て倒しきるまで1発もウンコに被弾せぬなど不可能じゃ』
確かに、体力的にも精神的にも消耗は激しい。
このまま戦いを続ければすぐに隙が出てウンコを食らってしまうはずだ。
せめて突破口さえあれば。
そう思う僕の目に、ウホゴリラ達のいた森が映る。
そこにいる群れからは、他とは違う雰囲気が漂っていた。
「瑛さん、森に何かいませんか?」
僕は戦いつつ瑛さんに呼び掛ける。
「ん? いるな。これは……ロードだ! ロードが生まれていたのか。道理でここまで統率がとれているわけだ」
他のウホゴリラとは一線を画した何かがいるようだ。
この作戦だった動きは、そいつが指示したものに違いない。
『ロードまでおったか。ロードというのは、魔物版の魔族と思ってよい。滅多に生まれる物ではないが、条件さえそろえば魔物が魔族となることもある。ウホゴリラのロード……ウホロードとでも呼べばよいか』
「ロードは危険だ! 単純な強さも強くなるが、何よりロードは知能が高い。アロ! もうぐずってる場合じゃない! すぐ逃げるんだ!」
瑛さんが再びアロに撤退の指示を出す。
だがアロの考えは違っていた。
実は僕もアロと同じ考えだったのだが。
「逆にゃ! ボスが出て来たならアロが倒してやるのにゃ! 印世が敵を引きつけてるうちにアロがそのボス猿やっつけてやるのにゃ!」
アロは森の方へと向かうようだ。
僕としては、自分がそのボスを倒そうと思ったけど、僕の周りには敵が集まる。
アロの言うように僕は敵を引きつけている方がいいのか?
いや駄目だ。
アロが敵のボスに勝てる保証はない。
敵を引き連れることになっても僕も森へと向かうべきだ。
『敵のボスを倒すという考え自体は正しい。恐らく、奴らは伝達回路と似たシステムで連絡を取り合っておる。その中心はロードじゃ。ウホロードさえ倒せば奴らの統率は崩れる』
つまり、ロードさえ倒せば奴らはただのゴリラになるということだ。
統率さえ失えば、残りのゴリラが何体いようと倒すのはたやすい。
あのロードを倒せるか。
そこにこの戦闘の成否がかかっていた。
先行するアロの後を追う。
そのアロのさらに先、森の方で動きがあった。
魔法だ。
ロードが魔法を使おうとしていた。
魔法を使う際に現れる特徴的な光がウホロードの体から溢れていた。
「森の中で、奴らが魔法を使うのは確認できている。気をつけろ! 風属性のようだが特定はできていない。私の印象としてはあれはサイコキネシスだ!」
ウホロードは念動力を使うようだ。
出力次第では強敵だ。
森の木々などを飛ばされるとやっかいかも知れない。
警戒する僕の前で、ウホロードの魔法が発動した。
ロードの周りにある物体が浮かび上がる。
その物体を僕とアロは知っていた。
それはさきほどから僕らが大量に浴びせられ続けているものだ。
つまり……ウンコだ!
ロードは、魔法すら操るウホゴリラだ。
だがその魔法で飛ばすものもやはりウンコであった。
奴らにとっては、ウンコこそが最強の武器なのかも知れない。
だが数が多かった。
ウホロードは、1人で8個ものウンコを操っていた。
そして、それを投擲よりも早い速度で打ち出す!
速い!
他のウホロードの投擲より倍は早いだろう速度でウンコが打ち出される。
これを避けるのは至難の技だ。
ウンコは僕に6個、アロに2個向かっていた。
やはり僕の方をより警戒しているようだ。
僕に攻撃が集中するのはありがたい。
だがアロにも2個だ。避けられるのか。
結果として、アロは避けられなかった。いや、避けなかった!
アロはアロの持つ最大火力のパンチでウンコを弾き飛ばした。
ウホゴリラのウンコは硬い!
そのため家の壁を貫通するほどの威力を誇るが、上手くさばけば軌道をずらせる。
アロは両拳に魔力を集中させてそれを行った。
アロの手にもダメージはあるようだったが、あと何回かはさばけそうだった。
だが、ここで奴らは次の手を打って来た。
ウホロードが次に浮かべた物、それもまたウンコである。
だが、それはただのウンコではなかった。
生まれたてのウンコである!
ウホロードの両隣りにいるゴリラが、まさに今ウンコを生み出していた。
「なんて汚い真似を……」
僕は思わず呻いた。
汚い、ゴリラ汚い。
比喩的な意味などではなく、衛生的な意味で奴らは汚かった。
一瞬、僕にはウホロードの表情が見えた気がした。
下卑た笑みを浮かべている。
こいつの本命はこれだったのだ!
生まれたての柔らかウンチは投擲には向かない。
だが、念動力ならその柔らかウンチをも飛ばすことができる!
ウホロードの、ロードのみが繰り出せる狂気の攻撃が僕達を襲う!
いや、浮かびあがるうんこは1つだけだ。
やわらかウンチは操作が難しいのだろうか?
そして、そのウンチは……僕ではなくアロへと向かって飛んだ。
アロは精神を集中させている。避ける気だ。
やわらかウンチはもちろん柔らかい。
アロが先程のように拳で弾けば、やわらかウンチは文字通りに弾け飛ぶだろう。
そして弾けたウンチがアロの全身に襲いかかる。
拳で弾くことはできない。
アロは全神経を集中させ、迫りくるウンチを避けようとしていた。
この試みは成功するだろう。
迫りくるウンチは、その速度も硬いウンコより遅いように感じた。
だが、僕の背中に嫌な予感が走る。
このウンチは違う、危険だと僕の直観が告げていた。
僕はさらに加速してアロとの距離を詰める。
アロはすでに回避行動を取っており、ウンチの軌道からは外れていた。
だが僕の危機感は消えない。
あのウンチはただのウンチじゃない。
じゃあ何が違うウンチなのか?
あれは、念動力により飛んで来るウンチだ。
ただの投擲と、念動力の違い、それは――
答えが頭に浮かぶ前に、僕はウンチとアロの間に飛び込んだ!
そして、僕の予感は的中する。
ウンチの軌道が――変わった。
やわらかウンチは、僕とアロの目の前でその軌道をあり得ない角度で変えたのだ。
これが念動力の力だ。
そしてそのやわらかウンチは、僕の体へと直撃した。
僕はやわらかウンチの直撃を受け精神的なショックで倒れた。
「印世! 印世ぇー!」
アロが叫んでいる。
森の方では、ウホロードがまた下卑た笑みを浮かべていた。
その奥から、さらに新手のゴリラ達が出て来る。
奴の守りは初めから薄くなどなかった。
奴は自分を囮に僕らを呼び寄せたのだ。
奴は勝利を確信した顔でこちらを見ている。
実は僕、肉体的には全くダメージ受けてないんですけどね!
僕は起きあがりつつ、心から湧き上がる怒りに身を任せようとしていた。
敵が何体いようが関係ない。
一発もらった以上、もう何発食らおうが似たような物だ。
被弾さえ気にしなければ、奴らを全員倒し切る自信が僕にはあった。
だが、僕は気がついていなかった。
ある意味僕はすでに負けていたということに。
僕はアロをかばってウンチを受けた。
だが僕はそれをやってはいけなかったのだ。
僕はアロ以上にウンチを被弾させてはいけない人の存在を忘れていた。
『……くっさいのじゃぁぁああーーーー!!』
僕は怒りに燃えていたが、僕以上に猛り狂っている人が存在した。
そして、僕の右手に痛みが走る――!
「……ぐあっ! 右手がぁっ……!」
僕の意思に反して右手が高く掲げられる。
そして膨大な量の闇属性の魔力が僕の右腕へと収束していた。
「な、なんなのにゃー!」
アロが驚愕していた。
僕も驚愕している。
あふれ出る魔力により、服の右腕部分が弾け飛ぶ!
中から現れた包帯もズタズタになって、今にも取れそうになっていた。
そしてその包帯の隙間から、黒い炎のような物が湧きあがる。
それは、包帯の中にある《獄炎紋》をそのまま大きくしたような炎だった。
「い、印世……とうとう目覚めたのにゃ!」
アロが訳の分からないことを口走っている。
周りのウホゴリラ達は、あまりにも膨大な魔力の前に怯んでいた。
遠巻きに様子を見つつ後退しているようにも見える。
だがそんなことより今は右手がヤバイ!
「トキナさんっ! お、落ち着いて下さい!」
「右手の中の人がついに目覚めたのにゃー!」
僕の叫び声がアロに聞こえたようだが本当に今はそれどころじゃない。
落ち着いて下さいトキナさん!
『これが落ち着いていられるか! お主はどうか知らぬが、妾はウンコをぶつけられたのは生れて初めてじゃーー!!』
僕もウンコぶつけられたのは生れて初めてです!
とにかく、トキナさんの怒りは頂点に達し、僕には止めることが不可能だった。
天高く掲げられた僕の右手の上に、漆黒の黒い玉が現れる。
信じられないほどの魔力が凝縮された、漆黒の闇。
その闇がウホロードのいる場所を……森ごと飲み込んだ。
『汚物は消毒じゃーーーー!!』
そうしてこの日――ウホゴリラの森は、消滅した。




