22 ウホゴリラ、襲来!
ウホゴリラの大群が近づいて来ている。
森を出た数はすでに100体を越え、まだ出て来る気配があるようだ。
「農場は一旦放棄して、ウッホ村の中に逃げ込むしかないべさ」
シパちゃんのお父さんが提案してきた。
「でも、そうしたら畑はどうするの? せっかくここまで育てて来たのに」
シパちゃんが悲しそうな顔をしている。
「でも命には変えられねぇべさ。畑ならまた作ればいいべ」
もちろん命の方が大事だ。
ウッホ村は周りを石造りの掘りで囲まれている。
たいした防備ではないけど、ウホゴリラの襲撃をしばらく持ちこたえることはできる。
「私だ! 国連環境計画の坂谷瑛だ! ウホゴリラが森から出て来ている。今動ける者だけでいいからすぐウッホ村まで飛んで来てくれ!」
瑛さんは素早く傭兵ギルドと連絡を取っていた。
「救援は呼んだ。ウッホ村まではゲートですぐ傭兵部隊がやって来る。ウッホ村まで逃げられればひとまずは安全だ」
瑛さんの対応は早かった。
ゲートはウッホ村の中にある。
ニムルスの首都、コネリア側のゲートと傭兵ギルドの間の距離も近い。
ウッホ村へとゴリラ達が到着するまでに、今動ける傭兵達はウッホ村の防衛に回ることができるだろう。
つまり、僕達もウッホ村まで退却できればひとまずの安全は確保できる。
「で、でも……じゃあ畑はどうするのにゃ? あいつら前から畑の稲を狙ってたにゃ! アロ達が逃げたらお米全部食べられちゃうのにゃ!」
「命には変えらんねぇ……」
そういうシパちゃんのお父さんも、すごく辛そうな顔をしていた。
「アロが畑を守ってあげるにゃ! ギルドの皆が来るまで畑に手出しはさせないにゃ! アロは知ってるにゃ。シパポン達が、ずっと一生懸命お米育ててたの知ってるのにゃ! 何年も前からみんなで工夫して、こうでもない、ああでもないって言って、それで……去年やっとで満足行くのが作れるようになって……」
アロはこの国の出身だ。
シパちゃん達との交流も昔からあったのだろう。
「田吾作さんも、シパポンも、シパポンのパパも皆がんばってたのにゃ! 田吾作さんも、シパポン達はホント良くがんばったって、日本の米農家にも負けないお米が作れるようになったって……すごく嬉しそうにして旅立って行ったのにゃ!」
「この世界じゃ、どうせ頑張っても地球には追いつけないって、初めからあきらめて適当に生きてる人もいるにゃ。でもシパポン達は違うにゃ! この世界の人間も、頑張れば何だってできるって、自分達の手で何かを生み出せるって! だから田吾作さんも一生懸命教えてたし、だからこんなおいしいお米も作れるようになったのにゃ!」
アロは泣いていた。
シパちゃんも泣いている。
確かに、命が一番大事だ。
でも、それ以外にも人にとって大切なものはある。
ここのお米は、日本から飛んで来たものを単に育てただけの物じゃない。
シパちゃんや、シパちゃんのお父さん、田吾作さんなど皆が協力して、思考錯誤を繰り返して改良したこの世界だけの新しいお米だ。
それがどれだけ大事な物かは僕にだって分かる。
「でも……駄目だよ。ゴリラいっぱいいるよ。アロさんだけじゃ勝てないよ。お米も大事だけど、すごく大事だけど、でもアロさんはもっと大事だよ」
シパちゃんはずっと泣いていた。そこに瑛さんが割って入る。
「残念だけど、アロ1人でここを守り切るのは不可能だ」
「でも! せめてギルドの皆が来るまででもアロはやるにゃ! ウッホ村まで来てるギルドの皆がここに来るまで持ち堪えればなんとかなるにゃ!」
「確かにウホゴリラ達が森から出て来たのはある意味チャンスだ。こちらから森の中に攻め入るより殲滅するのはたやすい。でもそれだって時間はかかる。アロの力では足りないんだ」
「そうにゃ! 印世だったら……印世はアロより強いにゃ!」
「アロっ!」
瑛さんが怒鳴った。
瑛さんが怒るのはすごく珍しい。
「印世君は見学のために着いて来てもらっていただけだ。傭兵ギルドには入ったけど、印世君はウホゴリラ討伐のメンバーですらない。農業試験場を守る任務は私達が受けた物だ。今ある危険な状況にただ居合わせただけの印世君を巻き込むわけにはいかない」
「でも……印世なら、印世だったら……」
アロが泣きながらこっちを見ていた。
シパちゃんもこっちを見ている。
シパちゃんも僕がウホゴリラを倒すのは見ていた。
アロが倒すのに数分かかるウホゴリラを僕が一撃で倒す姿は見ている。
「印世さん……」
シパちゃんは、すごく悩んだ顔をしていた。だが――
「もし、少しでも駄目だったら駄目って言って下さい。こんなこと……ただ居合わせただけの印世さんにお願いするのが間違ってるってことも分かってます。でも、だけど……」
「もし、お願いできるのなら……。お願いです! 畑を、お米を守って下さい! あのお米は、父達が一生懸命に作ったここだけのお米です! ニムルスには他にお米を育てている場所はありません。他の国で育てている米は品種が違います。ここだけなんです! あのお米がなくなったら、今までの苦労が、全部水の泡になっちゃうんです!」
シパちゃんが泣きながら頼んできた。
シパちゃんは、本来人に無理な願いをするような娘じゃない。
そのシパちゃんが、無理だと思いつつも僕に頼んでいる。
それだけ、この畑に思い入れがあるということなのだ。
(トキナさん……、僕は、シパちゃん達の畑を守りたいです)
僕はトキナさんに呼びかける。
僕の優先順位は変わらない。
最優先は、安全にサラスタンへと渡り、トキナさんの封印を解くことだ。
本来なら、こんなところで目立つ行動をするわけにはいかない。
だけど――
『妾も思いは同じじゃ印世。この者達の作ったお米は妾もおいしいと思った。それに……この世界の者でも素晴らしいものが生み出せると頑張るこの者達の姿は、同じこの世界の人間として誇らしいとさえ思う』
『そして何より――シパポーンのような幼い少女が泣いておるのじゃぞ! それを無下にするような奴がおったら妾が許さぬわ! シパポーンらの努力の結晶を、あんなエテ公どもに好きにさせる必要などない! 好きなだけ暴れてこい、印世!』
思いは1つだ!
「シパちゃん、大丈夫。シパちゃん達の畑は、僕が守るよ。あんなゴリラ達に荒らさせたりはしない」
「印世さん……」
「印世! やるにゃ! やっぱり印世は男なのにゃ! アロももちろんやるのにゃ!」
シパちゃんとアロが、泣きながら笑顔になった。
この顔を見られただけでも、僕が戦う理由には十分だ。
「まったくもう……」
瑛さんがため息を漏らす。
だがその瑛さんの顔もすごく嬉しそうに見えた。
「ウッホ村まで逃げるにしても、あいつらは足も速い。シパポン達家族が逃げる間、私達で奴らの足止めをするのは必要だろう。その上で、傭兵達がここに来るまで足止めできればもちろんそれに越したことはない」
「でも危なくなったら二人ともちゃんと逃げること。これだけは守ってもらう。そのために私もここに残る。撤退するかどうかは私が判断するのでそれには従ってほしい」
「分かったにゃ。師匠の判断はだいたい正確なのにゃ」
「はい、僕もそれで構いません」
方針は決まった。
傭兵達はすでにウッホ村に行く準備を始めている。
ウッホ村からここへ来るのにもそこまでの時間はかからないはずだ。
瑛さんがこのことを傭兵ギルドへ連絡すると、そこでも揉めることにはなった。
でもウホゴリラが森から出たのはチャンスでもある。
この機会に迎撃して、全滅させられずとも数を減らすくらいはやろうという話で落ち着いたようだ。
これで、農業試験場まで傭兵ギルドの救援が来ることも決まった。
シパちゃんとその家族は最低限の荷物をまとめて先にウッホ村へと向かう。
シパちゃん達は完全な非戦闘員だ。
状況は悪いので彼女らを守りつつ戦闘を行うことはできない。
シパちゃんとその家族がウッホ村へと向かう準備をしている間、僕達も戦闘のための準備を行う。
「では二人とも、このイヤホンマイクを着けてくれ。これは今年のG―Day用に開発された最新タイプだ。ワイヤレスだし戦闘中に取れないような工夫もしてあるから、着けたまま戦闘が可能なはずだ」
僕とアロは瑛さんに渡されたイヤホンマイクをつける。
携帯と接続すれば、これで瑛さんと連絡を取りつつ戦闘を行うことができる。
「ばっちりにゃ! 去年のより良く聞こえるにゃ!」
「そりゃ良かった。印世君の方も問題ないね」
「はい、戦闘の邪魔にもならなさそうですし音も良く聞こえます」
激しく動いても外れるようなことはないし、戦闘の邪魔にもならない。
まさに連絡を取りつつ戦闘を行うために開発されたアイテムだ。
こういうアイテムを使うG―Dayというのが何なのか少し気になったけど今は聞く時じゃない。
ともかく、これで連絡を取りつつ戦闘を行うことができる。
戦闘の準備も終わり、僕達はシパちゃん達がウッホ村へと向かうのを見送る。
そして僕とアロはウホゴリラの来る方角へと足を向けた。
瑛さんはシパちゃんの家の中から僕とアロに携帯で指示を出す。
瑛さんは複数の携帯電話を持っていた。
今はその携帯の内2つを使って僕とアロに指示を出している。
「今のところウホゴリラはウッホ村方面に向けて散開しているようだ。幸い、この農場に集まって来るようなことはないらしい。なので進路がこことぶつからない群れについては無視する。ウッホ村にはすでに傭兵が到着しているのでそこは大丈夫だ。シパポン達も道の途中で保護してもらえる」
瑛さんの策敵能力はすごい。
この農業試験場を中心に、ウホゴリラの森、そしてウッホ村までの範囲を全てカバーしていた。
その上で僕とアロに指示を出し、農場を守るための策を練る。
「私はこれからステルスを使うので私の守りは必要ない。二人とも目の前の敵を倒すことだけに集中してくれ」
イヤホンからそう聞こえた瞬間。瑛さんの魔力が消えた。
『これは……本当にすごいの。まるで存在そのものが消えたかのようじゃ。この能力があれば、確かに未開領域を歩くのもたやすかろう。少なくともゴリラどもに存在を気付かれるようなことはないの』
僕が振り向くと瑛さんの姿はまだ家の窓から見えた。
肉眼では確認できる。
でも肉眼で姿を確認してさえ、そこに瑛さんが存在するとは全然実感できなかった。
魔力的にだけでなく、存在感そのものを薄くできる能力なのかも知れない。
そして瑛さんはすぐにシパちゃん家の地下シェルターの中へと隠れた。
これでもう僕にも瑛さんの存在が分からなくなる。
瑛さん自身もこちら側を目で確認することはできなくなるが、そもそも瑛さんは魔力探査で僕達やゴリラの位置を把握しているので何も支障はなかった。
ともかく、これで僕もアロも目の前の敵だけに集中することができる。
「今この農場とぶつかる進路にいるゴリラの数は15体。右が4体に左が11体だ。アロが4体、印世君は11体の群れを倒してくれ。二人ともできるね」
「もちろんです!」
「当たり前にゃ!」
アロも元気よく答えた。
正直、同時に4体のゴリラを相手にするアロのことが心配になる。
だが僕が見ている傍からアロは炎を飛ばし始めていた。
馬鹿正直に敵と接触してから戦闘を始めるわけではないようだ。
アロは決して弱くはない。
囲まれさえしなければ、複数のゴリラと戦うこともできるだろう。
そして、僕の方は馬鹿正直に11体のゴリラの群れへと突っ込んだ!
僕は遠距離攻撃が使えないのでこれは仕方ない。
そして、ここで僕は今の自分に出せる全ての力を開放する。
「えっ!? 印世君、潜在魔力は確かAランクだったよね……。でもこれはもうあきらかにSランク――」
魔力の検査を受けたのは先週だ。
魔力検査の精度は高い。
今の僕には、確かにAランクの魔力しかない。
今、僕の体からそれ以上の魔力が出ているのは、僕の力ではない。
『風属性の魔法で主の敏捷性を強化しておる。水魔法で防御力も少しは上がっておるはずじゃ。これはどちらも主の光属性と属性が近いし、術の系統としても魔術師より戦士よりじゃ。これを主が使えたとしても有り得ぬ話ではない』
トキナさんのサポートを受け、僕はドラゴンを倒した時よりも強い力を身に纏う。
ちなみに、風魔法も水魔法も僕の光属性と近い代わりに、トキナさんの闇属性とは離れた属性の魔法だ。
それをSランクレベルの出力で操るトキナさんの力はやはり凄まじい物があった。
そして、僕は全力以上の力を持って11体のゴリラの群れへと突っ込む。
11体のゴリラを全て輪切りにするのに2分近くかかった。
囲まれないようにした分殲滅速度が遅くなっている。
いっそ周りを囲ませた方が倒す速度は速くなるか?
『無茶はするでないぞ。主はこれだけの連続戦闘も初めての経験じゃ。ペースは抑え、安全を第一に行動すべきじゃ。敵はこれだけではないのじゃからの。すでに次の群れがここへと向かって来ておる』
「次の群れは近い方が8体、そのすぐ後ろに9体だ。アロはさっきの4体の内1体は倒したがまだ3体と交戦中。すまないが前の2グループは両方とも印世君で対処してくれ」
僕はすぐに後続の群れへと向かう。
攻めているうちに、農業試験場とウホゴリラの森の中間近くまで突出してしまった。
だが僕らは元から数が少ない。
ここで僕が敵を引きつければ、後ろのアロやさらに後ろの農場への被害も減らせるはずだ。
「まだ何が起こるか分からない。その2グループを倒したら印世君は少し農場側へと戻って来てくれ」
瑛さんからの指示があったのでこのゴリラ達を倒したら戻ることにする。
僕が敵を引きつけられればいいが、それが出来ない場合もある。
その場合、僕は農場に近い方がいい。
『瑛の指示は的確じゃ。作戦は任せて良かろう。主は目の前の戦闘にのみ集中しておれば良い』
トキナさんの言う通りだ。
深くは考えず目の前の敵を倒すことだけに集中する。
後続の2グループもほどなく倒すことに成功した。
時間としては、敵を殲滅するよりも移動にかかる時間の方が長いくらいだ。
僕は突出しすぎてしまったので、瑛さんの指示通り農場側へと戻る。
戻るとアロも4体のウホゴリラを倒し終えたところだった。
「い、印世はやっぱすごすぎるのにゃ……アロが4体倒してる間に一体何十体倒してたのにゃ?」
「20体くらいだからそこまで多くはないよ」
アロにも目に見えたダメージはないようで安心する。
4体のウホゴリラもアロは自分の力だけでしっかり撃退していた。
「今この農場に向かって来る他の群れはないね。二人とももう少し農場側によって、休憩できそうなら少しでも体を休めてくれ」
瑛さんの指示に従い、僕とアロは水田の近くの道で腰を下ろす。
この辺りは開けて視界もいいので、遠くを他の群れがウッホ村へと向かって行くのが見えた。
ウッホ村へと向かっていたシパちゃん達のことが気になる。
「シパポン達は大丈夫そうだ。すでに村から出た傭兵がいる。シパポン達は農場から真っすぐウッホ村へと向かっているから、シパポン達と当たりそうな群れはもう印世君達が倒したしね」
シパちゃん達も無事ウッホ村へと入れそうで良かった。
ウホゴリラの後続もすぐ農場には向かって来ないようで、僕とアロはちょっとだけ安心して休息を取る。
ウホゴリラ自体は雑魚だけど、それでもこれだけの数の敵と戦うのは僕には初めての経験だ。
肉体的というより、精神的に疲れが溜まっていた。
それはアロも同じようで、僕はアロの体を抱き寄せて頭をなでなでしていた。
僕自身が安心するためにやっている面が強かったけど、僕に撫でられるとアロも少し安心したような顔をした。
戦闘の合間のひとときの休息を堪能する。
「よし、シパポン達も無事傭兵と合流できた」
後ろの憂いもなくなった。
ウホゴリラが一気に攻めて来る様子もない。
この調子なら、傭兵達がここに来るまで農場を守り切ることもできそうだ。
『この動きは……何か嫌な予感がするの』
安心する僕とは裏腹に、トキナさんは不審がっていた。
瑛さんの声もあまり嬉しそうな感じではない。
「相手は、こっちの戦力を理解しているのかも知れない……」
瑛さんの声は、安心どころか悲壮感さえ感じさせる物だった。
「野生動物と思って甘く見過ぎた。すまない、私のミスだ。あいつら、本当にただの野生動物なのか?」
『ゴリラの指揮官も、どうやら無能ではなかったようじゃの』
「……完全に囲まれた」
瑛さんの声は悲痛だった。
「奴ら、隊列を組んでやがる。数は200体余り。全方位から等間隔でこっちに近づいてきている。しかもご丁寧に、ウッホ村側の方は門の周辺だけに兵力を集中させてる。あれを突破するのは傭兵達でも時間がかかるぞ」
僕達の相手はゴリラです。
軍隊なんかじゃありません。
なのに気付いたら罠に嵌められ、完全に周りを囲まれていました。
『じゃが、敵が全方位に兵力を分散しておることに変わりはない。一点突破は可能じゃ。……農場は捨てることになるが、瑛がその判断をするなら妾もそれを支持する』
くやしい。
ゴリラなんかに遅れを取るなんて。
だが、奴らの狡猾さはさらに上だった。
奴らは、僕達との間に充分な距離を保ったままその進軍を止める。
そして、攻撃をロングレンジのものへと切り替えて来た。
「まずいっ! ――ウンコが来る!」
ウホゴリラの持つ遠距離攻撃。《糞投擲行動》
200体ものゴリラによる、うんこの波状攻撃が始まった。




