01 石像の少女
僕の名前は汽坂院世、どこにでもいる普通の高校生……だった。
いま、僕は異世界にいる。
この世界に飛ばされた時のあれやこれやはこの際いいでしょう。
というか学校の帰りにいきなり飛ばされただけです。以上説明終わり。
それでなぜここが異世界と思うかというと、それはさっきドラゴンっぽいのに出会ったからで、僕は命からがら逃げ出して今ジャングルの奥の遺跡のような場所の中にいる。
とりあえず頑丈そうな石造りの建物だし、入口も人が出入りできる程度の大きさなのでドラゴンがここに来ても中に居れば安心とは思う。
炎とか吐いてこなければだけど。
…………。
怖くなってきたのでもう少し遺跡の奥に行くことにする。
中は迷路状になっているようなので奥に入ればブレスとか吐かれても多分大丈夫なはずだ。
しばらく進むと広間にでた。
広間はところどころに柱が立っているだけだったけど、奥の壁に石像がある。
正確に言うと、壁から突き出た少女の像があった。
その像が妙に気になった僕はその像の傍へと近付く。
それにしても可愛い。
いや、綺麗というべきかな。
後ろ髪は長くのびていて、前髪は一直線に切りそろえられている。
前髪ぱっつんな感じだ。
そして目元にはしっかりとした意志が感じられる。気の強そうな感じだ。
この娘がツンデレだったらやっぱり可愛いのかも知れない。石像だけど。
でも本当に……まるで生きているような造形だ。
ちなみに、僕は女の子にガンガン話しかけるタイプではないので間近で女の子の顔を見たことはない。
クラスに好きな娘がいても目が合うとつい目をそらせてしまうようなタイプだ。
そして今目の前にいる、いや、目の前にある石像のこの娘は、僕の人生の中で1番といえる可愛さだ。
しかも石像なのだから目が合っても逸らす必要もない。
なので、どうしても近づいて色々と見てしまう。
色々と言っても体をじゃないです。顔です。エッチな意味ではありません。
そんなわけで、僕は彼女の顔を正面から見つめる。
唇と唇がくっつきそうなほどの近くで。
そうしていたら頭の中に声が聞こえた。
『動けないのをいいことに妾の顔を舐めるように見回すとは、この娘、可愛い顔してそっちの気でもあるのか? まあ妾もないとは言わ――いや……男じゃと!?』
頭の中に直接響いてきたその声に僕は言葉を失う――。
いや、初めから何もしゃべってなかったけどね。
でもとにかく戦慄した。
いきなり知らないジャングルの中に飛ばされ、命の危険を感じて、今までみたことないくらいかわいい女の子の像を見つけて、ついに僕は頭がおかしくなってしまったのかも知れない。
と、そんなことが頭に浮かんだ瞬間――
気付くと僕は、少女の像と口づけを交わしていた。
これは決して僕が変態だからなんかではない。断じて。
僕の認識で言えば、少女の像が動いたように感じた。
もしくは、僕の唇が吸い寄せられたというか。いや、後者だとやはり僕が変態ということに……。
などと考えている間も僕の唇は少女の像と口づけを交わしたままであり、そして、その少女の像は茫然とする僕の目の前でパラパラと崩れ、中から本物の少女が現れたのである。
少女の像は石像だったので、その色は全部壁と同じ色、全体的に灰色っぽい感じの色だった。
だから中の人?の実際の髪の色とかは分からなかったのだけど、出てきた少女は黒髪で、日本人っぽいというか日本人に見える少女だった。
つまり黒髪ぱっつんだ! いや何がつまりなのかは知らないけど。
そしてその肌は石像の時とは違いとても柔らかそうで、目は微笑んでいるのか優しい印象を受けた。
見た目は僕より年下なのだけど、優しい年上のお姉さんという印象を受けた。
そして、その唇はとても柔らかくて――と、ここで僕は生れて初めて女の子とキスをしてしまったという事実に気付く。
今まで女の子と付き合ったこともない僕は頭が混乱してしまい、ただその場に立っていることしかできなかった。
少しの間そのままの状態でいると、少女の方が動いて唇を離されてしまった。
僕は初めてのキスの感触に心が高揚すると同時に、それを終わらせられてしまった寂しさにせつなさを同時に感じる。
『ふむ。……妾の顔をこれでもかというほど見つめておったから初めはレズかと思っておったが、どうやら少年……だったようじゃの。この顔で男だと言うのじゃから、これはこれでありかも知れぬの』
少女は僕の様子を見ながらそうつぶやく。
対する僕の方はまだ頭が回らず立ち尽くしていた。
彼女の言葉も、耳に入るというより直接頭の中に伝わってきている気すらする。
『まあよいじゃろう。お主もなかなか可愛い顔をしておるしの』
壁から出てきた少女は、放心する僕の周りを周りながら語りかけてきた。
やっぱり口は動いていない。
『妾の名は、テタ・トキナ・マグニータという。特別にトキナと呼んでよいぞ。とりあえず、まずはもうしばらくそうやって放心しておれ。まだ少し魔力をわけてほしいからの』
そう言って、彼女は僕の顔を優しく掴み、彼女の方から再び僕に口づけを交わしてきた。
人生最高の美少女が向うからキスしてきました。
こんなことが本当にあっていいのでしょうか。
僕はもうこのまま死んでもいいくらいです。
そんなことを思っていると僕は全身から力が抜けていくのを感じた。
心は天にも昇りそうだけど、体は力が抜けて崩れ落ちていくような……。
そして、僕はそのまま気を失ってしまうのであった。
『……。しまった、少し魔力を吸い過ぎてしまったかも知れん』
意識が薄れていく頭の中にそんな声が響いてきた。