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ラルフ・フォン・ヴァレンシュタイン

ラルフの姿は、帝都コンスタンティノープルではなくイタリア・ローマにあった。

このイタリアは代々ヴァレンシュタイン公爵家が治める領地で、ローマはその中心地。ラルフは来たる極東遠征に備えて軍備増強に本腰を入れるためローマへと来ていたのだ。

と言っても、イタリア半島の内、地中海の貿易・金融に大きな影響力を持つジェノヴァとベネチアは皇帝領となっており、イタリア全土がラルフの領地というわけではない。選帝侯にはヴァレンシュタイン公爵家のように帝国各地で広大な領地を持っている。選帝侯のみならず貴族領はそれぞれが独立国家のように振る舞っており、皇帝や帝国政府も各貴族領の内政に口出しをする事はほとんどない。

貴族達は自分の領地から兵を募って己の騎士団を編成する。ラルフの指揮するヴァレンシュタイン騎士団もほとんどがイタリア出身者で構成される。


イタリアは選帝侯の領地にしては珍しく、地域の価値が大きく左右される程の重要性を持つ魔導石は採れず輸入に頼っている。元々は気候的に様々な農作物の栽培が可能なため、農業が盛んな地として知られていた。特にワイン,オリーブ,多種類のチーズなどが名産品で、これはイタリアの重要な収入源だった。しかし、先代当主ヴィンツェルと現当主ラルフの政策により工業が急速に発展しつつある。


イタリアの政庁と当主の居館を兼ねるローマ宮殿。純白の壁を持つ左右対称の優美な宮殿にてラルフは公務に勤しんでいた。

執務室のデスクに座って、書類に目を通しながら、周りにいる数人の男達と話をしている。

「ゲフィオンは後2ヵ月もあれば数は揃いましょう。しかし、問題は兵士です」


一人がそう言うと、ラルフは手にしていた書類をデスクに置いて、その漆黒の瞳で相手の顔を見る。

「イタリア中から志願者を募って、今ロンメルが訓練を進めている。時間は掛かるだろうが心配には及ばんさ」


ヴァレンシュタイン騎士団は現在3個師団で編成されているが、ラルフはこれを最終的には5個師団にまで増強したいと考えていた。

兵力の手配はどうにか付けたが、次に問題になるのは運用資金だった。軍隊の維持費というのはかなりの額が掛かるもので、軍備増強ともなるとヴァレンシュタイン公爵家にはかなりの出費が要求されるだろう。

「イタリアの財政は悪くない。だが、軍事支出が増えれば今後はそうもいかないだろう」


「御心配は要りません。他の選帝侯の方々もなさっているように平民から税を徴収すれば宜しい」

平民から搾れるだけ税を絞り取ればいい。それが彼の考えだった。

というよりヴァルキュリア貴族の大半が彼と同じ考えでいるだろう。


「それは駄目だ。民衆の生活を圧迫すれば逆に財政は破綻するぞ」



静かに反論するラルフに対して、彼は冷笑しながら、

「何もお気になさる事はありますまい。平民など放っておけば幾らでも湧いてくるではありませんか」


「駄目なものは駄目だ。今日はもういい。下がれ」


そう言われて一瞬戸惑いながらも、お互いに顔を見合って一礼すると退室していった。

彼等と入れ替わりに金髪金眼の美少女が執務室へと足を踏み入れる。将軍衆の紅一点ユリア・フォン・ミトロウィッツだ。

「選帝侯も大変だな」

まるでラルフを茶化すように笑いながら言う。


「まあな」


ユリアが執務室のソファーに寝そべる。それは貴族令嬢とはとても思えない慎ましさの欠片も感じさせない姿。それを目にしてもまったく気にしないのか、何事も無いかのようにペイジの少年を呼び、ユリアと二人分のコーヒーを用意するよう言いつけた。

コーヒーとクリームが運ばれて二人の前に置かれた。ラルフはコーヒーカップを手にすると鼻に近付けて香りを楽しむ。


「よかったのか?ローマへ戻ってきても」


「何の事だ?」


「任務の無い他の選帝侯達は己の騎士団を部下に任せて自分は帝都にいる。お前はここに居てもいいのか?」

選帝侯はコンスタンティノープルを必要以上に空ける事を好まない。なぜなら、自分がいない間に他の選帝侯が自分を出し抜こうとしないよう目を光らせるためだ。選帝侯同士には、同胞や仲間などと言う意識はまったくない。無論、全員が全員そうだというわけではないが、ほとんどの場合は政敵同士だった。


ラルフは落ち着いた口調でユリアの問いに答える。

「他の選帝侯達が何をしようと俺には興味が無い」


「ふ~ん」

呆れたように笑う。

「だが、周りはそうはいかんぞ。何せお前はヴァルキュリアの双壁にして100年に1度の天才と言われる程の奴だからな」


まだ20歳であるにもかかわらずラルフは、

コンスタンティノープル大学政治学博士号

ベルリン大学神学博士号

ハプスブルク大学歴史学博士号

モスクワ大学歴史学博士号

と4つもの博士号を持つ天才だ。

さらにボーデンマイスターという帝国チェス連盟がチェスプレイヤーに送る最高位称号まで史上最年少で所有している。


「で、用はそれだけか?」


「いいや。ここからが本題だ。さっき町で気になる噂を聞いてな」


「噂?」

コーヒーカップを置いて視線をユリアに向ける。


「ナポリで、マフィア達が何やら企んでいるらしい」


「マフィアが?」

一瞬だけだがラルフが眉を顰める。

次にラルフは口元を緩めると席を立ちあがる。

「じゃあ、行ってくるか」


「?行くってどこへだ?」


「ナポリに決まってるだろ」

当たり前のように断言してみせるラルフ。




翌日、ラルフとユリアの姿はナポリの街中にあった。二人とも正体を隠して庶民の服で人の多い大通りを歩いている。

純金のように輝く髪と瞳を持つユリアの美貌とスタイルを持ってすれば、庶民の服でも貴族のドレスを着ているかのような美しさに映る。

二人が赴いたのはカジノだった。そこは外とはまるで別世界で、美しく磨きあげられた床に豪華な内装。大勢の貴族やギャンブラーがルーレット,トランプ,スロットマシンなど様々なギャンブルをしている。

ユリアは貴族令嬢という事もあって、カジノに来た事はなく物珍しそうに辺りをジロジロと見渡す。

それに対してラルフは慣れているのか特に戸惑う様子もなく奥へ進んで行く。


奥の方にはチェスボードが置いてあるテーブルが幾つかある。おそらく賭けチェスを行なう場所だろう。

そして、その一角には人だかりが出来ている。そこに行ってみると二人の男がチェスをしている。

一方は左手に葉巻を持ち、笑顔で足を組んで余裕そうにしている。もう一方は額に汗を掻いて口元を歪めている。二人の表情を見ただけでどちらが勝っているのかは明らかだった。

観戦者達が囁いている会話によると、勝っている方の男はカラブレーゼという名前でここ等のギャンブル界では有名な人物らしい。年齢は見た所30代後半ぐらいだろう。


「チェックメイト」

カラブレーゼのその言葉で戦いは終わった。

周りにいる観戦者達はやっぱりか、と言わんばかりの反応を示す。カラブレーゼは現在の所チェスで負けた事が無く連勝記録が更新され続けているらしい。


「ふふふ。さあ、金貨10枚置いてきな」


そう言われて、負けた方の男は金貨を10枚チェスボードの上に置くとさっさとその場から去ってしまう。

ヴァルキュリア金貨は、金の純度が高く1枚で慎ましく生活すれば1ヵ月は暮らせる程の価値があるものなのだが、それを10枚も手に入れたカラブレーゼは特に嬉しそうでは無い。勝ち続けてきた彼にとって金貨10枚など大した額ではないのだろうか。

「おい、誰か私と相手をする者はいないのか?」

カラブレーゼは辺りを見渡す。

しかし、誰も相手をしたくないらしく、彼から目を逸らして黙りこむ。

そんな中で、ラルフが前に出る。

「私が相手をしよう」

その言葉を聞いた全員の視線が全てラルフに向けられた。無論、カラブレーゼも同様だった。

「お前みたいな若僧がか?ふはははは。面白い。少し遊んでやろう」


ラルフがカラブレーゼの正面の席に座る。

「賭け金は金貨50枚でどうだ?」

とんでもない事をさらりと言うラルフ。

周りに居る者達は、ひそひそとラルフを嘲笑する。

「あのガキ、馬鹿だな」


「カラブレーゼに勝てるわけないのに」


「金貨50枚なんて、どこの道楽息子かしら」


金貨50枚と聞いてカラブレーゼは笑いが止まらない。

「ふはははははッ!いいぞ。お前がそれで良いならな。では、始めようか。先攻はお前に譲ってやる」


「では私からだ」

そう言うと、e2の白いポーンを手に取ると2マス前に進める。


当初、周りに居る者達は誰もがこの一局はすぐに蹴りが着くと思っていたが、その予想はすぐに覆された。カラブレーゼはラルフの攻勢に押されて下手に動けなくなった。

表情に少し焦っている様子が見て取れるカラブレーゼに対し、ラルフは余裕に満ちた表情を崩さない。

しかし、カラブレーゼは瞬く間に自分優勢へ勝負を持っていく。


「ほお。まさかここで反撃が来るとは思わなかったよ」

口ではそう言うが、焦る様子も動じる様子も一切見せないラルフ。

ラルフは迷わず、白いキングに手を掛ける。


「キング?」

ラルフの意図が読めずにカラブレーゼは首を傾げる。


どんどんラルフはキングを前に出して、最終的にはキングが先陣を切るような状態にまでなる。通常ならばラルフが劣勢になる所だが、戦いは一気にラルフが優勢になる。

「チェックメイト」

ラルフの駒がカラブレーゼのキングの最後の逃げ道を塞ぎ止めを刺した。


「ば、馬鹿な」

カラブレーゼは自分の敗北が認められない様子。それも無理は無い。彼の人生初の敗北が初めて見る若者相手ともなれば。

そして周りもラルフの勝利にざわめく。

「カラブレーゼが負けるなんて」


「彼は一体何者なんだ?」


ラルフは席を立ち上がる。

「さあ。約束通り金貨50枚貰おう」


「くぅ。き、貴様、イカサマをしたなッ!」


「言い掛かりとは見苦しいぞ。そもそもチェスでイカサマが出来るわけがない」


「黙れ!この若造!」

カラブレーゼが指を鳴らすと、どこからともなく大勢の男達が現れてラルフの周囲に立つ。彼等は皆、剣などの武器を持っている。

観戦者達は騒動に巻き込まれたくない一心でその場から離れる。


「なるほど。お前がナポリを拠点にしているというマフィアか」


「ふん。だから何だ?」


「お前達にはここで潰えてもらう」

その言葉と同時にカジノに大勢の警官隊が突入した。

突然の事に状況を呑み込めないマフィアだが、やむを得ず警官隊に応戦する。

「な、何だ!?お、お前の仕業か!?」

ラルフを睨み、短剣を右手に持つ。


「マフィアの情報を集めるためにここへ来たが、まさかここで見つかるとは好都合だ」


「お前、一体何者だッ!」


「ラルフ・フォン・ヴァレンシュタインだ」


「なッ!ヴァ、ヴァレンシュタイン公爵、だと・・・」

カラブレーゼは、身体の力が抜けたように短剣を落とし、床に膝を付く。


ラルフは、自分の魔力を特殊な電波にして飛ばす小さな装置を左手に持ちながら行動していた。これが発信器の役割を果たし、受信機を持つナポリ警官隊はラルフの現在地を確認しつつ、周囲に気付かれないようにラルフの護衛をしていた。そして、ラルフが装置に魔力を流すのを止めて電波が途切れた時、警官隊は突入してマフィアを一網打尽にする。つまり、自らの身を囮に使う。ラルフの作戦だった。

当初の目算とは違う形ではあったが、一応ラルフは目的を達成できた。この後、捕らえたカラブレーゼにより分かったマフィアの拠点もナポリ警官隊が鎮圧した。


帰りの車の中、ユリアはラルフに訪ねた。

「そういえば、なぜあの時、キングを動かしたんだ?」


ラルフは窓から見える外の景色を眺めながら答える。

「王が、臣下の陰に隠れてばかりじゃ、皆に示しがつかないだろ」


それを聞いたユリアは一瞬驚いた風な表情をしたが、すぐに口元を緩める。


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