疑惑
シュタウフェンベルクの乱が終息して数日後、ブリタニア総督のラルフはフリードリヒ2世の安否を確認するために任地を離れて帝都コンスタンティノープルへと帰還。ヴァルハラ宮殿へと入城したラルフはすぐに玉座の間へ通された。
玉座に座るフリードリヒ2世は、命に別状は無いそうだが、身体のあちこちに包帯が巻かれていたり固定されていたりで、とても遠征に出られるような状態ではない。
ラルフの顔を見たフリードリヒ2世はまるで我が子を迎える父親のような表情を浮かべた。
「おお。よく来てくれた、ヴァレンシュタイン公」
「ご無事のお姿を拝謁でき、安堵致しました」
「うむ。ゴミの掃除もSSによって順調に進んでおる。もうじきこのヨーロッパも綺麗になろう」
そこへフリードリヒ2世の傍らにいる帝国宰相ジグマリンゲンが、しかし、と言って割って入る。
「アフリカにいるブランデンブルク侯に妙な噂が流れています。侯爵は事前にクーデターへの誘いを受けていた、と」
「その話なら余も耳にしている。しょせんは噂だ。気にすることはない」
意外にもフリードリヒ2世は楽観的な考えを見せた。テロにあって、疑心暗鬼になってもおかしくないというのに、流石は世界制覇を目指す覇王といったところか。
ラルフはその噂は初耳だったが、フリードリヒ2世と同様取るに足らないと切り捨てたので、特に気にする様子はない。
だが、ジグマリンゲンは違った。彼はブランデンブルクがフリードリヒ2世に対して不満を抱いていることは十分にあり得ると思っている。クーデター派がそんな彼に誘いを掛けていたとしても不思議はない。
「ですが皇帝陛下。もし、これが事実だとしたら、ブランデンブルク侯は今回の一件を事前に知りながら、それを秘匿していたことになります。これは帝国への重大な反逆行為ではありませんか?」
「ではどうしろと言うのだ?まさか選帝侯を処断せよ、と言うのではなかろうな?我が神聖ヴァルキュリア帝国において、戦いで敗れた選帝侯はあやつが初めてだが、反逆罪に問われた者は歴史上1人もいないのだぞ。余の代でどれだけの汚点を作ろうと言うのだ?それにブランデンブルク侯はそれほど愚かな男ではない。心配には及ばん」
「しかしながら!」
ジグマリンゲンの言葉を遮ってラルフが口を開く。
「恐れながら、私も陛下と同意見です」
「貴公は黙っていて頂きたい。宮廷内部のことに関心の無い貴公には分からぬ話です」
「いいえ、そうはいきません」
いつになく、熱心なラルフにフリードリヒ2世は物珍しそうに眺めている。
しかし、2人の話が長引きそうになるとすぐにフリードリヒ2世は仲裁に入り、この話を終わらせた。
ラルフとジグマリンゲンは玉座の間を後にすると2人並んで宮殿の廊下を歩く。珍しい組み合わせに、すれ違った者達は皆が驚いた。
「ヴァレンシュタイン公、さきほどは失礼した。貴公に1つ頼みがある」
「何でしょうか?」
「ブリタニアには総督代理を置いて、ヴァレンシュタイン公にはしばらく帝都に留まっていて頂きたい。もし、帝都に大事が起こった時に、頼れるのはあなただけです」
「・・・大事とは、どういうことですか?」
ラルフにはジグマリンゲンが何を言いたいのかすぐに理解した。しかし、大事とは具体的にどういうものなのか、ちゃんと説明してもらいたいと思った。
「さきほども話したブランデンブルク侯の反逆に備えてだ。ブランデンブルク侯は連敗続きだというのに兵から高い人気を集めるほどの指導力を持った男だ。もしあやつが北アフリカ戦線の全軍を思いのままにできたとすれば、途轍もない脅威になるだろう」
「そのような心配は無用だと申し上げているでしょう。それに、帝都にはハプスブルク大公など他にも優秀な方々がいるではありませんか」
口ではそう言うが、ラルフ自身もすぐに頭の中ではブランデンブルクが反逆行為に出た際のビジョンは大方出来ている。彼の予想でも、ハプスブルク等だけではブランデンブルク軍には勝てないだろうという結論は出ていた。しかし、これはあくまで最悪の場合であって、そうなる確立は高いとは言えない。
「私は出来る限り先手を取れるよう、SSを情報収集のためにアフリカへ派遣するつもりだ」
「それは止した方がいいかと。下手にブランデンブルク侯を刺激するような真似をしては、その気が無くても、ならざるを得ない状態へと彼を追い込みかねません」
「では陛下と同じく、何もするなと貴公も言いたいのか!」
周囲の目も気にせず、宮殿の廊下でジグマリンゲンは甲高い声を上げた。
「落ち着いてください。噂だけを根拠に疑っても、国中に不信感や不満をばら撒くだけです。それでは組織は纏まらず、やがて内部から分裂し滅びてしまいます」
「青二才が知った風な口を!」
「・・・ご命令とあらば、帝都に留まることは受け入れましょう。必要ならヴァレンシュタイン騎士団もブリタニアから呼び戻します。では、これにて失礼します」
そう言ってラルフは1人早歩きでその場から立ち去った。
アフリカで戦うブランデンブルクは、シュタウフェンベルクの乱で中断していたアフリカ侵攻を本格的に再開していた。一時的に軍事活動が停止した間にアフリカ同盟軍も戦線を建て直し、ヴァルキュリア軍もわずかに苦戦を強いられたものの、その抵抗ももはや時間の問題となりつつあった。あと数日もすれば、戦線は崩壊しアフリカ同盟軍はこれまでのような大規模な組織的抵抗が難しくなるだろう。
しかしそんな中、ブランデンブルク騎士団の司令部に、帝都で最近広まりつつあるという噂が伝わっていた。
『ブランデンブルク侯が謀反を起こす』という噂だ。
「まったく馬鹿馬鹿しい閣下が謀反だなどと!」
「おそらく、他の選帝侯の陰謀に違いありません、閣下!」
根も葉もない噂に若い幕僚達は苛立ちを募らせる。一方、老年な幕僚は事態を重く見ている。
「しかし、これがヴァルハラ宮殿で本気で受け止められれば、閣下のお立場はますます悪くなります」
「・・・分かっておる」
ブランデンブルクは腕を組んで小さく呟く。
そこへ1人の兵士が失礼します、と言って入って来た。
「ブランデンブルク侯爵閣下、クザーヌス枢機卿がお見えです」
教皇聖下の側近が、こんな前線に何の用だ?と皆が首を傾げる。
そんな中、ブランデンブルクは別室で話を聞く、と言って幕僚達を残してクザーヌスと2人だけで対面した。
妙に警戒心を抱くブランデンブルクとは反対に、クザーヌスは意味深そうな意味深な笑みを浮かべている。
「侯爵閣下のお立場は、コンスタンティノープルではあまり芳しくありません」
「まさか、これも教皇聖下の企み事か?」
「ふふふ。そんなはずないでしょう。ただ、虚言を振りまく愚かな司教なら数名いたかも、しれませんが」
「ッ!貴様、私を笑いに来たのか!」
「いえいえ、とんでもない。ただ、お困りであろうと思い、良い案を持ってきただけですよ」
「言い案、だと?またクーデターの話か?」
「流石はヴァルキュリアの双璧。話が早いですな。・・・よくお考え下さい。先の乱でヴァルキュリアの欧州方面の戦力は帝都周辺に集まっています。つまり、あなた方と帝都の間には何の障害も無いということです」
「だからと言って、我々だけで帝都を落とせるとでも?」
「教皇軍がお味方致します」
「な、何!」
「先の乱で、皇帝の権威は地に落ちようとしてます。ヴァルキュリアは新たな皇帝と必要としているのです。これは帝国臣民の誰もが思っていること。そこで教皇聖下が新皇帝を立てると発表すれば、皆が我等の側につくでしょう」
「そう簡単にいくと本気で思っているのか?」
「おや?随分と真剣に話を聞いていますね。やはり、閣下にも謀反の気がまったく無いわけではないのですかな?」
「・・・」
「ふふ、まあいいでしょう。フリードリヒ2世を孤立させるには、それなりの実力をまず見せねばなりません。そこで、あなたの力が必要になるのです」
「だ、だが、それではブランデンブルク侯爵家は反逆者の一族の烙印を押されてしまう」
「どの道、あなたにフリードリヒ2世の下での未来はありませんよ。ずっと帝都から離れていたあなたの立場は悪くなる一方です。このままではあなたは謀反の疑いを掛けられ、行動を起こすこともできぬまま惨めな生涯を送ることになるでしょう」
「調子に乗るな!俺がお前等の罪を全て陛下に伝えるという手もあるのだぞ!それを忘れるな!」
「あなた1人が喚いたところで、それを誰が信じるというのです?証拠でもあるのですか?」
「く。そ、それは・・・」
「だいたい、あなたはこのままフリードリヒ2世の下にいることに不安は無いですか?もう1度、よく考えておいて下さい。では、私は失礼します」
クザーヌスが帰ると、ブランデンブルクはしばらくその場に動こうとしなかった。
ようやく動き出すと、幕僚達がいる部屋へ戻る。
中に入ると、幕僚達がみな改まった表情を見せながらブランデンブルクに注目し、幕僚の中でも最も老練で優秀だと言われるラオジッツ大将が前に出てブランデンブルクの前で跪く。
「閣下、我等一同、閣下がどのような道を歩まれるとしても、どこまでもお供いたす所存に御座います」
「お前等、枢機卿との話を聞いていたのか?」
「聞かずとも、閣下のお悩みは分かります。これまで苦楽を共にしてきた我等ではありませんか。どうか、ご命令を」
ラオジッツの言葉に続くように、他の幕僚達も跪いた。
一瞬、迷いはしたものの、長年共に戦ってきた部下達の姿を見て、遂にブランデンブルクは決心を固めた。
「・・・こ、これより我等は教皇聖下を蔑ろにしている暴君フリードリヒ2世を討つ!」
「「おおおッ!!!」」




