鎮圧
宝暦1938年4月10日。
午後7時半頃、あらゆる通信手段が用いられて皇帝大本営より「皇帝陛下の暗殺が企てられたが失敗に終わった」という放送が帝国中に流された。皇帝崩御によりワルキューレが発動したかと思えば、今度は皇帝の暗殺は失敗したという相反する情報を受けて、帝国予備軍に事実確認を求める連絡が殺到した。クーデター派はこれ等への対応に追われて政権奪取のための行動が何もできない状況になってしまった。今回の作戦立案者であり、クーデター派の頭脳とも言えるシュタウフェンベルクを欠いていた事もありフロム等の対応は後手後手に回る有り様となる。
そして、午後8時頃、クーデター派の1人であるザクセン公爵が慌てて帝国予備軍本部のフロムの下へと赴き、ハプスブルクの身柄確保に失敗したという事実を突き付けた。ここでフロムはようやくハプスブルクの身柄確保の失敗を知ったのだ。クーデターは一見順調かに見えたが、実際には所々で問題が発生していた。さらに、それに対応しなければいけないはずのフロム等帝国予備軍上層部のクーデター派が今は動けない状態にあったのが事態の悪化を招いた。
フロム達の不手際と醜態ぶりにザクセンはあきれ果てつつ、指示を飛ばす。
「フロム、すぐにも奴の身柄を抑えるのだ!参謀本部には憲兵隊が集結しているらしい。皇帝崩御を利用して奴が政権を奪取するつもりに違いない!」
「すぐにレーマー少佐に再度身柄確保に向かわせます」
皇帝大本営の発表を聞いて、ザクセンは本当にシュタウフェンベルクが暗殺に成功したのか、と不安になり出した。混乱を避けるために皇帝大本営が出した欺瞞情報とも考えられるが、もし生きていたら。自分達は反乱軍として一捻りにされるだろう。
「もし皇帝が生きていたとしたら、戦えるのか?」
「無理ですな。兵達は皆、皇帝の方に付くでしょうから。指揮する兵もいない軍隊に勝ち目などあるはずがありません」
フロムは冷静に答えた。このクーデター計画に乗った時点で、彼は覚悟を決めていた。例え失敗に終わり、反逆者として処刑されようともヴァルキュリア貴族として帝国のために暴君フリードリヒ2世と戦って死ぬのなら本望だ、と。
「ですが、やるからには必ず成功させます。教皇聖下が皇帝の廃位と皇帝選挙の開催を宣言されれば、フリードリヒが生きていようとも、奴はもう皇帝ではなくなる。そうなれば、民心はこちらへとなびく事でしょう」
征服帝の対外政策により臣民は疲弊しており、皇帝に不満を持つ者は多い。ベルリン教皇の権威さえ味方に付いたと民衆に見せ付ければ、フリードリヒ政権は崩壊するはずだ。
この数十分後、レーマー少佐がハプスブルク大公確保のために再び参謀本部へと兵を引き連れてやってきた。しかし、そこでレーマーを待っていたのは一本の電話だった。ハプスブルクは既にどこかと繋がっている自分のデスクの電話を何も言わずにレーマーに渡した。受話器から耳に入ってきたのは「余の声が分かるか?」という言葉だった。名乗りこそしなかったが、レーマーは声の主が瞬時に分かった。ラジオ放送などで何度も耳にした事のある神聖ヴァルキュリア皇帝フリードリヒ2世だ。
「も、勿論で御座います!皇帝陛下!」
レーマーは皇帝が見ているわけでもないというのに、急に慌てて姿勢を正しながら返事をした。
「レーマー少佐だったな。貴公を大佐に昇進させよう。これよりは、ハプスブルク大公の指揮下に入り、フロム等反乱軍討伐の先鋒を任せる」
「こ、光栄であります!必ずや陛下の御期待に応えてみせます!」
ハプスブルクから帝都の状況の詳細を聞いたフリードリヒ2世は今回の事件の概要を大よそ把握した。爆弾テロ以後、皇帝大本営にシュタウフェンベルクの姿が見えない事や事件前後の彼の不自然な行動の目撃証言から彼がテロの実行犯である可能性が高い。また、彼は今発動しているワルキューレの修正案立案者である。あの修正案がこの事件のための準備だとしたら、彼1人の犯行とは考えづらい。おそらく帝国予備軍の幹部クラスに共犯者がいるはずだ。
フリードリヒ2世は数日後には軍を率いて帝都に戻る事とそれまでに反乱軍を鎮圧するよう命令を告げると電話を切った。
レーマーは自分が騙されていた事に気付き、ようやく状況を理解できるとハプスブルクの指示を仰ぐ。
「レーマー大佐。まずは味方を集める。この神聖な帝都で大規模な市街戦などやりたくはないからな。貴公は信頼できそうな者達を当たってくれ。その間に私は憲兵隊を纏めて出撃準備を行なう」
「ヤー,マイン・ヘル!」
午後9時頃、帝国予備軍本部にはフロム達にとって悪い知らせが次々と舞い込んできた。
「カリンシア子爵がワルキューレを中止して、皇帝大本営の命令に従うと宣言しました!」
それを聞いたフロムは席から咄嗟に立ち上がり、顔が真っ青になった。
「子爵め。裏切ったなッ!」
このように同胞の裏切りが相次ぎ、予備軍本部にいるクーデター派は徐々に焦りを募らせていく。さっきまでここにいたザクセンもクーデターは失敗だと見切りをつけて姿を暗ましていた。
ここで、フロムの下に帝都内に展開している帝国予備軍の部隊で連絡が途絶した部隊が次々と出ているという報告が入った。
「・・・どうやら、予備軍内にもワルキューレに従わない者が出始めたようだな」
「如何致しましょうか?このままでは、我々のクーデターは完全に失敗に終わります!」
「分かっている。だが、今のヴァルキュリアの命令系統はこの帝国予備軍ではなく、皇帝大本営に集まりつつある。つまり、皆ワルキューレではなく大本営の命令を信じる事にしたのだ。これでは手の打ちようがない」
フロムはクーデターの失敗を確信した。
バビロン皇帝大本営では皇帝幕僚の1人であるブラント大佐を初め6名の皇帝子飼いの将校の死亡、11名の重軽傷者が確認され、フリードリヒ2世自身も瀕死の重傷を負った。しかし、それでも辛うじてフリードリヒ2世は無事であった。フリードリヒ2世は無傷で済んだ者の中から最も信頼できる部下としてカイテル上級大将に事件解決の指揮を任せていた。
各地で諸侯がワルキューレに従わない事を宣言し出すと、カイテルは事件解決は目前だと判断し、事の経過をフリードリヒ2世に報告しに言った。
フリードリヒ2世はバビロニア総督府宮殿へ移って、身体のあちこちを包帯で巻かれた状態でベッドに横になっていた。
「皇帝陛下、もうじき反逆者どもは捕えられるでしょう。帝都からの通信によりますと、レーマー大佐が帝都の通信施設を奪還したとの事です。これで帝国予備軍本部は完全に孤立しました」
「流石に手際が良いな、カイテル上級大将。分かっておると思うが、反逆者は生かして捕えよ」
「協力者全員を吐かせるためですな。既にそのようにハプスブルク大公には伝えております」
「よし。これで教皇に誑かされた愚か者は一人残らず刈り取れそうじゃな」
フリードリヒ2世はこの事件の背景には教皇ルートヴィヒ4世がいるとは予想が着いていた。もし教皇が事件に関与していた情報が掴めれば、教皇を失脚させるのに十分な材料が揃う事になる。とはいえ、当事者から情報が漏れないように周到に手を打っているのがルートヴィヒ4世だ。おそらく何の情報も得られないだろう、とフリードリヒ2世も内心では思っていた。
午後11時頃、帝都ではハプスブルクが憲兵隊を率いて出陣。それに呼応してレーマー大佐等帝国予備軍実働部隊も本部の命令系統から外れてハプスブルクと合流し、フロム等クーデター派のいる帝国予備軍本部に進軍した。戒厳令の布かれて静まり返っている闇夜の中をハプスブルクは堂々と進むが、これを阻もうとする者は1人も現れなかった。既に帝都でワルキューレに従う部隊はいなくなっていたのだ。
クーデター派は最後の悪足掻きとして、帝国予備軍本部に立て篭もってハプスブルクを迎え撃つ。帝都を包んでいた静寂が激しい銃声によって破られた。ハプスブルクは皇帝大本営からクーデターの主要メンバーは生け捕りにするよう命令を受けていたために力押しの殲滅戦を避けた事が戦いの長期化を招いた。
とはいえ、しょせん多勢に無勢。双方に多数の負傷者を出したものの、日付が変わる頃にはフロムは降伏を決意して鎮圧された。




