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アウグスブルク事件

パリ条約により欧州での戦乱はひとまず終息した。これを偽物の平和と揶揄する者も多いが、それでも欧州には平和が訪れた。しかし、巨大に膨れ上がったヴァルキュリアにとって戦乱の火種は国外にのみあるとは限らない。

ベルリン教皇ルートヴィヒ4世はアメリカ・ブリタニア・アフリカ連合軍によるオーバーロード作戦の戦火に晒され壊滅的な打撃を受けたガリア属州を復興するために教皇庁の財を投げ打った。ガリア属州は教会領が多く、その復興はルートヴィヒ4世の教皇としての権威を保つためには必須になるものだったからだ。

そして、これに並行してルートヴィヒ4世は教会の綱紀粛正として、司祭の独身の徹底や聖職売買の禁止などの改革を実施するようになった。数ある改革の中でも特に強く推進するようになったのが、世俗権力からの司教や修道院長の叙任権(任命権)の奪回だった。


フリードリヒ2世は、自身が司教の任命に積極的に介入し、さらに各地にある修道院長の任命はその領地の属州総督に介入を強めさせていた。司教などの叙任権に自身の影響力を強めていけば、次第に教皇にも自分の影響力が現れるようになる。これを解消するためにルートヴィヒ4世は叙任権の奪回を図るようになった。


宝暦1938年3月10日。

フリードリヒ2世は教皇のお膝元と言えるゲルマニア属州への影響力を強めるために、自分の子飼いの聖職者ミュラー等5名を司教に任命した。すると、これに対してルートヴィヒ4世は司教の叙任権は教会にあると主張してフリードリヒ2世の任命を撤回するという敵対行動に出た。さらにルートヴィヒ4世の反撃はこれに留まらなかった。

ベルリンの教皇庁にて彼はとんでもない事を枢機卿たちを前に宣言した。

「フリードリヒをベルリン教皇の名において破門にし、帝位を剥奪する!」


征服帝の反撃を恐れる枢機卿たちは考え直すようルートヴィヒ4世の説得を試みる。

「どうか、お考え直し下さい。皇帝陛下と真っ向から事を構えるなど無謀過ぎます!」


「教皇聖下、ここで皇帝と教皇で帝国を二分する争いを起こせば、勢力で勝る皇帝側が勝つのは必定です!」

彼等の説得も虚しく、ルートヴィヒ4世は前言を撤回することはしなかった。フリードリヒ2世の破門と帝位の剥奪を聞き付けたフリードリヒ2世は第1皇子ヨーゼフ・ゲルハルト・フォン・ヴァルキュリアに皇帝軍14個師団を預けてゲルマニア属州へと派遣した。しかし、その目的は示威行動のみであり、戦闘行為は禁じていた。

少し脅せば、すぐに根を上げるだろうとフリードリヒ2世は考えていたが、教皇寄りの貴族や皇帝に不満を持つ諸侯が教皇支持を表明した事で事態は深刻化していく事になる。




帝都コンスタンティノープルでは、欧州に突如として訪れた不穏な雲行きに臣民から不安の声が上がっている。このままフリードリヒ2世が破門及び帝位剥奪を受け入れれば、帝位継承を巡って多くの諸侯が内乱を起こすかもしれない。逆に受け入れなくても皇帝派と教皇派で内乱が始まるかもしれない。

ヴァルハラ宮殿玉座の間では、フリードリヒ2世が帝国宰相ジグマリンゲン侯と参謀本部総長ハプスブルク大公の2人呼び出してどう対応を取るが最善かを話し合った。

ハプスブルクは皇帝軍を集結させて決戦に及ぶべきと主張した。

「教皇軍の戦力は各領地に分散しています。まずヨーゼフ殿下の軍団をベルリンへと突撃させ、すぐに後続部隊を派遣すれば一気に教皇を捕えられましょう」

ハプスブルクの言う通りにすれば、たしかに教皇を屈服させることは簡単にできるだろう。しかし、ジグマリンゲンはそれを政治的に問題があると異議を唱える。

「誠に腹立たしい事ではありますが、教皇聖下は大義を掲げて行動に出ています。それを頭ごなしに武力制圧しては皇帝陛下の威信が地に落ち、国の内外に示しが着きません」


フリードリヒ2世は、ではどうするが良いか?とジグマリンゲンに問う。

「不本意な事ではありますが、ここは教皇聖下に謝罪なさるが宜しいかと。下手に事を構えるのではなく、時が来るまで耐え凌ぐための戦略と思って頂きたく存じます」


「よ、余に頭を下げよと申すのか!?」


「仰る通りに御座います」

視線を床に向けて、言いづらそうにしているジグマリンゲン。今、事をうまく収めるにはこれが最も手っ取り早い方法だろう。そう思うジグマリンゲンだが、プライドの高い征服帝がこれを受け入れてくれる可能性は限りなくゼロに近いだろう。ジグマリンゲンもダメ元で意見を述べたのだ。


「そのような事!余は断じてせぬぞッ!」


フリードリヒ2世は、選帝侯の1人トーリア大司教など自分に近しい、もしくは子飼いの聖職者を集めて独自の教会会議を開き、教皇の廃位を宣言した。これと同時にルートヴィヒ4世に廃位を強要するためにボヘミア公爵に騎士団オルデンを率いてゲルマニアとの州境にまで進軍し、ヨーゼフと合流するよう命じた。




一連の事態には、海を隔てたブリタニア属州ロンドン帝国都市シュロースのラルフの耳にもすぐに届いていた。

帝室への忠誠心が厚いクールラントは自分達の立場をはっきりさせるためにも皇帝軍に援軍を送るべきだと主張する。

「まあ、そう焦るな。まだ内戦になると決まったわけではなかろう。それにブリタニアへの抑えとして、今我等がここを離れるのは問題だ」


「ですが、教皇のこの動きは暴挙としか言えません!それを黙って見過ごすと言われるのですか!?」


「陛下が動けと言われれば、我等は無論動くが、それまではしばらく様子見だ。下手に動いても陛下の足手纏いにしかならんぞ」





宝暦1938年3月13日。

ルートヴィヒ4世は選帝侯の大司教等や諸侯を教皇庁に招集して次期皇帝を決めるための会議を開いた。これに先立ってルートヴィヒ4世は各地の領地にいる教皇軍を集結させて、ゲルマニア属州の州境に展開しているヨーゼフ率いる皇帝軍と対峙させた。

教皇軍が出てきたという事でヨーゼフの陣では慌ただしくなっている。と言っても、ヨーゼフ自身は陣にて紅茶を飲みながら悠々自適にしているが。

そんな彼の下へ茶髪に顎鬚を生やした中年の男が現れた。フリードリヒ2世の命令で彼と合流していたボヘミア公爵だ。

「ヨーゼフ殿下、教皇の動きをこのまま放っておいても良いのですか!」


「構わん。我等の目的はあくまで示威であり、戦闘ではない。向こうから攻めてこない限り勝手に先端を開くわけにはいかんだろ」


「しかし、このままでは陛下のお立場がッ!」


「そう案ずるな。寄せ集めの諸侯で会議を開いた所で、そう簡単に教皇の思惑通りにはいかんさ」

やる気の無さそうな口調で言うが、ヨーゼフの言っている事は的中した。

選帝侯の大部分を欠いた状態でも皇帝選出はいくら教皇の後ろ盾があったとしても正統性が低く、征服帝と渡り合うのにはヴァルキュリア帝室の誰を帝位に着けても力不足だろうというのが諸侯の結論となった。しかし、このまま会議を終わらせてしまうわけにはいかない。ルートヴィヒ4世はフリードリヒ2世に対して教皇への謝罪と服従を要求し、これが来月4月までの間に実行されなかった場合は帝位は空位とみなし、教皇庁がヴァルハラ宮殿に代わって政務を代行すると宣言した。


こうなると、フリードリヒ2世には教皇との和解しか道が無くなってしまった。ヴァルキュリアには破門された人間を庇護する法が存在せず、一歩間違えば教皇派貴族などが武力攻撃に出てくるやもしれない。




宝暦1938年3月18日。

ベルリン教皇庁にフリードリヒ2世からの和解の使者が送られてきた。

その報を聞いたルートヴィヒ4世は「追い返せ」とだけ告げた。

「宜しいのですか?せっかく和解が成立しようというのに」

枢機卿の言葉を聞くとルートヴィヒ4世は嘲笑うかのような笑みを浮かべる。

「ただ和解をするのでは意味がなかろう。フリードリヒ自ら私の前に来て謝罪させねばな」

そう言ってルートヴィヒ4世は静かに笑う。

ルートヴィヒ4世はあの征服帝を追い詰めていた。それも武力を一切行使せずに政治手腕だけで。その巧みさには枢機卿たちも敬意を表するしかない。




帝都に帰った使者からの報告を受けたフリードリヒ2世は激怒した。

「おのれ調子に乗り追って!あの古狸めがッ!」


主君の怒りをジグマリンゲンはどうにか抑えようとする。

「どうか、お気を鎮め下さい。今はどう対処するかを論じるべきです」


「分かっておるわ!」


「陛下、こうなってはいくら武力で脅しを掛けても通用しないでしょう。まして、武力討伐はその後の帝国内の混乱を考えますと愚策中の愚策です。やはり陛下自らが謝罪に行かれるべきかと」


「・・・」

フリードリヒ2世は悔しそうな表情を浮かべている。彼自身もジグマリンゲンの言う事が尤もだという事は理解しているのだ。だが、自ら謝罪に行っては、本当の意味で自分は教皇に屈してしまう事になる。それだけはどうしても彼のプライドがやはり許せない。


「皇帝陛下、今回の騒動は元々は司教の叙任権問題です。高だか叙任権を巡る争いで、玉座から追われたとあってはそれこそ陛下は後世の笑いものですぞ!」


「・・・分かった。そなたの考えが正しかろう」

ジグマリンゲンの説得の甲斐もあって、フリードリヒ2世は教皇に和解を求めるために自らゲルマニア属州へと出立した。この頃、教皇はゲルマニアの南西に位置する大都市・アウグスブルク帝国都市シュロースのアウグスブルク大聖堂へと足を運んでいた。

フリードリヒ2世はアウグスブルクへと到着すると早速ルートヴィヒ4世に和解も求めるも、ルートヴィヒ4世は自分を殺す気ではないか、と言って中々会おうとはしなかった。

やむを得ず、フリードリヒ2世は護衛の兵達の武装まで全て解除させて、大聖堂の門前にて和解を求めた。これを大聖堂の中から見下ろして満足したルートヴィヒ4世は破門と帝位剥奪の撤回の旨を伝えた。ルートヴィヒ4世を初めとする聖職者の中にはこの決定を下すのに迷いはあった。ここで皇帝を許すのはリスクが大き過ぎるのではないか。今後、フリードリヒ2世がどんな反撃を企ててくる事か。しかし、聖職者である以上、赦しを求めて来ている者を突き放すような真似はできなかったのだ。


ここに、アウグスブルク事件と呼ばれるこの事件は幕を閉じた。この事件は、単なるフリードリヒ2世とルートヴィヒ4世の対立に留まらず、100年以上に渡って続く神聖ヴァルキュリア皇帝とベルリン教皇の対立の歴史の中の1事件だと捉える者もいる。一方で、歴史上初めて皇帝が教皇に屈した事件ということでベルリンでは教皇の優位性を宣言する格好の材料となった。

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