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英雄の対面

政綱はラルフのいるガリア総督府へとやって来た。総督府は威厳と華麗さ、そして機能性がうまく調和の取れた宮殿のような造りになっている。1属州の政庁とはいえ、流石は世界一の超大国。日本ヒノモトの国府とは大違いだ。

門の傍にて待っていたフルンツベルク中尉に案内され、ラルフの仮私室へと連れて行かれる。扉の前には、長いストレートヘアの金髪に金色の瞳を持つ軍服姿の美少女将官が腕を組んで扉にもたれかかっている。ユリア・フォン・ミトロウィッツだ。ユリアは政綱に気付くと妙に楽しそうに彼の顔を凝視しながら顔を近付けた。そして、「あまり美形ではないな」と呟くとその場から去って行った。

突然、初対面の他人にそんな事を言われれば苛立つのが普通だが、彼女のような美少女に、しかも唐突かつ吐き捨てるように言われては政綱も不思議と怒る気も起きず、フルンツベルク中尉に「あの方はどなたですか?」と聞く余裕まで見せた。

「ユリア・フォン・ミトロウィッツ少将です」

その名前を聞いて政綱は驚き、彼女が去って行った方を思わず見てしまった。あの華奢な美少女が、装甲艦を考案して海軍史を大きく動かした人なのか。

そんな事を考えている間に、フルンツベルク中尉はこちらです、と言って扉を開けて中に通す。

ヴァルキュリア選帝侯の私室というだけあって、仮住まいとは思えない豪華さだ。しかし、部屋の奥に立っているここの主にして黒髪の美男子ラルフ・フォン・ヴァレンシュタインに比べればそれも霞んで見える。

政綱はその美しい容姿に目を奪われるも、すぐに気を取り直して頭を下げる。

「お初御目にかかります。日本国大坂幕府大老・左大臣を務めます松平政綱です」


それに応じてラルフも右手を斜め上に突き出すヴァルキュリア式敬礼をする。

「ヴァルキュリア選帝侯ラルフ・フォン・ヴァレンシュタインだ」


フルンツベルク中尉は敬礼をして部屋を出ると扉を閉じた。そして部屋にはラルフと政綱の2人だけが残される。

「貴公には1度会ってみたいと思っていた。それを叶える絶好の機会だったのでな。急な話ではあるが、こうして出向いてもらったわけだ」


「恐縮です」

政綱はラルフの案内に従って、彼の向かいにあるソファーに座り、彼もソファーに座る。

ラルフという男を初めて見る政綱。最初は彼の美貌に驚かされ、次の瞬間には彼から発せられる凄まじいまでの覇気と風格を政綱は敏感に感じた。これは正に歴戦の名将だからこそ出せる気迫というものだろう。しかし、なぜだろう?そのさらに奥には何も感じられない。漆黒の瞳の奥には、国や主君への忠誠心も、野心も、何も感じない。まるで、中身の無い卵のように。

これまで大勢の人間を見てきた政綱は人を見る目はあると自負している。が、こんな男は初めてだ。やはりヴァレンシュタイン公爵、その瞳の奥に何があるのか、侮れない。


「日本では、まず頂点にみかどを置き、それを幕府という政権が支えているとか」


「はい。その通りです、閣下。しかし、今は国の発展のために組織改革を行なっております」


「ヴァルキュリアと戦うためにか?」

眉1つ動かさずにさらりとそんな事を言ってのけるラルフに対して、政綱は一瞬返答に悩むが下手に取り繕ってもこの美青年には通用しないだろう。そう思った政綱は「はい」と返事をする。


「しかし、どれほど強大な力を得たとしても、ヴァルキュリアの国力の前では紙屑も同然。そうは思わないのか?」


「確かに閣下の仰る通りです。ですが、世の中には色々と考えてみると、誰にも思いもつかなかった突破口があるものと私は思っております」


ラルフは小さく笑いながら口を開く。

「それもそうだな。私はいつも貴公の見つけた突破口とやらに気付けなかった」

途端に笑みを戻すと、真剣な眼差しを政綱に向ける。

「貴公は日本の国家改革にアメリカの民主制と聞いているが、なぜ世界一のヴァルキュリアではなく2番手に甘んじていたアメリカを模範とした?それほどまでにヴァルキュリアは好かんか?」


「そういうわけではありません。私はただ民主制の理念が素晴らしいと感じたのです。身分の分け隔てが無く、全ての国民にまつりごとに加わる機会を与える民主制こそ日本には必要と考えたまでのことです」


「このヨーロッパにもかつて民主制を国体とする大国があった。しかし、その国は最後には民衆は強力な指導者を求めて元首政へ、そして帝政へと移行していった。民衆には、自らが国の行く末を担うのだという自覚も無ければ責任感も無い。自分の事で手一杯なのだ」


「それ故に、皇帝や王、一部の貴族が国を、民衆を支配する仕組みが最良と?」


「私はそう考えている。敵ではあるが、私は貴公の戦略眼には感心している。おそらく、世界随一の知略だろう。だが、ただ1つ。貴公が民主制を採用した事には納得がいかなかったのだ。民主制とは、民衆が考え無しのまま自らの指導者を決め、全ての責任をその指導者に押しつけるシステムとは思わないか?」

ヴァルキュリア選帝侯として幼い頃より帝王学を学ばされてきたラルフらしい意見だ。政綱はそう感じた。おそらく民主制にも批判的になるよう教育されてきたのだろう。

しかし、政綱にはそれだけとは思えなかった。ラルフの言う事はたしかに一理ある。それは認めるが、欠点は何にでもあるもの。君主制だろうと独裁制だろうとそれは同じことだ。

特に民主制に思い入れがあるわけでもないが、このまま言われたい放題では気分が悪い。

「恐れ多い事ながら、先程も申しましたが、この世には誰にも思いもつかなかった突破口があるものです。世の中には完璧というものも万能というものも存在しはしません。故にどれだけ高度な制度を構築しても、最後にものを言うのは人々が考えた上に導き出した突破口です」


ラルフは唇と歪めるも、それほど得心がいった様子でもなさそうだ。

「貴公の考えは楽観的過ぎるようにも思える。否定するつもりはないが、肯定する事もできん。誰しもが貴公のように賢いわけではない」


数世紀に1人の天才と言われるヴァレンシュタイン公がそれを言いますか、と内心でツッコミを入れる。

「たしかに閣下の仰る通りかもしれません。ですが、数千万の国民の努力が一人の暴君の失敗によって台無しになってしまう。数千万の国民の努力が自分達の失敗によって台無しになってしまう。一体どちらの方が惨い話でしょうか」


それを聞いたラルフは、先程までとは態度を一転させて「なるほど」と小さく呟くと、納得したような感じで頷いた。

これにて会見は終わった。

政綱が部屋を後にすると、入れ替わるようにユリアが入ってきた。

「どうだった?知恵伊豆は?」


「やはり興味深い男だ」

ラルフはただそう言うだけで、それ以上は何も言わなかった。

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