パリ条約
パリ帝国都市で開かれた講和会議は11回に渡り実施された。そして、遂に宝暦1938年2月4日に講和条約は合意をみた。この11回にも及ぶ会議、特にラルフと政綱の交渉戦は、正に知略や弁舌の攻防戦でありその激しさは凄まじいものだった。
講和はあくまで、神聖ヴァルキュリア帝国、アメリカ連邦、王政ブリタニアの3ヶ国で結ばれたものであり、アフリカやアジアでの戦闘は今後も継続する事になる。
賠償金の請求はなく、戦争責任も国際法廷は開かずにそれぞれの国の法廷で独自に追及するという事が決まった。
宝暦1938年2月6日。
神聖ヴァルキュリア帝国、アメリカ連邦、王政ブリタニアの3ヶ国は通称パリ条約と呼ばれる講和条約を締結した。
条約調印の直後、ラルフは条約交渉の際に仮の住まいとしていたガリア総督府の1室にて、珍しく感情を露わにして腹立たしそうにしていた。
「くそ。くそ。まただ。またあいつだ」
部屋の中をグルグル回りながら、美形の顔を歪めている。
「なぜ、知恵伊豆はいつも私が勝利しようという時に現れては邪魔をするのだ!蒙古。スールー海。そして今回のパリ」
そこへ扉が開き、エリーザベトが入ってきた。
「まだ不機嫌なようですね。お茶でも飲んで気を沈めて下さい」
そう言って紅茶の入ったティーカップをラルフに渡す。
「申し訳御座いません。頂きます」
軽く頭を下げるとラルフは彼女からカップを受け取り、まずは1口飲んだ。
「あなたはもっと冷静沈着な方と思っていましたが、年相応な一面もあるのですね。正直驚いています」
「自分でも驚いています。なぜ、こんなに悔しいのかが分かりません」
ラルフはそもそも何かで人に負ける、という経験が乏しい。それ故に悔しさを感じるような機会もそうそう無かった。元々勝ち負けにそう拘るような性格ではないと本人は思っていたのだが、なぜか完全なる勝利を無意識のうちに求めてしまう。
「負ければ誰でも悔しいと感じるもの。なぜ、と考える方が不自然ですよ」
「そういうものですか。それで、殿下は今後はどうなさるおつもりですか?アメリカ、ブリタニアとの講和は成りましたが、アフリカ、アジアでの戦いは今後も激しさを増すでしょう」
「無論、最終的には全ての戦争を終わらせたいと思っています。ですが、父上は戦争好きなお方ゆえ、私1人では無理でしょう。実はそこでヴァレンシュタイン公にお願いがあります。あなたにも父上に戦争を止めるよう説得してみてはもらえませんか?父上の信頼厚い公爵なら耳を貸すと思うのです!」
「は?」口にこそしないが、ラルフは心の中でそう呟いた。わずかな間を置いてラルフは口を開く。
「そのような話はお門違いかと。私は陛下に仕える一将軍に過ぎません。この度は戦略的な事もあり講和を奏上致しましたが、ブランデンブルク侯が攻めるアフリカはそう長くは持たないでしょうし、アジアも表向きは平和的な関係を築いていますが、水面下では徐々に唐を切り取りつつあるとか。講和を勧める理由はありません」
「無暗に戦火を振り撒き、臣民の暮らしを苦しめるのが正しいとヴァレンシュタイン公はお考えですか!」
エリーザベトの言葉に熱が帯び、さらにラルフに詰め寄る。
「平和平和と叫んで、考えなしに講和条約を結んでも、すぐに破棄されるのが落ちです。恒久的な平和を望まれるのであれば、世界を1つにする他に御座いませんでしょう」
「力で全てを支配するという事ですか!」
「それがヴァルキュリアです」
エリーザベトは真剣な表情をしてラルフの漆黒の瞳をじっと見つめる。
「ならば、私が変えてみせます」
「・・・あなたが皇帝になれば、それも可能でしょう。なれれば、の話ですか。では、私は仕事が有ります故、失礼致します」
そう言って軽く頭を下げるとラルフはその場から去ろうとする。扉の所でふと足を止めてエリーザベトの方に少し目を向けたかと思えば早々と部屋から出ていった。
同じ頃、パリ帝国都市のとあるホテルでは祖国へと帰る前に、政綱とジェファーソンが新たに発足されるPEUについての大まかな取り決めをしていた。
元々が政綱の思い付きの産物だったがために、今後の加盟国の利害調整など問題は山積みだ。
近い内に各国代表を集めて発足に向けての説明等を行なう事や加盟国の連携を強めるために関税の撤廃や文化交流などもゆくゆくは実施していく事が話し合われた。
「しかしながら、我がアメリカはヴァルキュリアと講和した以上、唐に援軍を送る事ができませんが」
「ヴァルキュリア軍の主要戦力は今後、アジアへと集中するでしょうな。元々ヴァルキュリア皇帝の目的はユーラシア制覇でしたから」
「アメリカからはできる限りの支援はするつもりですが、アジアは持ち堪えられますか?」
「・・・正直、難しい所です。しかし、やらねばなりません」
ヴァルキュリアの脅威に対抗するために日本も九州北沿岸部に水城や西日本各地に山城などの防衛拠点を築いたりと防衛網を形成してはいるが、ヴァルキュリアが本気で攻めてくればそう長くは耐えられないだろう。やはり、巨大な国力を持つ唐に日本の防波堤となってもらうしかない。
さらに言えば、唐や日本がヴァルキュリアに屈すれば太平洋は一気にヴァルキュリアの支配下に下る事になる。そうなれば、アメリカにとっても安全保障が困難になる。
アジアもそうだが、ジェファーソンにはもう1つ懸念がある。
「マダガスカルがヴァルキュリアの手に落ちた今、アフリカの戦局も厳しくなるだろう。ヴァルキュリアの海軍戦力が一気にアフリカに殺到すれば、アフリカもそう長くは・・・」
「アジアとしてもアフリカは反抗の拠点として重要な意味を持つ地です。しかし、援軍を出す余裕はありません。アフリカが降伏すれば、いよいよアジアが危うくなります」
両者共に険しい表情になっていく。それほどまでに今のヴァルキュリアの勢いは凄まじいのだ。
と、そこへヴァルキュリアの軍服を着た青い短髪に緑色の瞳をした青年が現れた。ラルフの副官を務めるオイゲン・フォン・フルンツベルク中尉だ。
「失礼します。松平殿、我が主ヴァレンシュタイン公より1度お会いしたいとの申し出です」
「ヴァレンシュタイン公が?・・・分かりました。すぐにそちらへ向かいますとお伝え下さい」
フルンツベルク中尉は、ではお待ちしております、と言い残すと部屋を後にした。
「大統領閣下、申し訳ありませんが、今日の所はこれにて」
「ええ。詳細はまたおって話し合うとしましょう。せっかく戦いが一段落着いたというのに、ヴァルキュリアの若き英雄の機嫌を損ねてはなりませんからな」




