平和への道
神聖ヴァルキュリア帝国ゲルマニア属州の最大都市であるベルリン。この町はヴァルキュリアで広く信仰されているノルド教の中心地である。ベルリンは、教皇の住むベルリン宮殿とノルド教の総本山と言えるベルリン大聖堂を中心に巨大で壮大で美しい街並みが広がっている。
ベルリン宮殿とベルリン大聖堂、さらに幾つかの施設を合わせて「ベルリン教皇庁」と言い、ベルリン宮殿の外観の壮麗さや内部装飾の豪華さなどはヴァルハラ宮殿にも匹敵するほど。ベルリン大聖堂は高さ約120m、最大幅約156m、長さ211.5m、総面積は49,737m²。ノルド教だけでなく、世界最大級の宗教施設であり、その威容を誇っている。
ベルリン教皇ルートヴィヒ4世の姿はベルリン宮殿の中にある教皇執務室にあった。
今、ここでルートヴィヒ4世は側近のクザーヌス枢機卿からの報告を受けている。枢機卿とは、ベルリン教皇の最高顧問であり、教皇を補佐する枢機卿団を構成する。定員は16名で、任免権は教皇が握っている。
クザーヌス枢機卿がしている報告はまずガリアの戦況についてだった。
「ヨーゼフ殿下の指揮の下、我が軍は連合軍を圧倒しているようですが、連合軍は大軍をガリアに上陸させており、敵軍の駆逐にはまだまだ時間がかかりそうです」
クザーヌスの報告を聞いてルートヴィヒ4世は機嫌を悪くする。
ガリアには数多くの教会領が点在しており、ガリアで戦火が広がり続けるという事は教会勢力の経済基盤に打撃が与えられる事になるからだ。
「おのれフリードリヒめ。我等の財力を削ぐつもりだな」
少なくとも、戦災地の復興のためにしばらくガリアでの税の徴収は難しいだろうという予想が出ている。これだけでも教皇にとっては大きな痛手となる。
「ガリアでの様子が帝国中に広がり、各地で戦争終結を望む声が強まりつつあります。これは我々の反戦活動と情報戦略の成果と言えましょう」
「ふふふ。遂に時は来たか」
「ガリアでの劣勢を受けてアメリカでも反戦デモというものが起きているそうです。このまま講和へと持ち込めば、皇帝も少しは勢いが止まるかと」
「分かった。で、ブランデンブルクの方はどうだ?」
ルートヴィヒ4世は皇帝と臣下との間に亀裂を生じさせるために敗北続きのブランデンブルクに目を付けていた。もう後がないブランデンブルクを言葉巧みに誘導して自分の手駒にしようと目論んでいるのだ。
「この前、ロートリンゲン大司教が補給物資を届けられた際の話では教皇聖下のお心遣いに心を動かされているように見えたとの事です。やはり皇帝陛下との間に出来つつある溝は中々に深いようです」
「左様か。ならば、そろそろ次に段階に移っても良いかもしれぬな」
ベルリンにてルートヴィヒ4世が何やら策謀を巡らしている頃、帝都コンスタンティノープルのヴァルハラ宮殿には急な呼び出しを受けたエリーザベトが駆け足で玉座の間へと向かって大廊下を突き進んでいた。
「父上ッ!」
美声と共に玉座の間へとエリーザベトは乗り込む。
それを見たフリードリヒ2世は、来たか、と呟く。
「そなたが以前から言っていた講和についてだが。一時的な休戦協定であれば考えても良いぞ」
「それは本当ですか!?父上!」
「ああ。近頃、巷では戦争の終結を願う臣民が増えておるそうじゃな。それを踏まえてか、ヨークの戦いの前後にヴァレンシュタイン公が余に休戦協定を奏上してきおったわ。詳細な条約内容の案まで添えてな」
フリードリヒ2世は数枚の紙の束をエリーザベトに渡す。そこにはラルフが考えたという休戦協定の条約案、さらに様々なパターンを想定しての予測、その対処法などが精確に記入されていた。よくよく練られたその計画案の精密さと大胆さにエリーザベトは次第に驚きを隠せない。
「こ、これは、すごいですね」
「ふふ。そうであろう。最前線に身を置いていながら、これほどまでの事やれるのは世界広しと言えどもヴァレンシュタイン公の他にはおるまい」
フリードリヒ2世は我が子を自慢する親のようにラルフを褒め称える。最近、妙にラルフの事を目に掛けている。それは誰が見ても分かるほどである。
以前にジグマリンゲンがその理由を聞いた事がある。その時、彼は「あやつには欲が無い。人を使う立場の者にとって欲が無い者ほど扱いにくい者はおらん。地位や名誉を与えても喜ばんからな。だが、世界の覇者たる余にはヴァレンシュタイン公を使いこなす実力なければならんのだ」と答えたという。
フリードリヒ2世はアメリカ連邦政府に対して、休戦協定を提案する使者を派遣した。
アメリカとしては、ガリアで戦う数十万の将兵の生命、ヴァルキュリア軍の侵攻により死にかけているブリタニア本土を守るためにもこれを断る事ができなかった。アメリカは来年に選挙を控えている。ガリア解放の失敗に続き、友好国の危機も救えず、数十万の将兵を見殺しにしたとあっては現政権は次の選挙で大敗するのは必定。そんな政略的意図もあってアメリカはこの休戦協定をすんなり受け入れた。
そして、ブリタニアも劣勢の中、休戦の申し入れを断る力は残されてはいない。
こうして、神聖ヴァルキュリア帝国・アメリカ連邦・王政ブリタニアの3ヶ国による講和会議が催される事が決定した。
宝暦1938年1月18日。
ガリア属州パリ帝国都市の某ホテルにて、講和会議が開かれた。
ヴァルキュリアからは、皇帝の代理人として全権大使エリーザベト・カロリーネ・フォン・ヴァルキュリア。副大使ラルフ・フォン・ヴァレンシュタイン。
ブリタニアからは、国王エドワード4世、国防大臣ピット
アメリカからは、大統領ジェファーソン、国務長官スティムソン
などの面々が参加する事となった。
ラルフが会議場へと入ると、そこには既に交渉参加者が全員揃って席に着いていた。
一同は彼がヴァレンシュタイン公爵か、とラルフの若さと美貌に驚いて視線が釘付けになる。そしてラルフもは連合軍側の交渉人達を見る。そこで、白人ばかりの中に1人だけ黄色人種で東洋風の装束を着た者がいる事に気付いた。
誰だ?と思っていると、向こうから席を立ち上がって挨拶をしてきた。
「初めまして。というのも妙な気がしますが、日本よりPTMAの代表として来ました松平政綱です」
「ッ!!」
ラルフは目を見開いて政綱を凝視する。今、一番倒したい敵とこんな所で対面する事になろうとは思いもしなかった。
「あなたがあの知恵伊豆ですか。1度お会いしたいと思っておりました」
簡単に挨拶を済ませると2人は席に着いた。
少しすると、エリーザベトは時計に目をやり口を開く。
「では、そろそろ時間ですので、早速会議を始めようと思います。まず、我が国からの講和の条件をこちらのヴァレンシュタイン公爵より説明して頂きます」
ラルフは席から立ち上がり、右手に持つ資料を読んでいく。
「ガリアに展開している連合軍は全て撤退すること。グレートブリテン島における両軍の軍事行動の停止。ブリタニアは西はリヴァプール、東はキングストン・アポン・ハルの北緯53°ラインより南にいる全部隊を撤収させること」
それはすなわち、北緯53°ラインより南の領有権を認めろと言っているようなものである。しかし、ここまでは連合軍側も予想していたことで、むしろ北緯53°より北の占領地域については特に何も言わない事に驚いたぐらいである。
だが、問題はこの先ヴァルキュリアが何を要求してくるかだ。
「南アメリカ大陸についてです。今、南米はいくつもの諸部族に分かれて纏まった政権が無いとか。それではいずれ戦争の火種にもなりかねません。この際、火種は摘んでおこうというのが我が国に意向であり、ここに『南アメリカ共同体』の建国を提案致します。しかしながら、南米が独力で統一国家を作るのは流石に無理がありましょう。そこで、南米諸部族からの信頼も厚い、ここに居られるエリーザベト皇女殿下に最高顧問として指揮を執って頂くのが最善かと」
まさかこの場でこんな話が出るとは思いもしなかったので皆は完全に油断していた。しかし、南米の植民地化を進めるアメリカにとってヴァルキュリア主導の新国家建設は認められない。
連合軍側の交渉参加者は全員思ったに違いない。ヴァルキュリアは南米を平和を口実に奪い取る気だ、と。南米にはアメリカの植民地支配に反発を持つ者が多く、逆にかつて善政を布いた経緯からヴァルキュリア、特にエリーザベトに対しては好意的な印象を抱いている。
ラルフの要求に真っ先に口を開いたのがアメリカ大統領ジェファーソンである。
「し、しかし、いきなり統一国家と言われてましても、現地住民の意見も聞かない事には、」
「それについてはご心配なく。この計画はブランデンブルク侯が南米遠征に出ていた際に既に彼等に伝え、承諾も得ています」
淡々と述べるラルフだが、これには嘘がある。承諾は確かに得ているが、それは最近の事でしかも諸部族全てではなく極一部からだけである。
「そ、そういう事でしたら」
ジェファーソンはガリアで戦う数十万の将兵の命、ブリタニア本土の未来、そして自分の政界での命運を守るためにもヴァルキュリアとの講和を白紙にされるわけにはいかないのだ。ヴァルキュリアがそうだ、と言うなら信じるしか道はない。
連合軍側の交渉人達は言葉を詰まらせる。ラルフは政綱に視線を向け、勝ったと自分の勝利を確信した。
だが、政綱は席を立ち上がって意見を述べる。
「確かに南米に統一政権を作ろうというヴァルキュリアの考えは政治的にも経済的にも有意義と言えるでしょう。ですが、休戦状態に入ったとしてもアメリカと貴国が敵対関係にあるのは変わりない。そこでアメリカからも最高顧問を出し、アメリカ・ヴァルキュリアの両国で国家建設をなさるのが公平かと」
「いいでしょう」
ラルフはあっさりと認めた。このぐらいの事はあるだろう、と彼も予想できていた範囲だったため特に悩む事はなかった。
しかし、知恵伊豆の本領が発揮されるのはここからであった。
「それと、我等PTMAは講和成立を持って解体致します」
は?ラルフの理解は一瞬遅れた。まさかそんな事を言い出すとは思いもしなかった。そして、それは連合軍側も同様である。
ジェファーソンやエドワード4世などは何の相談もなく、一体何て事を言い出しているのだと内心で苛立ちを募らせる。
「そして新たに環太平洋経済連合、PEUを設立します。PEUは加盟国の経済的政治的な協力関係を強め、相互に発展を目指すための連合です。南米に新国家を作るなら、その国もPEUに加盟させるのが良いでしょう」
ここでラルフは政綱の思惑を理解した。PEUは表向きには経済発展を謳っているが、その実は超国家主義だ。ヴァルキュリアが如何に連合軍側に不利な政策を南アメリカ共同体に実施させようとしても、PEUの他の加盟国がダメと言えば取り下げるしかなくなる。これではとても南米はヴァルキュリアの勢力下とは言えない。むしろ連合軍側に付いたと言えるだろう。
またしても、してやられたか。知恵伊豆め、忌々しい!
ラルフは顔を歪ませて苛立ちを隠せない様子であるが、ここは外交の場。すぐに気を取り直して交渉を再開する。




