ヨークの戦い
太陽が西の空に沈もうとしている夕刻。ラルフの姿は丘の上にあった。そこで彼が見ているのは眼下に戦場跡。広い平地には無数の破壊されて動かなくなったガーディアンや命を落とした兵の死体が転がっていた。そして、至る所で両手を上げたブリタニア兵がヴァルキュリア兵によって連行されていく。
夕日に照らされ、白いマントを風になびかせる、その姿は若いながらも正しく歴戦の名将のものである。
そして、一方で将軍とは思えない小柄な体格と宮廷の貴婦人を思わせる輝くばかりの美貌が兵達を引き付ける個性の1つにもなっている。
と、そこへ1人の若い将校がラルフの後ろへと近付く。
歳は17歳前後とユリアとほぼ同じぐらいだろう。黒の軍服に、黒の軍帽を被った、軍人とは思えない華奢な身体付きをしたこの少年は、オイゲン・フォン・フルンツベルク中尉。元々は皇帝軍所属の軍人で、まだ未熟ながらもその高い事務処理能力から高い評価を受けていた。しかし、落ちぶれた帝国騎士階級の家系出身ということもあり、せっかくの才能も無駄に終わってしまうだろう、と言われていた中、その噂を聞き付けたラルフに見出され、ゼーレーヴェよりラルフの副官としてブリタニア遠征に参加していた。
青い短髪に緑色の瞳をした彼は、ラルフに報告を述べる。
「閣下、敵の組織的な抵抗は終わりました。予定よりも3日も早い我が軍の大勝利であります」
「では、全軍に撤収を命じろ」
ラルフの言葉にフルンツベルクは驚いた。
「追撃なさらないのですか?まだ周辺には敵の残存部隊が残っておりますが」
「その雑魚は放っておけ。それよりも問題は次の戦いだ」
「承知致しました。それとミトロウィッツ少将より報告書が届いております」
ラルフはすぐに読み上げろ、と言うが、フルンツベルクは困ったような顔をして言いにくそうにする。
彼には背を向けた状態でいるラルフだが、フルンツベルクが言いづらそうにする理由が分かっているのか、小さくほくそ笑むと構わん、読め。と言う。
「は、はい。『敵のゲリラ部隊は壊滅させた。感謝しろ』以上です」
あいつらしい報告書だな、とラルフは彼女の失礼過ぎる文章を怒るどころか失笑した。
ユリアは占領地域内で活動するブリタニア軍のレジスタンス勢力と共にヴァルキュリア軍の補給線への強襲を繰り返しており、ラルフはユリアにこのゲリラの殲滅を命じていたのだ。
数時間後、ラルフはヴァレンシュタイン騎士団の司令部が置かれているストーク・オン・トレントへと凱旋した。司令部の建物の1室には、クールラントの他にウェールズを征服し終えたロンメルの姿もある。
「公爵閣下は圧勝でご帰還とは。めでたいことだな」
「何がめでたいことだ?ブリタニア南部にアメリカ軍の上陸を許したのだぞ。ティリー騎士団が迎撃に向かっているが、おかげで我が軍の補給線に穴ができてしまった」
主君の勝利を喜ぶロンメルに対して、クールラントはアメリカ軍の参戦を重く受け止めている。海を越えて敵地に乗り込んだ兵達にとって、このアメリカ軍の存在は不安を煽るものでしかない。今は連戦連勝による高揚感で辛うじて抑えられているが、いつ火が着くやもしれない危うい状態であることには違いない。
「しかし、補給もままならないのはそのアメリカ軍も同じことだろ。そう焦ることはないさ。それよりも、お前がそんなに気すると兵達に動揺が広がるぞ」
その時、そんな事を心配している場合ではないだろ、と言いながらユリアが部屋に入って来た。
「問題なのは、アメリカ軍上陸によって勢い付いたブリタニア軍の反抗作戦をどう挫くかだ」
ユリアの言葉を聞いてロンメルは確かにな、と言って頷く。
「反抗の芽は早めに摘み取らねば、戦いが長引くやもしれん」
そこへラルフが現れた。
「ロンメルの言う通りだ。刈り尽くさねばなるまい。ヴァレンシュタイン騎士団は総力を上げて敵が集結しつつあるヨークへと兵を進める。前衛はクールラント。左翼はロンメル。右翼はミトロウィッツ。行くぞ、ブリタニアから希望という名の芽を全て刈り取るのだ」
宝暦1938年1月9日。
ラルフ率いる5個師団は、ヨークに向けて進軍。これを迎え撃つべくブリタニア軍8個師団がヨーク付近の平地に兵を布陣させた。
午前10時半頃、ラルフのいる本陣に敵軍が進軍を始めた、と報告が入る。兵力の上では自軍の方が劣っているというのにラルフには不安の様子が一切ない。ゲフィオンのコックピットに座るラルフはゲフィオンの右手を振り、無言のまま攻撃を命じた。
まず最初にブリタニア軍と衝突したには前衛のクールラント。彼の指揮下の部隊にはゲフィオンではなく、銀色でどっしりとした体格の新型ガーディアン「ティーガーⅡ」が配備されている。このティーガーⅡは皇帝直轄の工廠にて開発されたもので、重装甲・重武装をコンセプトとして設計されている。
ブリタニア軍のガーディアン・ジャベリンは射撃性能に秀でてはいるが、ティーガーⅡの装甲を破るだけの威力はなく、ティーガーⅡの主武装である120mmレオパルト魔導砲の餌食となった。
ティーガーⅡは目覚ましい活躍をしているが、クールラントはそれを喜ぶ所か不満気な様子で自身のゲフィオンのコックピットから見ている。すると、無線から幕僚の声がコックピット内に鳴り響く。
「いや~ティーガーⅡは良い機体のようですなぁ」
「何が良いものか。火力と防御には優れているが、足が豚並みに遅いではないか。これではとても使い物にはならん」
たしかに初めは順調に戦果を上げていたティーガーⅡだが、重装甲・重武装を得るために機動力を犠牲にしたために攻勢に出られず決定打を欠いている。とはいえ、ブリタニア軍のジャベリン部隊も手詰まりという状態でもあったが。
ブリタニア軍の本陣にて指揮を執るオーキンレック元帥は数で勝っているにも関わらず敵陣の突破に戸惑っている味方に苛立ちを感じている。
ヴァルキュリア軍の本陣は皆、ガーディンの中にいて会話は拡声器や無線を使うのに対し、ブリタニア軍の本陣は指揮官達が全員ガーディアンから降りている。
「ええい!あんな鈍足相手に何を手間取っておる!側面に回り込んでヴァルキュリアの新型など袋叩きにせんかッ!」
「そ、それが敵左翼、右翼の砲火は激しく、側面に回り込めません」
「我が軍の右翼と左翼は何をしておるのだ!?」
「必死に攻撃を仕掛けておりますが、やはり訓練の未熟な新兵ばかり、しかも寄せ集めのこの部隊では大した戦果が上げられません」
さらに言えば、度重なる敗北の中で増え続けた被弾機や故障機なども最低限動ける程度に直しただけで前線に投入された機体も多く、それ等が足を引っ張っていた。1機でも多くのガーディアンをと、必死にかき集めたのだが、それが完全に裏目に出てしまっている。
どうしたものか、と悩んでいるオーキンレックの下に吉報が舞い込んだ。
「閣下、敵の右翼、左翼が後退を始めました!我が軍の攻撃が効いたものと思われます!」
この言葉を聞いて奮い立ったオーキンレックは即座に指示を飛ばす。
「本陣護衛部隊から1個大隊ずつそれぞれに送り、一気に敵を押し込めろ!」
ブリタニア軍は左右に戦力を集中させて、攻勢に出た。しかし、ヴァルキュリア軍の前衛クールラント軍団は頑強に戦線を維持し続けているので、ブリタニア軍の陣形は次第にV字形へと変化していく。このままではクールラント軍団は前・左・右の3方向から敵に囲まれてしまう。
しかし、それでもヴァルキュリア軍本陣にいるラルフに慌てる様子はなく、「そろそろかな」と意味深な言葉を発したものだった。
少しすると、オーキンレックのいる本陣の背後からゲフィオン隊2個大隊が奇襲を仕掛けてきた。
勝利を確信して護衛を前線に送って手薄にしていたブリタニア軍本陣には混乱の嵐が吹き荒れた。
「すぐに部隊を呼び戻しましょう!」
「馬鹿か!そんな事をしたら、敵の本隊がここへ殺到するぞ!」
「では、どうするというのだ!」
幕僚達が対処法でもめ出し、迅速な対応が執れていない。ここで指示を出さねばならないはずのオーキンレックは勝利を信じて疑わなかった直後での奇襲に動揺して、冷静な判断も命令もできない有り様になっている。彼も実戦経験が乏しく、その欠点が今まさにさらけ出されていると言えるだろう。
司令部の判断の遅さは、新兵が多く、ヴァルキュリアに対して強い恐怖心を抱く将兵達の不安をさらに掻き立てて士気の低下を招いてしまう。
奇襲部隊は、ブリタニア軍本陣へと斬り込んだ。それに呼応するようにラルフも動き出す。
「敵を押し戻せ!攻勢に転じろ!」
ヴァルキュリア軍左右両翼が混乱するブリタニア軍に向かって突撃を始めた。ヴァルキュリア軍の反撃を受けたブリタニア軍の左右両翼は戦線が崩壊し、包囲殲滅されるのを恐れて退却した。
「ブリタニア軍の両翼が敗走していきます」
「では、このまま一気に敵の頭を叩く。陣形を伸ばして敵を包囲しろ!逃げ去った敵には構うな!」
無線機を通してラルフの命令が各部隊に伝達される。
左翼部隊の指揮を任されたロンメルは部隊を巧妙に展開させて、混乱するブリタニア軍の戦線を圧迫している。右翼部隊を任されたユリアも部隊を迅速に動かして包囲陣を形成していく。そして、彼等に一歩遅れてクールラント軍団はティーガーⅡの火力でブリタニア軍の戦線を縦横無尽に崩し回る。
ブリタニア軍は包囲下に置かれ、脱出も困難と思ったオーキンレックは降伏した。




