ネルソンの帰還
フリードリヒ2世の命を受けて選帝侯の1人ヴィッテルスバッハ侯はブリタニア領マダガスカル島に攻め込んだ。しかし、ヴィッテルスバッハ侯が島に着いた頃にはブリタニア艦隊の姿どころか兵士1人もいない状態であった。どうやらマダガスカルを放棄したらしい。
無傷でマダガスカル島を手に入れられたヴィッテルスバッハ侯は意気揚々とするが、報告を受けたフリードリヒ2世は驚愕した。マダガスカルにいた戦力がアメリカのどこかにいるネルソンと合流した可能性が高いからだ。
フリードリヒ2世はインド洋艦隊第2艦隊及び第3艦隊に再建されて間もないジブラルタル要塞へと急行するよう厳命した。さらに参謀本部にネルソンの所在地を急いで突き止めるように指示を出した。世界の覇王たる彼が、たかが一提督に振り回されて情けない、と思う者もいるだろうが、多くの者は仕方ないと感じていた。それだけ大西洋戦域におけるネルソン提督の存在は巨大なものだったのだ。
ヴィッテルスバッハにはしばらくマダガスカルに留まってアフリカ軍を牽制しつつブランデンブルクの北アフリカ戦線を支援するようにフリードリヒ2世は勅命を下した。
宝暦1938年1月2日。
ネルソンはマダガスカル島から戻ってきた艦隊と合流すると、72隻のブリタニア艦隊、さらにはアメリカ軍のガーディアン輸送艦など支援艦隊35隻で持って出撃した。
目標はブリタニア海峡。しかし、ヴァルキュリア艦隊が展開している大西洋側からではなく、反対の北海側から侵入を試みる。ネルソンはグレートブリテン島の北側を迂回して北海へ入り、そこからブリタニア海峡を目指すことを考えた。
ネルソンは「ヴィクトリー」を旗艦に大海原を突き進む。今回の策で、今の戦局を引っ繰り返せるとは流石にネルソンも思ってはいないが、やる以外にもう道は無い。ブリタニアの命運は今や風前の灯火なのだ。
ヴィクトリーの甲板から海を眺めるネルソンに客将として同伴したアメリカ海軍のミッチャー提督が声をかける。
「アフリカ海軍はできる限りの戦力を出して陽動作戦を実施してくれるそうだが、どれだけの敵戦力を引き付けられるか」
「我々の第一の目的は本土の南海岸への強襲と上陸作戦だ。1度陸地に上がってしまえば、こちらのものだ」
ネルソンの言葉はミッチャーには少々楽観的に聞こえたが、ネルソンとしてもまったく根拠もなく言っているわけではない。ヴァルキュリア軍の主要戦力は最前線に集中しており、南海岸の辺りは手薄になっている。そのため、比較的橋頭保も確保しやすいだろう。
「まあ、どちらにせよ。厳しい戦いには違いないがな」
宝暦1938年1月4日。
エディンバラ臨時政府にいるブリタニア国王エドワード4世の下に吉報が齎された。
「陛下!ネルソン提督がブリタニア海峡に現れました!」
エドワード4世はその報告を聞くと、声を上げて喜んだ。
「ネルソン提督は敵の輸送艦3隻を撃沈。さらに敵の沿岸部補給基地を艦砲射撃で壊滅させ、アメリカ軍部隊の上陸作戦を展開。引き続き、敵輸送部隊への攻撃を実施しているということです」
「ネルソン提督が帰還したと知れば、兵達の士気も上がりましょう」
「各戦線には徹底死守から反抗に転じるよう命令を下しました。南北からヴァレンシュタイン騎士団を攻め立てていきます」
将軍達の話を聞いて、エドワード4世は戦意を奮い立たせる。
「今こそジョンブル魂の見せ所だ!ブリタニアの総力を持ってこのグレートブリテンからヴァルキュリアを追い払うのだ!」
一方、ヴァルハラ宮殿のフリードリヒ2世は怒り狂っていた。あれだけ警戒していたというのに、ネルソンの攻撃を許したばかりか、北海艦隊、バルト海艦隊、大西洋艦隊、地中海艦隊、これだけの艦隊を揃えてもネルソン1人に振り回されている。
「まだブリタニア艦隊を捕捉できんのか!」
ハプスブルクはフリードリヒ2世の怒りに臆することなく、淡々と彼の質問に答える。
「現在、艦隊をブリタニア海峡全域に展開させて捜索に当たっております。これで、ブリタニア艦隊は海峡内において行動するのは困難かと」
「では、補給は大丈夫なのだな?」
「はい。ですが、念のためにしばらくは輸送船の往来は延期した方が良いかと」
「・・・止むを得んか。で、ガリアの戦況には何か変化はあったか?」
「今の所は特にこれと言うものは御座いません。ガリアに敵の補給部隊が上陸したという情報もありませんので、ネルソンの目的はブリタニア本土の支援のみかと思われます」
「流石にあやつもガリアとブリタニアの双方を同時に支援するのは不可能であったようだな」
その時、玉座の間への出入り口の扉が急に開き、その向こうから騒がしい声が玉座の間へと鳴り響いた。
「お、御待ち下さい!陛下は今、ハプスブルク大公と、」
「構いません。道を開けなさい!」
近衛兵の制止を振り切って、玉座の間へと乗り込んできたのは、ヴァルキュリア第2皇女エリーザベト・カロリーネ・フォン・ヴァルキュリアだ。ストレートヘアの美しい金髪を振り乱しながら、近衛兵を押し退けて実父フリードリヒ2世の前に立つ。
フリードリヒ2世は、右手を軽く上げて無言の指示を近衛兵に飛ばすと、近衛兵は一礼してその場から去る。ハプスブルクは最初は少し驚いてた表情を見せたが、何も言わずに横に移動してエリーザベトに場所を空けた。
「何をしに来たのだ?」
フリードリヒ2世はめんどくさそうにしながら問う。彼自身はエリーザベトがどんな要件でやって来たのかは分かっていた。なぜなら、これまでにも何度か同じ用件で謁見してきているからだ。しかし、一応確認のために聞いてみる。
エリーザベトは皇帝を前に跪くことなく、面と向かって意見を述べる。
「父上、どうか、ブリタニア・アメリカ・アフリカの連合軍と講和をなさって下さい!このまま、無暗に戦い続ければ、ガリアの民は疲弊し切ってしまいます!」
「何度も言わせるな。ヴァルキュリアには勝利以外の結末などあってはならん!講和などもっての他じゃ」
「しかし、このままではガリアは一面焼け野原になってしまいます!」
「それで良いのだ。ガリアは教会領の多い地。これを焼き払い、教皇の勢力に打撃を与えるのがこの戦いの一番の目的だ」
この話は、かつて帝国宰相ジグマリンゲンが提案した極秘作戦である。本来は他言無用のはずなのだが、あまりにエリーザベトがしつこいのでフリードリヒ2世は本心をつい明かしてしまった。
この場にいるのは、ハプスブルクとエリーザベト。両者共に信頼でき、秘密を他社に漏らすことは無いだろうから、辛うじてセーフと言えるか。
「そのようなッ!そのような権力争いに何の関係も罪も無い民衆を巻き込んで良いと父上はお考えなのですか!?」
なんとも甘い考えか、とエリーザベト自身も思う。世の中はそんなに筋が通るように都合よくできてはない。それは本当は分かっている。しかし、だから仕方ないと受け入れてしまってはヴァルキュリアの正義が疑われる。
「ヴァルキュリアによる世界制覇はカール大帝陛下以来の悲願である!そのためとあらば、余はどんな事でもするつもりじゃ!」
玉座から立ち上がって高らかに宣言する。まるで何か亡霊にでもとり付かれたような迫力だ。
「ネルソン提督が帰還した今、敵軍の士気は多いに上がりましょう。そうなれば、ガリアだけでなくブリタニアで戦うヴァレンシュタイン公の身にも危機が及ぶのかもしれないのですよ」
エリーザベトの主張は正しい。フリードリヒ2世もそこは認めている。しかし、彼のラルフへの信頼は並のものではない。多少の劣勢ぐらいならヴァレンシュタイン公は易々と乗り越えるだろう、そう楽観視しているのだ。
「それはお前が気にすることではない。もう話すことは無い。帰れ!」
「いいえ、帰りません!」
「帰れと言っておる!今までは、お主の外交官としての腕を見込んで多少の我儘は見逃してやったが、これ以上は容赦出来んぞ!」
フリードリヒ2世の瞳に殺意が宿り、エリーザベトの瞳をじっと直視する。エリーザベトも父親からの殺気の籠った視線に臆することなく逆に睨み返す。
しかし、フリードリヒ2世はハプスブルクに彼女を摘み出せ、と命令した。
結局、彼女は征服帝の野心を抑える事ができずに終わった。




