ケーベニック事件
ガリア属州ノルマンディー半島にアメリカ・ブリタニア・アフリカ連合軍が上陸を果たすと、翌日には第二次上陸部隊が現れた。
ヴァルキュリア軍は1度防衛ラインが突破されると足並みが揃わず、強固な戦線を形成できなかったために皇帝フリードリヒ2世の命令で後退することになった。
その後も連合軍は物量にものを言わせて、凄まじい勢いで進軍を続けた。ヴァルキュリア軍の抵抗を排し、ガリア全土を解放するのには1月もあれば十分だろうと楽観視する声も出たほどだ。
しかし、作戦開始から約20日ほどが経った頃、ヴァルキュリアの反攻作戦が始まった。内陸部に引き込み、万全の戦線を築いて待ち構えたヴァルキュリア軍は連合軍の攻勢を押し退けて今にも戦線を押し戻そうとする勢いだ。
特に、帝都に帰還していたラルフもヴァレンシュタイン騎士団を率いてこの戦線に参加し、多大な戦果を上げて味方の士気を大いに高めた。
帝都コンスタンティノープルではこの吉報に喝采の声が上がっていた。
それはフリードリヒ2世も同じで、その立役者とも言える参謀本部総長ルドルフ・フォン・ハプスブルク大公を玉座の間へと呼んで褒め称えた。
「ハプスブルク大公、貴公がガリア防衛線の指揮を執るようになってから、敵軍の進撃が止まった。いいや。今や押し返しておる。流石は帝国唯一の大公なだけあるな」
フリードリヒ2世からの言葉に、ハプスブルクは「光栄であります」と答えた。
「だが、余にはまだ問題が残っている。極東戦線だ」
「現在は、カレンベルク侯が唐に仕掛けているところです。成果が上がるのにはまだ時間がかかるかと」
今、大唐帝国はラルフの後任で極東方面軍司令官となったカレンベルクによって危機に瀕している。
唐の政権を握るのは、クーデターを起こして秦を滅ぼした姚亥などが中核となっており、秦時代の上流貴族は政界から外され、既得権益も徐々に奪われていっていた。
そういった者達に、秦の復興にヴァルキュリアは協力すると唆して武器等を提供することで、彼等を挙兵へとじわじわと誘導していき、遂に唐への不満の炎が一気に爆発して唐政府は挙兵した地方の諸侯や上流貴族達の処理に奔走させられていた。
「極東方面軍からいつ援軍要請が来てもいいように、いくつかの騎士団をアジアへ向かわせて待機させた方が良いと考えます」
「そうだな。よし、そうしろ」
「ヤー,オイレ・マイエステート」
これと同じ頃、帝都のケーベニック地区という場所の小さな酒場で事件が起きた。
「畜生。何で俺達は帝都に居残りなんだよ~」
「まったくだ。ヴァレンシュタイン騎士団は大戦果を上げたっていうのに・・・」
彼等はブランデンブルク騎士団の兵士達。ガリア防衛線に参加できない事を嘆いて、昼間から酒を飲んで悪酔いしていたのだ。
4人いる兵士達は、酒が回ってくると愚痴もエスカレートしてくる。
「俺達の大将はヴァルキュリア最強じゃねえかよ!それが、何がどうなってあんなイケメンなだけの若造と比べられなきゃならないんだよッ」
「おいおい、口の悪い奴だな~。相手は選帝侯だぞぉ」
「へッ。構いやしねえさ。こんな所に憲兵が来るわけじゃあるまいし。だいたい、イケメンはパーティーに出て貴婦人でも侍らせてればいいじゃねえか。どうして、わざわざ命懸けの戦場に出てくるのかねえ」
兵達が酒に酔って騒いでいると若い青年兵が5人、彼等に近付いて抗議をした。
この5人はラルフから帝都残留を命じられたヴァレンシュタイン騎士団訓練大隊所属の者達だ。訓練大隊は新兵や幹部候補生などの訓練を主目的にした部隊で、ラルフがガリア防衛戦に出ている間は帝都に残ることになっていた。
「公爵閣下の悪口は止めてくれませんか」
「何だよてめぇら。あの若造の子分どもかぁ?」
「ガキが出しゃばるんじゃねえよ」
「あなた達こそ閣下への悪口を撤回して下さい!」
最初は小さな口論から始まったのだが、次第に激しい喧嘩へと発展。さらに互いに仲間を大勢呼び集めて、最終的には数百人単位の人数がそれぞれ集まり、乱闘騒ぎにまでなってしまった。
この乱闘を鎮圧すべく憲兵隊が出動するも、乱闘の勢いを抑え切れずに収拾がつかない有り様で、事態はヴァルハラ宮殿にも達した。
これを聞いたフリードリヒ2世は激怒して親衛隊(通称SS)に出動命令を出した。SSは、皇帝直属部隊の皇帝近衛隊、治安警察、諜報組織などを傘下に置いた皇帝直属の軍事組織である。フリードリヒ2世の覇道の邪魔となる潜在的な脅威を排除する、言わば汚れ仕事も行なう悪名高い組織で、このSSが鎮圧に乗り出すという事はそれだけフリードリヒ2世がこの乱闘事件に腹を立てているという事を示している。
SSの出動から約2時間後、ようやくブランデンブルクがヴァルハラ宮殿に参上してフリードリヒ2世に謁見した。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
ブランデンブルクは玉座の前に跪いて深々と頭を下げる。
「乱闘の発端となった兵は、処刑。乱闘に加わった兵の処置は貴様とヴァレンシュタイン公に任せる。異論は無いな?」
「ヤー,オイレ・マイエステート」
彼に、異論を唱えるなどもはやできはしなかった。事件の発端が、ブランデンブルク騎士団の兵士がラルフを侮辱した事である以上、もっと重い処分が下ってもおかしくないのだ。
フリードリヒ2世は玉座から降りて、ブランデンブルクの傍まで歩いて行く。
「ブランデンブルク侯よ。貴公は余の北アフリカ戦線への転戦命令、アフリカ大陸南半分への領地替えが不満か?」
「いいえ。そのような事は決して御座いません」
「左様か。なら、言うまでもないが、念のために言っておくぞ。ヴァルキュリア選帝侯に敗北は許されない。だが、貴様は2度も敗北を経験しておる。これを許して、さらにチャンスを与えた余の譲歩を忘れるでないぞ」
殺気すら感じるギラギラとした眼をゆっくりとブランデンブルクの顔に近付けながらフリードリヒ2世は言う。
玉座の間を後にして、ヴァルハラ宮殿の大廊下を歩いていたブランデンブルクを後ろから呼び止める者が現れた。
誰かと思って振り返ると、それは彼と同じ選帝侯の1人であるロートリンゲン大司教だった。
白髪で短髪、小太りで少々気味の悪い笑顔を浮かべた初老のこの聖職者はブランデンブルクの前まで来ると頭を下げて挨拶をした。
「今日はどんだ災難でしたな。まさか陛下がSSまで動かされるとは」
「帝都で騒ぎを起こしてしまい、大司教猊下にはご迷惑をおかけしました」
「いやいや、侯爵閣下のせいではありませんよ。それにしても、皇帝陛下は近頃閣下に冷とう御座いますな。北アフリカ戦線への転戦命令に加えて、あの領地替えは流石に酷です。されど、御安心下され。教皇聖下が帝都に近い教皇領の1つを閣下へ譲って下されることになりました」
「教皇聖下がで御座いますか!?」
教皇に気遣いに、ブランデンブルクは感激した。思わず涙が流れそうにもなったが、それは流石にプライドが許さず、ぐっと堪えた。
「教皇聖下は、ブランデンブルク侯には大変ご期待のご様子。どうか、存分に北アフリカで戦って下さいませとの言伝も預かっております」
「ありがたき仰せ。教皇聖下にも宜しくお伝え頂きたく御座います」
「分かりました」
フリードリヒ2世とブランデンブルクの間にできつつあった溝に、教皇ルートヴィヒ4世が牙を突き立てた瞬間であった。ルートヴィヒ4世の魔の手は、ゆっくり、ゆっくりとフリードリヒ2世の喉元を目指して近付こうとしているのだ。




