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オーバーロード作戦

北アフリカ戦線への転戦命令が出たと言っても、南米戦線での損害分の補充要員の確保や兵士の休息もあって、ブランデンブルク騎士団オルデンはしばらく帝都に留まることになった。

そして、ラルフも帝都へ無事帰還し、両者はヴァルハラ宮殿の廊下にて偶然にも再開を果たした。

ブランデンブルクは最低限の挨拶だけすると気不味そうに視線をラルフから逸らす。

対して、ラルフはいつもと変わりなく言葉を続ける。

「南米への補給作戦の失敗はすまなかった。あれがうまくいっていれば、南米戦線もまだ巻き返しのチャンスもあったかもしれないが」


ラルフの言葉を聞いたブランデンブルクは自嘲気味冷笑する。

「巻き返し?冗談は止せ。らしくもない。仮に補給がうまくいっても、それが長期的に行えるわけではない。1度だけ成功しても、すぐに物資は底をついて結局最後は負ける」


「貴公の采配は見事と言う他ない。責を問われるべきは、アメリカ艦隊に不甲斐なく敗北した大西洋艦隊だ」

無表情ながらもラルフは至って真剣に話している。

2度の大敗を受けて意気消沈しているブランデンブルクの姿がラルフには見ていられなかったのだろう。

「俺を気遣っているつもりか?しばらく会わない内に随分と自分から喋るようになったな」


「別に気遣っているわけではなく、」

ラルフの言葉を遮って、廊下に「ラルフ!!」と叫ぶ女性の声が鳴り響いた。

小さく溜息をついたラルフは声のした方に顔を向ける。そこで視界に入ったのは紅色のドレスに身を包んだ金髪に赤紫の瞳をした美女、第5皇女ルイーゼ・ウルリーケ・フォン・ヴァルキュリアだった。

「これは皇女殿下。お久しぶりで御座います」

そう言って頭を下げ、何か御用でも?とラルフは続けた。


「帰ってきたなら来たって伝えなさいよ!今、あなたの顔が見えたからビックリしたじゃない!」


一体何の訳があって、わざわざルイーゼに帰還報告をしなくてはならないのだと内心思いつつ「以後気を付けます」と返す。


「それにしても、最近の帝都の様子はどうですか?私もブランデンブルク侯もしばらく帝都を離れていたので、何か変わったことでもあれば是非お聞かせ願いたい」

ラルフは無理やり話題を変える。

そうねえ、と言いながらルイーゼは目線を上に上げて考える。

「そういえば、父上がこの前、シュライヒャー伯爵から爵位と領地を没収したって聞いたわ」

シュライヒャー伯爵は教皇派貴族でもかなり名門の家柄で、大した理由もなく一方的に爵位と領地を奪われたそうだ。フリードリヒ2世のこれまでの嫌がらせとはわけが違う。明らかな宣戦布告だった。

近頃の作戦行動の失敗で、ベルリン教皇ルートヴィヒ4世は覇道を突き進むフリードリヒ2世を批判して世論を煽っていた。このままでは不味いと焦りを感じ始めたのだろうか。

「陛下らしくないな。いつもなら気にも止めないというのに」

そう言ったのはラルフ。フリードリヒ2世は勢い任せに戦争をしているだけだと言う者も多いが、実際のフリードリヒ2世はかなり計算高い人物だということをラルフは知っていた。

それだけにこの衝動的としか思えない処置に疑問が出た。


「まあ流石に無視し切れなくなったんでしょうねえ」

実の父親の事だというのに、どこか他人事のように聞こえる。無理もない。フリードリヒ2世にとって自分の子供達はあくまでも己の手駒の1つでしかない。ある者は将軍、ある者は属州総督、ある者は行政官、ある者は政略結婚の道具。故に彼は子供達に愛情を注いだことはない。強いて言うなら、道具を愛でる程度ならあったかもしれないが。

ここでふと、ラルフはブランデンブルクの声がしない事に気付き、彼の方へその漆黒の瞳を向ける。

瞳に映り込んだのは、何か思いつめたような表情をしているブランデンブルクだった。

彼はルイーゼから父上、という言葉を聞いてから先程フリードリヒ2世から言われたアフリカ大陸南半分への領地替えのことが脳裏をずっと過っていた。

様子がおかしかったので、ラルフは彼の名を呼び、その声にブランデンブルクは我に帰る。

「な、何だ?」


「いえ、様子が変でしたので。どうかされましたか?」


「私が話をしてるのに、聞いてないなんて信じられないわ」


「申し訳ございません。少し気分が優れませんので、これにて失礼致します」

ルイーゼに一礼してブランデンブルクは早々とその場を去った。

そして、ラルフもルイーゼに挨拶をして分かれ、フリードリヒ2世のいる玉座の間へと向かった。



ラルフは、玉座の間へと入ると、ヴァルキュリア式敬礼をしながら「皇帝万歳ハイル・カイザー!」と声を上げた。美声が玉座の間を駆け抜けたと同時に、ラルフの顔を見たフリードリヒ2世は嬉しそうな反応を見せ、玉座から立ち上がると側近等の制止を振り切って自らラルフに近付いていく。

「よく帰ってきれくれた、ヴァレンシュタイン公」

そう言いながら右手でラルフの肩を軽く叩く。

「お久しぶりです、皇帝陛下。南米への補給に失敗し、インドシナ属州にいながらPTMAの発足を阻止できなかった事、心よりお詫び申し上げます」


「いいや。構わん。それよりも余は嬉しいのだ。貴公が参謀本部に提案した装甲艦。今は地中海艦隊のみで試験運用中だが、スールー海海戦でその性能が実証された。これで、我がヴァルキュリアの海軍力は一層強化され、アメリカも、日本ヒノモトも、あのブリタニアさえも敵ではなくなる!」

ラルフが太平洋艦隊にユリアの発案で建造していた装甲艦は、元々参謀本部に提出したものだった。しかし、コスト面や技術的な問題等もあったために参謀本部の反応は鈍く廃案になりかけていた。そこへフリードリヒ2世が手を差し伸べ、そのおかげで地中海艦隊にて建造・試験運用が行なわれることになったのだ。そして、先のスールー海海戦で装甲艦の有効性が立証されたので、参謀本部はヴァルキュリア海軍の全ての軍艦を最終的には装甲艦にする「装甲艦隊計画」が立案され、今は急速な勢いでそれが実行されている。

「装甲艦は、ミトロウィッツの発案によるでその功は全て彼女にあります」


「それはそうだ。だが、装甲艦が採用されたのは貴公の働きがあればこそ」


そこへ帝国宰相ジグマリンゲンが入ってきた。彼は苦々しい表情をしており、何か悪い知らせがある事はラルフもフリードリヒ2世もすぐに察しが着いた。

「ガリア総督府より緊急通信が届きました。ノルマンディー半島にアメリカ軍を中心に、ブリタニア、アフリカによる3ヶ国連合軍が上陸作戦を展開したとのことです」


「遂にきたか」

フリードリヒ2世は冷静に呟く。

アメリカ・ブリタニア・アフリカの3ヶ国連合軍は宝暦1937年10月24日に、ガリア属州解放を掲げて参加兵力約25万名にも及ぶ大上陸作戦『オーバーロード作戦』を敢行した。

ブリタニアに存在する亡命政権・自由ガリア政府の強い要請が元になって実現したこの作戦だが、裏にはブリタニア本土への安全の確保やPTMA発足で民衆の間で沸き立つ反ヴァルキュリア運動を加熱させるという目的もあった。


「ガリア属州に点在している領主達は必死の抵抗を試みているようですが、25万もの大軍が相手となっては、どうしようもありますまい」


「分かった。前線の部隊には撤退を命じろ。ついでに建物や田畑を全て焼き払ってからな」


フリードリヒ2世は焦土作戦をするつもりなのだ、とラルフは瞬時に分かった。

焦土作戦とは、自国領土に侵攻する敵軍に食料や燃料等の物資を処分することで現地調達を不可能とする戦略だ。連合軍のガリア侵攻の大義名分は、ガリア属州の解放にある。ならば、ガリア属州民の反感を買いかねない行動は極力慎むはずだ。いや寧ろ民心を掴もうと必死になるはずだ。そのために連合軍は25万もの兵の食事に加えてガリア属州民の食事まで用意しなければならない。

しかも、ガリア属州は小さな領地が乱立しており、そのほとんどが教会領だ。その田畑を全て焼き払おうというのだから、フリードリヒ2世にしてみればこの機会に教皇の財力も削いでやろうという狙いは明らかだった。

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