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帰還

皇帝フリードリヒ2世の命令により、ヴァレンシュタイン騎士団オルデンは任地のインドシナ属州を離れて帝都コンスタンティノープルへの帰路に着いた。

帝都コンスタンティノープル ━ インド属州デリー帝国都市シュロース ━ インドシナ属州ホイアン帝国都市シュロースの3都市を結ぶまだ全線開通して間もないインド鉄道を使ってだ。

豪華な造りの上流貴族専用車両の1号車にラルフを初めとする将軍達が乗車し、2号車以降には左官以下の騎士団兵が乗車している。

1度では騎士団兵を全員運び切れないので何個かに分けて順番に帝都に向けて出発する手筈になっている。

ラルフがインドシナ属州に赴任してまだ2ヵ月も経っていないというのに、こうも早く帝都へ呼び戻されるとはラルフも思っていなかった。


1号車の最前列の席に1人座るラルフは窓の向こうに見える荒野をずっと眺めている。

と、そこへ赤髪の将軍ロンメルがラルフの横へ現れる。

「閣下、何をお考えですか?」


彼の言葉にラルフは、感情の入っていないまるで人形のような表情でロンメルに視線を向ける。

「別に。ただ、私がアジアから離れている間、あの知恵伊豆は何をするのだろうか、と考えていただけだ」


それを聞いたロンメルは意外そうな顔を見せた。


「何だ?」


「あ、いえ。ただ、閣下が他人にそこまで興味を示されるのが珍しかったもので」

ラルフはまず他人に興味を持つことはなかった。仮に興味を持ったとしても、他者にそれが分かることはまず無い程微々たるものだ。

宮廷の政敵や敵国の将軍の動向に、ラルフがここまで興味を持つことはまったくと言っていいほどなかったのだが、今回の知恵伊豆は違う。

「興味、か。確かに言われてみれば私はあいつに興味があるのかもしれんな」

ラルフは視線を再び外に向けると、そのまま話を続ける。

「あいつは、いつも私の前に現れては作戦を邪魔する」


これは悔しがっているということなのだろうか。無表情に言うので、どういう気持ちで言っているのか部下のロンメルでも分からない。

喜怒哀楽も好奇心も欲も乏しい人形のようだ、と感じる事も多かったが、知恵伊豆との戦いが我らが主君を変えてくれたのだろうか。

「彼は宿敵、ということですかな?」


ロンメルの出した喩にラルフは一笑する。

「面白い表現だな」

帝国屈指の上流貴族でありながら宮廷の権力争いや名誉、権力といった事に興味はないが、極東の小さな島国の東洋人には興味を示す。そんな選帝侯は長いヴァルキュリアの歴史上でもラルフが最初で最後だろう。

「知恵伊豆、一度会ってみたいな」

それはもう、ほぼ一人言になっていた。

ロンメルはラルフに対して敬礼をすると自分の席へ戻った。

席に付くと隣に座るクールラントが、閣下のご様子は?と聞いた。


「特に変わった様子はなかったが。何か気になることでも?」


「私はあの方をまだ幼い頃から知っているが、閣下が敗北したのは今回が初めてなのだ」

ラルフを気遣っているのだろうか。厳つい顔に鋭い目付きをしたこの悪魔伯爵から出た意外な言葉にロンメルは少し驚いた。

「ヴァレンシュタイン公はそんな事を気にされる方とも思えんが。それよりも俺は今回の帰還命令の方が不可解だ。唐が東南アジアの奪還に動き出さないかという時に我等を呼び戻すとは、皇帝陛下も何をお考えのやら」


「陛下の勅命に異論があると言うのか!」

皇帝に対して不平を言うと即座に叱りつけるクールラント。名門の出で、帝室への忠誠心に厚い彼らしい言動だ。

「おっと、これは失礼。不作法な平民の出なもので、どうかご容赦を」

と、冗談めかしながら言うと、クールラントは舌打ちして窓の向こうに見える景色に視線を移す。


「お前等はいつまで経っても変わらんな~」

そう呆れた感じに言ったのは反対側の席に座ってお菓子を食べているユリアだった。

クールラントはユリアとは間逆の窓に顔を向けていたので、聞こえていなかったのか何の反応もない。

ロンメルは小さく微笑む。

「人間、歳を取れば取るほど変われなくなるものだろ」


「だったら、人生の先輩のお前がまだ若いラルフをもっと人形から人間に変えてやれ?」


「あなたももっと子爵家の令嬢らしくしてくれ。毎日毎日ぐうたら生活を繰り返すようじゃあ正直困る」


ロンメルの言葉に対してユリアは即座にめんどくさい、と告げた。

はぁとロンメルは溜息をついた。




この数日後、ブランデンブルク率いる南米遠征軍はアメリカ・アフリカ連合艦隊の追撃を振り切って命からがら帝都への帰還を果たした。

コンスタンティノープルの軍港へ入港したブランデンブルクを出迎えたのは、帝国宰相ジグマリンゲン侯だった。

「無事のご帰還、安堵いたしました」


「無事なものか。兵の大半を失ったのだぞ」

猛将と評されるほどの覇気も威圧感も今の彼からは感じられなかった。2度にも渡る敗戦で彼の精神は相当追い込まれているようだ。

だが、ジグマリンゲンはすぐに本題へと入る。

「陛下が至急来るようにと仰せです」


「・・・承知した」



ブランデンブルクはヴァルハラ宮殿へと赴き、皇帝フリードリヒ2世に謁見した。玉座の間に入ったフリードリヒ2世は、ご立腹かと思いきや落ち着いた普通の感じで玉座に座っていた。

玉座の前まで歩いてくると、しばらく両者の間は沈黙に支配された。

そして、その沈黙を破ったのはフリードリヒ2世の傍らに控えるジグマリンゲンの「陛下、ブランデンブルク侯がご到着です」の一言だった。

「言われなくても分かっおる。・・・久しいな、ブランデンブルク侯」


「お久しゅうございます、皇帝陛下。こたびの南米での敗戦、誠に申し訳ございません」

ブランデンブルクはそう言って深々と頭を下げる。

フリードリヒ2世は小さく溜息をつく。

「もうよい。それよりも、余は貴様の帰りを待っている間に良いこと思い付いたぞ。貴様のシリア属州総督・グルジア属州総督・ウクライナ属州総督の任を解き、代わりにアフリカ大陸南半分を与える」


「な、何ですと!!」

これはもう左遷どころか自殺命令に等しい。アフリカ大陸南半分は今だアフリカ同盟の領土であり、アフリカ同盟を滅ぼさなければ領地を手に入れることはできず、これまでの領地は全て没収されたも同然だ。

こんな有り様で兵の士気が上がるはずもなく、ブランデンブルクは退路を断たれた状態で戦わねばならない。

「分かるだろう。もう貴様には敗北は許されない。もし、負けたら、ブランデンブルク侯爵家に未来はないと思え。故に、死ぬ気で戦え」


いや、正確には勝ったとしても、領地がアフリカ大陸南半分という辺境の地とあってはもう選帝侯としてはやっていけなくなるだろう。それ以前に、このような形での領地替えではどれだけ利益が出ても宮廷では罵りの種にしかなりえない。勝っても負けても、もうブランデンブルクには後がないのだ。

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