勝利と敗北
左右から迫る日本艦隊の砲撃に晒されるヴァルキュリア艦隊本隊は、ラルフの予想以上の損害を被っていた。慌ただしくしている司令塔で、苦々しい表情を浮かべて戦況を見守っているラルフは自嘲するような薄笑いをした。
「流石というべきだな。2度も苦戦を強いらされたのは初めてだよ」
「呑気に構えている場合じゃないだろ」
「焦ったところでどうとなるわけでもないだろ」
ラルフは具体的に対策を打とうとはしなかった。する必要はないと判断していたからだ。
少しすると、ヴァルキュリア左翼,右翼艦隊が日本艦隊を背後から砲撃で襲い、日本艦隊を前後から挟撃する形に持ち込んだ。
日本艦隊の攻勢も限界に達し、ヴァルキュリア艦隊本隊の反撃もあって形勢は逆転。
「左舷の敵、距離250!」
「右舷の敵、距離200!」
「日本艦隊は随分と近距離に接近してるな。全艦、戦列を密集させろ」
通常ではありえない程近くにまで接近している日本艦隊に臆することなくラルフは冷静に指示を出す。
「日本艦隊が針路を6時方向に変更しています!」
バラバラに展開している日本艦隊はほぼ同時に針路をヴァルキュリア艦隊の針路とは反対方向に舵を取った。あまりにも両艦隊の距離は近く、舷側砲でも十分に装甲艦と戦える状態だった。
さらにこれだけ近くにいるとヴァルキュリアの左翼艦隊と右翼艦隊は下手に砲撃が出来ない。本隊に砲弾が当たる事はそうそう無いだろうが、その危険性が有る以上砲撃の手を加減するしかない。
両軍は砲弾を撃ち合いながら、そのまま真っ直ぐ通り過ぎて追撃しようとはしなかった。
日本艦隊の旗艦「三笠」の司令塔では若い幕僚達が政綱に異議を申し立てる。
「政綱様!このまま退くおつもりですか!?ヴァルキュリアの双璧を討ち取るこの好機に!?」
「そうです!ここで倒さねば、もう次はありませんぞ!」
政綱はやれやれといった表情を浮かべる。決起盛んな若い者が最後かもしれないこの機会を逃すのを惜しむ気持ちも政綱には分からないわけではない。
「今回、我々はヴァルキュリアに対して勝利を収めたとは言えないまでも、互角の勝負を繰り広げる事ができた。しかし、もう限界だ。これ以上の戦いは艦隊を全滅させかねない」
政綱達にとって、今回の戦いは互角だった。しかし、ラルフにとっては違う。ヴァルキュリアに互角など存在しない。あるのは勝利か敗北だけなのだ。つまり、このスールー海海戦はヴァルキュリアから見れば敗北でしかない。やや自己満足な気もするが、ヴァルキュリアに勝つという目的自体は達成できた。
ここは、これ以上欲張らずに退いた方が得策だ。
「艦隊はこのまま敵艦隊と再接触しないよう迂回して日本本土へと帰還する!」
政綱のこの言葉をもって海戦は終わった。
と、誰もが思ったその時、見張り役の声が鳴り響いた。
「前方の島影より敵艦隊らしきものが見えました!」
「何だと!敵の伏兵か!?」
まさか伏兵まで事前に用意していたとは流石の政綱も予想していなかった。そもそも伏兵を潜ませていたという事は敵には自分達がこっちの方向へ来ると見越していた事になる。つまり、これまでの戦いは敵の思い通りの展開だったとも言える。先程の海戦全てが敵の作戦通りとは流石に信じたくはないが、少なくとも我々の退路は読まれていた。
「ヴァレンシュタイン公爵、か。やはり、侮れない男だな」
蒙古戦役の時もそうだったが、彼のやること全て化け物染みてる。
もう少し早く伏兵に気付ければよかったのだが、今となっては針路変更も間に合わない。こうなったら、敵中突破しかない。政綱はすぐに艦隊陣形の再編に務めた。
日本艦隊の前に現れた伏兵はロンメル将軍率いるウトガルズ級戦艦24隻で編成された艦隊である。
「公爵閣下の予想通り、こっちに来たな。よし、このまま敵の頭を抑えるぞ」
ヴァルキュリア艦隊の戦力は伏兵ということもあって低めではあるが、丁字戦法の形に持ちこめている。
ヴァルキュリア艦隊は日本艦隊を射程内に収め次第、順次砲撃を始めた。
ロンメル艦隊の砲弾に晒される日本艦隊は今だ戦列が整わず、各戦隊ごとにバラバラの状態で戦いを強いられる事となった。
この砲撃戦により日本艦隊はかなりの被害を被るも、ロンメル艦隊の敵陣を突破、というよりロンメルが故意に開けた突破口から脱出し撤退していった。
「このまま正面衝突しても、この戦力では勝ち目はない。無理に戦って敵の反撃を受けるのは愚策だ。それより倒せる敵だけを確実に倒した方が良い」
せっかく手柄を上げられる機会を逃すことを嘆く幕僚にロンメルは言った。
ラルフの作戦では、装甲艦による攻撃で日本艦隊に壊滅的打撃を与えて、ロンメル艦隊はあくまでも敗残兵の掃討が任務だったのだが、本隊が日本艦隊に予想以上に苦戦したために作戦の変更をロンメルは余儀なくされた。
ヴァルキュリア艦隊旗艦「シュヴァーベン」では皆が戦勝気分に浮かれていた。
幕僚達はワイングラスを手にして祝杯ムードになっている。
ラルフは今回の戦いを勝利とは捉えていないが、日本艦隊にかなりの損害を与えて撃退できたのは事実。部下達を前にワイングラスを掲げて勝利を祝った。
「閣下!輸送船団より通信が来ました!アメリカ艦隊の襲撃を受け、護衛のオセアニア艦隊共々壊滅したようです!!」
「アメリカだと!」
と、ユリアはいつになく驚いた表情を見せて言った。
アメリカ太平洋艦隊はハワイ近海にいるはずで、輸送船団を襲えるはずがない。幕僚達が騒ぎたてる。
そんな中、ラルフは何かを察したように薄ら笑いを浮かべる。
「そういうことか」
「?どういうことだ?ちゃんと説明しろ」
そうユリアが聞くとラルフは語り出す。
「日本は我等と海戦に及ぶ前にアメリカ太平洋艦隊に輸送船団の情報を流していたのだろう。そして、先程の海戦は輸送船団と我々を分断するための策でしかなかった。アメリカ太平洋艦隊は南米とオセアニアの間の海域辺りに待ち伏せして船団を襲い、我等はまんまと日本艦隊の陽動作戦に引っ掛かったというわけだ」
スールー海海戦は戦術的にはヴァルキュリアの勝利に終わった。しかし、南米へ物資を届けるという目的が果たせなかったために戦略的には敗北したことになる。




