スールー海海戦
宝暦1937年10月10日。
日本艦隊とヴァルキュリア艦隊はスールー海にて衝突する事となった。
このスールー海は北西はパラワン島、南東はスールー諸島、南西はカリマンタン島、北東はビサヤ諸島と四方を島々に囲まれている海域である。
両艦隊は正面から縦陣形にて近付く。しかし、ヴァルキュリア軍が4列縦隊であるのに対し日本軍は2列縦隊と艦隊の厚みの差は明らかだった。
しかし、数が多いためなのか、実戦経験が不足がちの新兵集団だからなのかヴァルキュリア軍の動きは妙に遅い。その点を政綱は見逃さなかった。
幕僚達と共に甲板の司令部にいる政綱は艦隊に指示を飛ばす。
「敵は動きが鈍い。2列縦隊を左右に展開させて両側面から敵に砲撃を浴びせよう!」
政綱の作戦は理に適った的確なものと言える。数で勝る敵に対して機動力を持って対抗しようというのは妥当だと誰もが思った。
政綱の命令はすぐに全軍に通達された。そして、適当な所まで近付くと左翼を指揮する海軍総裁の島津義昭と右翼を指揮する政綱はそれぞれ艦隊の針路を変えてヴァルキュリア艦隊を包囲する動きを見せた。
この動きを旗艦「シュヴァーベン」の甲板の司令塔から見ていたラルフは満足気な表情を浮かべる。
「流石は知恵伊豆。理に適った策だ。しかし、教科書通りでもあるな。最左翼及び最右翼は本隊の戦列から離れ、我等を挟み撃ちにしようとする敵艦隊のさらに外側へと回り込むのだ」
ラルフは4列ある艦隊の内、両端の艦隊をそれぞれ日本艦隊の外側へと移動させる事で、日本艦隊も挟み撃ちに置かれる状況を作ろうとした。
ヴァルキュリア軍の動きに政綱は動じない。
「敵の動きに惑わされるな!敵の本隊さえ叩けば我等の勝利だ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
双眼鏡を手にしている幕僚の1人が叫んだ。
「敵本隊の様子が変です」
それを聞いた政綱はすぐに双眼鏡を手にしてヴァルキュリア艦隊本隊の方を見る。
よく見ると確かに本隊の前から3番目以降の軍艦はこれまでに見た事ない形をしている。艦首水面下に衝角をもつ平甲板型船体に帆走用の3本のマストの軍艦だ。船体の側面には分厚い装甲板が貼られており、艦砲は37基設置されている。
「敵艦隊、射程距離内に入りました!」
「・・・撃ち方、始めぇ!」
ヴァルキュリアの新型艦に動揺する政綱だが、部下の報告を聞くと気を取り直してすぐさま攻撃命令を下した。いくら敵が分厚い装甲を用意しようとも決して無敵というわけではない。砲撃を間断なく浴びせれば必ず突破できるはずだ。
しかし、政綱はすぐに自分の考えが甘かったという現実を突きつけられた。
日本艦隊の砲撃はその悉くが新型艦の装甲によって防がれた。対して、ヴァルキュリア軍の砲撃は命中精度こそ高くはなかったが、当たれば爆発して大損害をもたらした。
旗艦「シュヴァーベン」にいるラルフは満足気な表情を浮かべる。
「装甲艦は実に良い軍艦のようだな」
ラルフの言葉に、爽快そうな顔をしてユリアが答える。
「私の発案だぞ。当たり前だ。そんな事より、敵は大慌てだろうな」
「ふッ。そうだろうな」
この時、ラルフは決して油断をしているわけではないが、既に勝利はほぼ確実だろうと考えていた。
「こんな単純な手で劣勢に陥るとは。知恵伊豆との再戦は楽しみだったんだが、期待外れだったな」
ユリアの提案により建造された装甲艦は、両舷いっぱいに120mmの錬鉄製の装甲板を貼る事で炸裂弾への防御力を高めた軍艦である。速力は通常の艦に劣るものの敵の砲撃に対する防御力は絶大だった。
新兵ばかりのヴァルキュリア軍太平洋艦隊を、ラルフはこの装甲艦によって強化しようと考えたのだ。
旗艦「三笠」の甲板上から予想外の劣勢を歯痒い思いをしながら眺める政綱。
「・・・こうなったらやむを得ない。全ての艦隊に通達しろ。四号作戦始動、と」
「よ、四号作戦をですか!この状況下では危険過ぎるのでは?」
「分かっている。だが、下手の小細工程度ではあのヴァレンシュタイン公爵には勝てないだろう。なら、ここは大博打に出るしかない」
『四号作戦始動』この言葉はすぐに無線を通して日本艦隊の全ての軍艦に通達された。
すると、ほんのわずかな時間で、日本艦隊の動きに変化が現れた。日本艦隊の各地で戦列を離れてヴァルキュリア艦隊本隊へと艦首から突撃しようとする艦が続出した。
皆、5,6隻単位で編成される戦隊毎に行動し、ヴァルキュリア艦隊本隊へと向かう。
日本艦隊の各艦には、艦首に舷側砲とは違うタイプの艦砲が設置されていた。これは四号作戦の要となる大蛇砲という新型艦砲である。ライフリングを施して遠距離での命中精度を高めたライフル砲の大蛇砲はまだ生産性が低い事もあって各艦に一門しか配備されていない。
ヴァルキュリア艦隊の砲撃は、砲兵の練度が低い事もあって分散した敵に中々当たらないという意外な短所がさらけ出された。
そして、日本艦隊の大蛇砲が次々とヴァルキュリア艦隊に向かって火を吹き出した。放たれた砲弾はまっすぐ敵艦に向かい喫水線ギリギリの舷に命中した。装甲艦は艦体の重量化を軽減するために船底から喫水線までの装甲は必要最低限にされ、喫水線辺りの装甲は薄めになっている。砲弾は薄い装甲を粉砕して艦内に海水を流し込んで沈没へと追いやっていく。
その様を装甲艦発案者のユリアは苦々しく見ている。
「ああも、弱点をピンポイントで突いてくるとはな・・・」
「日本はこちらよりも高性能な艦砲を持っているようだな。加えて砲兵の腕もこちらとは比べ物にならん」
ラルフは冷静に状況を分析している。
「このまま消耗戦に持ち込まれては双方共に損害は無視できない。我等は今の単縦陣を維持して進むしかない、か。知恵伊豆め、やってくれたな」
「で、どうするんだ?まさか本当にこのまま行くつもりか?」
「ああ。いくら敵の方が砲撃に長けていようと、あのようなバラバラな布陣ではいずれ息切れして終わるだけだ」
大蛇砲の性能と砲兵の腕を持ってしても、全ての砲撃が有効弾になるとは限らない。外したり、装甲に阻まれる砲弾も必ずある。いや、むしろそちらの方が多いはずだ。ここは下手に相手の挑発に乗って動くより耐えた方が上策だとラルフは考えた。
「それに、両翼の艦隊も敵を背後から撃とうと動くだろう」
戦況は一見すると日本軍が優勢に見えるが、実際の所はどちらが優勢とも言い難かった。




