知恵伊豆の出陣
インドシナ属州でラルフが南米遠征の準備を進めている頃、日本・大宰府でもある作戦の用意が進んでいた。それを指揮しているのは、大坂幕府大老・松平政綱だった。
知恵伊豆と評される彼は、かつて唐国建国やヴァルキュリアのアジア侵攻の阻止という偉業を成し遂げており、東シナ海海戦ではヴァルキュリアの双壁のブランデンブルクを破っている。
そんな政綱が今進めている作戦とは、インドシナ属州にいるラルフの南米支援の妨害である。
宝暦1937年10月6日。
政綱は大宰府に幕府海軍の高官達を集めて軍議を開いた。
「インドシナ属州にてヴァレンシュタイン公爵の新設している太平洋艦隊はしょせんは急ごしらえの新兵集団でしかない。これを殲滅し、ヴァルキュリアの南米支援を妨害するのだ!」
政綱の狙いは、南米のブランデンブルクを孤立させる事で、南米のヴァルキュリア軍を壊滅に追い込もうとしていたのだ。
「目的はそれだけではない。我等がヴァレンシュタインの太平洋艦隊を全滅させ、さらにアメリカ軍が南米のブランデンブルクを破れば、ヴァルキュリアに付いているオセアニア王国もこちら側に寝返るだろう」
太平洋戦略の要になるのはやはりオセアニアである。この国をどちらが味方にできるかで全てが決まるのだ。
「唐海軍にも協力を願い、インドシナへと艦隊を進める!」
これが政綱の決断だった。しかし、これに異議を唱える者も少なくはない。海軍総裁の島津義昭もその一人。
「恐れながら、政綱様。今、我が国と唐はヴァルキュリアと停戦状態にあります。この協定を破棄すれば、極東方面軍のカレンベルク侯が好機と見て軍勢を進軍させるでしょう!今の唐にヴァルキュリアの攻勢を受け止めるのは無理です!」
謀略に長けたカレンベルクの事だ。隙を見せれば、どんな手を使ってでもアジアを攻め取りに動くのは間違いない。唐は建国したばかりで国内はまだまだ万全とは言えず、軍備も不十分だ。
とてもヴァルキュリアの全面攻勢には耐えられないだろう。
政綱もそれは分かっているが、このままラルフを放置するのはリスクが大き過ぎる。何より、これは好機なのだ。ヴァルキュリアの双壁をほぼ同時に敗北に追いやる。
「ヴァルキュリアの双壁は、ヴァルキュリアの力の象徴でもある。これを打ち破れれば世界はこれをヴァルキュリアの衰退と見るはずだ」
ヴァルキュリアに敗北はない、と誰もが思っていたが東シナ海海戦がその常識を見事覆した。確かにその時もヴァルキュリアの衰退を見たかのように世界中の人々は思った。
ヴァルキュリアの双壁が倒れれば、ヴァルキュリアにどれほどの影響が及ぼされるかは誰にも予想できない。
政綱の熱意に押されて、皆は彼の作戦に賛同した。だが、島津義昭は1つ条件を出した。
「唐は極東方面軍を食い止める防波堤になってもらうのが上策かと存じます。故に唐海軍への援軍要請は行なわないで頂きたい」
「・・・分かった。では、すぐに動いてくれ。出せる艦隊は全てインドシナに向けて出港させる!」
宝暦1937年10月8日。
日本艦隊は、政綱の乗艦する「三笠」を旗艦に港を出港した。
目標は南米に向かうヴァルキュリア艦隊である。
だが、その情報はすぐにヴァルキュリア艦隊の指揮を執るラルフの下へと伝わる事になる。
ラルフは旗艦「シュヴァーベン」の甲板で海風に当たりながら広い海原を眺めていた。そこへロンメルが1枚の報告書を持って現れた。
それを手に取り中身を確認するとやはりか、と呟いた。
「あの知恵者め。唐侵略に続いて、また私の邪魔をするつもりだな」
ラルフは自分が動けば、日本が動くであろう事を既に予測しており、日本近海に監視の目を光らせていたのだ。
ロンメルが如何なさいますか、と問う。
「こちらは輸送船団を抱えている。戦闘をするにはリスクが大き過ぎる」
「では、このまま南米へ直行しますか?」
「それが良いだろうが、それではヴァルキュリア選帝侯の名に傷が付く」
ヴァルキュリアは無敵なのだ。その法則が崩れる事はラルフにとって不利益でしかない。ヴァルキュリアが衰えたと思われては、オセアニアが日本・アメリカ側に付いてしまい、太平洋制覇は不可能になるからだ。
ここは日本に打ち勝って自分達の力を固持する必要がある。
「船団護衛はオセアニア海軍に任せ、我等は日本艦隊撃滅に向かうぞ」
ラルフは後ろの椅子に座ると、妙に楽しそうにまた目の前の大海原を眺める。
この時、ラルフ自身は気付いていないが、今の彼は珍しく高揚している。それは蒙古戦役時の決着を着けられるという思いから来ている。かと言って、ラルフは一時の感情の高ぶりだけで命令を下したわけではない。ちゃんと冷静に考えた末の決断である。しかし、彼の決断を後押しした事は間違いないだろう。
「知恵伊豆か。・・・やはり、世界とは面白いな」
2人の名将が再びぶつかる時もそう遠くはない。




