戦友
宝暦1937年10月5日。
ブランデンブルクが大敗北をしたマナウスの戦い同日、インドシナ属州ホイアン帝国都市にいるラルフの下に南米戦線支援の要請をオセアニア王国にする、という命令書が届いていた。
純白の宮殿のような様式をした総督府の庭園で、ラルフはそれを受け取った。
命令書を一通り読むとラルフは小さく微笑む。
「陛下はだいぶ必死だな。南米などに拘っても、今更意味などないというのに」
「一体、陛下の勅命は何だったんだ?」
傍にいたユリアはラルフから命令書を取り上げると、それに目を通す。
文を読むにつれて段々ユリアの顔もにやけていく。
「確かに必死らしい。オセアニアに支援要請とはな。しかし、南米に拘っても意味がないというのはどういう事だ?」
「大西洋の制海権を奪われた今、ブランデンブルク侯には悪いが、遅かれ早かれ南米戦線は崩壊するだろう。だったら、ここは撤退してブリタニアやアフリカとの戦いのために戦力を温存しておくべきだ」
「なるほどな」
「ユリア、すぐにオセアニア王国に使者を送れ。物資の支援、それと、」
ラルフが言葉を続けようとすると、ユリアが間に割って入る。
「南米からの退却時の支援、だろ?」
「ああ。そうだ」
ラルフは、オセアニア王国に使者を送り、自身は南米に送る援軍の用意に入る。
早速、総督府の執務室にロンメル将軍を呼び出した。
「御呼びでしょうか、公爵閣下?」
「ああ。まだ出立の日時は未定だが、近く南米戦線に援軍として向かう事になった。ロンメル、お前にはそのための部隊を用意しておいてもらいたい」
「南米へ?ここからですか?」
大西洋の制海権が手に入らない以上、太平洋航路を使うしかない。それは分かるが、ここから向かうとなると広い太平洋を横断する事になり、非常に面倒な作戦になるだろう。
「今、オセアニアに使者を送って後方支援の要請を行なっている。その目途が立ち次第、すぐに出撃するぞ」
「分かりました。南米でブランデンブルク侯が敗北すれば、ヴァルキュリアの双壁も地に落ちますな。そのとばっちりを受ける閣下も良い迷惑だぁ」
「名などどうでもいいさ。大事なのは、ブランデンブルク侯が生きて帰還することだ」
ラルフの言葉にロンメルは少し驚いた。双壁と称される以上、ラルフにとってブランデンブルクは政敵でしかない。ラルフにしてみれば、今後の政争の事を考えれば、ここでブランデンブルクには死んでもらった方が都合がいいだろうに。
そんな事をロンメルが考えていると、ラルフは小さく笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「ブランデンブルク侯には、まだまだ俺と一緒に陛下の片腕として働いてもらわねばならん。俺一人では、とてもあの陛下の御意はなし切れんからな」
ラルフにとって、ブランデンブルクは政敵ではなく、共に征服帝と評されるフリードリヒ2世の覇業を最前線で支える戦友なのだ。
それだけではない。口にする事はないが、ラルフはブランデンブルクを選帝侯としても将軍としても尊敬する先輩と言えた。ラルフよりも10年早く将軍として戦果をあげていた彼は、ラルフにとって憧れの存在でもあり、ラルフが政治面よりも軍事面で将軍として活動する事を好むのもブランデンブルクの存在が大きかった。それ故に、ヴァルキュリアの双壁として彼と肩を並べるようになった事はラルフにとって何よりも嬉しい事だったのだ。
「そんなことより、すぐに出動部隊の用意をしてくれ」
「承知致しました」
数日後、帝都コンスタンティノープル・ヴァルハラ宮殿の豪華絢爛な大廊下を、選帝侯マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ヴィッテルスバッハ侯爵が意気揚々としながら歩いていると、前からヴァルキュリア第5皇女ルイーゼ・ウルリーケ・フォン・ヴァルキュリアが不機嫌そうな現れた。
ヴィッテルスバッハはルイーゼの前で足を止めると頭を下げる。
「これは、皇女殿下」
「あら、ヴィッテルスバッハじゃない。どうした?随分嬉しそうね」
「いえいえ、そんな事は」
何かを隠そうとしているヴィッテルスバッハにルイーゼは不審な目を向ける。すると、なぜ彼が上機嫌なのかすぐに察しがついた。
「あ~あ、そういう事。ブランデンブルク侯爵が南米で劣勢なものだから、これで彼との差が広がらずに済んだ。寧ろ、東シナ海海戦での大敗と相俟って、ブランデンブルク侯の立場が危うくなれば、逆に自分にもチャンスが巡って来る。なんて思ってるんでしょ」
「そ、そのような事は!!同胞の劣勢を喜ぶものなどいるものですか!」
必死に否定しようとするヴィッテルスバッハ。
「ふ~ん。まあいいわ」
どうもルイーゼは不機嫌に思える。そう感じたヴィッテルスバッハはルイーゼに、何かあったのですか?とさりげなく聞いてみた。
すると、ルイーゼはそっぽを向きながら答える。
「別に。ただ、最近は暇でね~」
ルイーゼは先の蒙古戦役の折に婚礼破棄の条件として1000万トンの魔導石を個人的に唐国から受け取っていた。その魔導石を軍部や商人に売り捌く事で莫大な資産を手に入れ、それを使ったマネーゲームに興じていた。今では、元手となっていた1000万トン分の魔導石が5000万トン分は買えるほどの額のお金で個人で保有しており、官僚貴族などはルイーゼの経済センスに仰天されられていた。
と言っても、最近ではそのマネーゲームにも飽きてしまったようで、その膨大な資産を持て余しているのだが。
「ラルフはずっとアジアだし」
ルイーゼはラルフと幼馴染で、幼い頃はよく遊んだ中だった。しかし、現在の二人の仲はそれほど良好ではないという噂があったのだが、今のルイーゼの様子を見ているとラルフに会えなくて寂しそうにヴィッテルスバッハには見えた。
「皇女殿下は随分とヴァレンシュタイン公にご執心なのですね」
ルイーゼは頬を赤くすると、扇で顔を隠す。
「そ、そんな事ないわよ!あいつはただの幼馴染ってだけ!」
そう言うと、ルイーゼは早々とその場から去って行った。




