ジグマリンゲンの策略
インドシナ属州への赴任が間近に迫る中、ラルフは長期間帝都や領地のイタリア属州を空けることになるので、その為の準備で忙しくしていた。
所用でヴァルハラ宮殿を訪れ、大廊下を歩いていると数人の御供を従えた男が声をかけてきた。
「おお、ヴァレンシュタイン公ではないか。まだ帝都におったのか。またアジアへ行くと聞いていたが」
外見からして30代後半頃で、ブランデンブルクには及ばないもののしっかりしたガタイに肩まである金髪をした男の名はハインリヒ・テオフィル・フォン・ヴァルキュリア。フリードリヒ2世の第3皇子。ヴァルキュリアの双璧には劣るが、優秀な将軍であり各戦場で戦果を上げ続けている。最近でもスカンディナヴィア属州で起きた大規模な反乱を少数の戦力でわずかな期間で鎮圧するという功績を上げていた。
また、アラビア属州の属州総督でもあり、彼の行政手腕は帝都でも同地属州民の間でも高評価を得ている。
「これはハインリヒ殿下。アジアへはもうじき向かう予定です。殿下こそ、今はアラビアのはずでは?」
「なあに、少々野暮用でな。すぐにまたアラビアへ戻る。そういえば、アラビアにはベルリンに不穏な動きがあるという噂があるが、本当なのか?」
ベルリン。それはヴァルキュリアの最高権威者たるベルリン教皇の座す地である。
教皇ルートヴィヒ4世と皇帝フリードリヒ2世は元々険悪な関係で、フリードリヒ2世を失脚させようと謀略を巡らしているという噂は確かにラルフも聞いた事があった。
「私も噂には聞いておりますが、それは今に始まった話でもありません事ですし。そう気にされる必要もないでしょう」
だが同じ頃、この噂を真剣に受け止める人物がいた。帝国宰相・ジグマリンゲン侯爵である。
ジグマリンゲンはフリードリヒ2世に対して教皇権威の牽制を行なう事を申請した。
「皇帝陛下、これ以上教皇を野放しにはできません。後顧の憂いを断つためにも何らかの策を講ずるべきかと」
「それは分かるが、具体的にどうせよとそちは申すのじゃ?」
「教皇はガリア属州に、点々とでは御座いますが多数の領地を有しております。これをブリタニアに攻めさせるのです」
「何じゃと!?」
ジグマリンゲンの大胆過ぎる策にフリードリヒ2世は驚くのと同時に呆れ返る。
ブリタニアの軍事力を考えても、ドーバー海峡を越えてわざわざガリアを攻め込むような真似をするとは到底考えられない。仮に侵攻してきたとしても教皇領をうまいこと戦火に巻き込んでくれるという保障は皆無である。
確かにブリタニアがガリアの教皇領を戦火で焼き払えば、教皇の経済基盤は大きな打撃を受けてしまうだろう。教皇の武力と財力を削ぐという意味では十分な効果が期待できる。
「そのためにアメリカを挑発するのです。南米へ侵攻してアメリカを戦争へと引きずりこみ、ガリア侵攻へと導いてやるので御座います」
「そう都合よく行くのか?」
「少々時間は要しますが、この私にお任せ下さい」
「・・・良かろう。そなたに任せる」
「必ずや陛下の御期待に応えてみせます」
うまくアメリカを誘い出せれば、教皇の財力を削ぐだけでなくブリタニアやアメリカとの戦局も一気に揺れ動く事になるだろう。
極東戦線が宥和政策に方針転換して、極東方面軍の大半は撤収して手が空いていた。いざとなれば、この戦力を用いて押し寄せてきた敵軍を殲滅し、ブリタニア本土侵攻及び大西洋の制海権確保のきっかけにしようとしていた。
現在、ジグマリンゲン侯はヴァルキュリアの経済力・軍事力の強化のために様々な策を行なっている。その一つが帝国都市である。
これは各属州に設置された、ヴァルキュリア市民権を持つ者のみが住む事を許される城塞都市。ヴァルキュリア市民権を持つ生粋のヴァルキュリア人と属州民の差別化を図るために設けられたシステムで、他にも征服した地域にヴァルキュリア人を送り込む事で生存圏を広げる役目も果たしている。
帝国都市自体は昔から存在していたが、ジグマリンゲン侯はここにライヒ市民権というものを設けた。これは属州民に与えられる権利で、取得した者は帝国都市への居住権を得る事ができるというものだった。その他にも属州民に比べて免税や権利が得られる。
このライヒ市民権を属州民が手に入れるには、ヴァルキュリア軍にて20年の兵役期間を務めて退役する必要がある。また、その子供には自動的にライヒ市民権が授与されるシステムになっている。
軍の兵力補充と市民増加による帝国の生産能力向上を図った策である。
次に帝国クライス。これも元々習慣的に存在していたのだが、ジグマリンゲン侯がシステム化して再構築した治安維持制度。ヴァルキュリア領内には皇帝領、貴族領、教会領などが細かく区分けされており、小さい領地で行なわれた破壊活動には対処が遅れる等の問題があった。そこで各領地での対処能力を超える事態が発生した場合、そこの属州総督が属州内の軍隊の指揮権を有して問題の解決にあたる事で、無用な戦火の拡大を防ぐ効果があった。属州総督は有事の際には属州内にある領地の軍隊全ての命令権が移譲され、各領地での軍資金の徴収権もある。どんな上流貴族の領地であっても例外は認められない。これは総督が皇帝の代理人という形を取っているため可能になっている。
属州でも手に負えない場合は隣接する属州の軍隊が救援に駆け付け、それでも厳しいと判断したら皇帝の勅命により討伐軍が編成されるというシステムで、ヴァルキュリアの治安維持能力は拡大の進歩を見せていた。




