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新たなる布陣

宝暦1937年7月26日。

ラルフは帝都コンスタンティノープルに凱旋すると、ヴァルハラ宮殿の皇帝と選帝侯がいつも会議を行なう広間へと向かった。

広間の中央に構えるテーブルに次々と選帝侯が集まり出し、後は帝国宰相ジグマリンゲン侯と皇帝フリードリヒ2世を待つだけとなった。そんな中でカレンベルク侯が見下すかのような表情をしてラルフに向けて口を開く。

「よもや、ヴァレンシュタイン公まで東洋人如きにまんまとやられて帰ってくるとは、流石に思いませんでしたよ。ブランデンブルク侯といい、ヴァレンシュタイン公といい、ヴァルキュリアの双璧が聞いて呆れますな」


カレンベルク侯の言葉に、悔しそうな顔をするブランデンブルク侯だが、一方ラルフにはそんな様子は見られず、ただ黙って彼の言葉に耳を傾けているだけである。

それを見かねたのか、最年長の大司教・マインツ大司教が間に割って入る。

「カレンベルク侯、少々言葉が過ぎるのではないか?ヴァレンシュタイン公は唐から領土の半分以上を奪い取り、ヴァルキュリアの発展に大いに貢献されたではないか」


「皇帝陛下の目的はユーラシア全土の征服であったはず。東洋人如きを相手にそれも果たせず、おめおめと逃げ帰ってきたヴァレンシュタイン公を大司教猊下は賞賛せよと言われますか?」


マインツ大司教は握り拳を作ってテーブルを叩き付けた。

「逃げ帰ったとは無礼であろう!」

今いる選帝侯の中で、最も長い期間選帝侯を務めていたのはマインツ大司教であり、老いた今でもその経験が生み出す威厳と貫禄は、まだ若いカレンベルク侯の心を圧した。

「・・・し、失礼しました」


マインツ大司教の叫び声を聞いてようやくラルフが口を開いた。

「大司教猊下、御気遣い感謝致します。しかし、私が皇帝陛下の御意思を果たせなかったのは紛れもない事実です」


「それはそうかもしれぬが・・・」


会話の途中で、扉が開きフリードリヒ2世が現れた。

選帝侯は皆一斉に席から立ち上がり、ヴァルキュリア式敬礼をしながら「皇帝万歳ハイル・カイザー」と叫んだ。

フリードリヒ2世は席に座ると、一同を見渡してラルフに視線を向ける。

「ヴァレンシュタイン公、極東戦線では御苦労だった。だが、日本軍が出てきただけで戦争継続をあきらめたのはなぜだッ!?例の知恵伊豆が恐ろしかったのか!?」

怒り狂っているわけではないが、決して穏やかではない口調で問い付ける。

それに対してラルフはあくまで冷静に返答を述べる。

「あのまま戦闘を無暗に継続しても、相手のペースに乗せられたままになり消耗戦に持ち込まれるのは明白でした。ならば、より確実な利益を追求した方がいいと考えましたので、私は講和を選びました」


「では、貴様は今のままではヴァルキュリアは東洋人どもには勝てないと申すのか?」


「決してそのような事は御座いません。ですが、この後の戦略を考えますと・・・」


「分かった。もういい。極東方面はこのまま和平路線で進めよう」


フリードリヒ2世は玉座に最も近い右側の席に付くジグマリンゲン侯に右手を上げて合図を送る。

すると、ジグマリンゲン侯は手にある資料を持って席を立ち上がる。

「では、これより皇帝陛下の今後の征服計画を説明致します。皇帝陛下はシャルンホルスト大佐の意見書をお読みになられ、大佐の提案した参謀本部制度の構築を決定されました」

参謀本部とは、軍備計画・動員計画・兵站・人事などを担う機関で、各貴族がバラバラに編成している騎士団オルデンの指揮系統をより纏める事を主目的に考案されている。

領土が広がり、広大な領域に拡大し続けている戦線を維持するためには従来のやり方では支障があると感じていたジグマリンゲン侯はシャルンホルスト大佐の意見書に感銘を受けてすぐにフリードリヒ2世に奏上し、採用される事となった。

「この参謀本部を束ねる参謀総長にはルドルフ・フォン・ハプスブルク大公閣下に就任して頂きます」


一同の視線が玉座に最も近い左側の席に座るハプスブルク大公に視線を集中させる。

皆の視線を集める40代頃の長い茶髪をし大柄の男は、ありがたき幸せに御座います、と答えて軽く一礼をした。

ハプスブルク大公家は神聖ヴァルキュリア帝国で唯一の大公にして帝国最高の貴族だ。その出自は初代皇帝カール1世の時代にまで遡り、帝国建国の最大の功労者だったハプスブルクにカール1世はその功績として大公位を与えた。かつては帝国宰相を世襲化するなど名実ともに絶大な権勢を振るったが、徐々に宰相の世襲は無くなり、選帝侯制度の誕生もあって権威はあるが実は無いという状態になっている。


「そして、ヴァレンシュタイン公にはインドシナ属州の属州総督。ブランデンブルク侯には南米侵攻の任に付いて頂きます」


フリードリヒ2世は太平洋進出の足掛かりとしてインドシナ属州を橋頭保とするために、その先駆けとしてラルフを派遣する事にした。

そして、今は中立国だがいずれ必ず脅威になるアメリカに先手を取るためにブランデンブルク侯を南米へと派遣し、アメリカに反感を持つ南米の現地勢力と共同でアメリカの勢力を削ごうと画策した。既に南米のアルゼンチン政府とは反アメリカ戦線の構築で話が着いており、ヴァルキュリアの武力が南米に殺到すれば他の現地勢力も一気にヴァルキュリア側へと付くだろう。


ここで、カレンベルク侯がフリードリヒ2世に質問を求めた。

「恐れながら、北アフリカ戦線とブリタニア戦線は如何なさるおつもりでしょうか?」


「アフリカは今のままでも十分戦線を維持できる。ブリタニアにしても今、ドーバー海峡の制海権が確保できない以上、下手に動いたところで損害が増えるだけだ」


「しかし、このままではあまりに戦線が拡大し過ぎ、補給等にも支障を来たすのではないかと懸念されますが」


「そのための参謀本部だ。それにアジア方面での軍事行動をしばらく抑える。ヴァレンシュタイン公をインドシナ属州に向かわせるのはあくまでアジアに睨みを利かせるためであって、主力は南米へと振り向ける」


南米を勢力下に置いてしまえば、大西洋の制海権確保が容易になる。そうなれば、ブリタニアもアフリカもヴァルキュリアの勢力範囲に孤立してしまう事になり、彼等の戦意を奪うのにも一躍買うだろう。

征服事業は続けるが、全体的には対外拡張政策は縮小し、領土整備政策へと徐々に力を入れていくというのがフリードリヒ2世の方針だった。

ラルフの後任として極東方面軍司令官にカレンベルク侯を付ける事でアジア方面にも睨みを利かせ、好機があればインドシナのラルフと呼応させて一気にアジア征服を遂行しようとも目論んでいる。

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