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蒙古戦役・前編

インド属州・デリーに戻ってきたルイーゼは北京であった事を全てラルフに伝えた。

作戦通りの展開にラルフは喜びの声を上げる一方で、予想以上に秦内でのクーデターが迅速に行なわれたために驚かされもした。

こうなった以上はのんびりしている時間は無い。

極東方面軍司令部の司令室に将官達を緊急招集してラルフは講和の取り消しと今後の作戦についての説明を行なった。

「我が軍に敵対する勢力は全て根絶やしにしろ!神聖なるヴァルキュリア帝室を侮辱した東洋人をいい気をさせるなッ!」


司令室に「ハイル・ヴァルキュリア!」の叫び声がこだまする。

極東方面軍は全戦力を持って新国家・唐国への総攻撃を開始する事が決定された。




宝暦1937年6月30日。

ラルフは自らヴァレンシュタイン騎士団オルデンを率いて出撃し、さらに極東方面軍全軍に北京を目指して進軍を開始するよう命令を下した。北はシベリアから南はインドまで続く大攻勢は正にアジアの大地を揺るがせるほどの勢いだった。

ヴァルキュリアの侵攻を受けた地方領主の中にはクーデター政権である唐王朝に賛同できず、秦王朝の再興を条件にヴァルキュリアに対して無血開城をする者や無条件で中立宣言をする者などが多数現れた。これによりヴァルキュリア軍はほぼ無傷で次々と唐から領土を奪っていった。

この日の内にラルフ率いるヴァレンシュタイン騎士団オルデンもビルマのネピドーを制圧し、ここに仮司令部を設置した。



この非常事態に北京の天帝皇宮では姚亥ヤオ・ハイが筆頭になって対ヴァルキュリア戦の作戦会議を行なっている。しかし、ヴァルキュリア軍の怒濤どとうの進撃の前に手も足も出ないというのが正直な現状である。

「現在の所、ヴァルキュリア軍の侵攻を受けた領主の内、3割は降伏。2割は中立化。2割は領地を捨てて逃亡。3割が応戦。このように、ほとんどの地方領主はヴァルキュリアと戦おうとしません」


「ヴァルキュリアへの恐怖心と我等がクーデター政権だという事への不信感によるものでしょうなぁ」


姚亥ヤオ・ハイ殿、このままでは国内を纏め上げる時間がありません」


そんな事は勿論全員が承知している。姚亥ヤオ・ハイの予測よりもラルフの動きはあまりに早過ぎた。せいぜい後3日間は準備に要すると踏んでいたのだが。

とはいえ、仮に3日の猶予があれば十分か、と問われればとても無理な話である。

「始めから講和が成立するとは思っていなかったという事か。何とも厄介な敵だ」

誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

「だが、こちらには日本ヒノモトという心強い同胞が付いている。松平政綱殿はヴァルキュリアの抑えは日本軍が引き受けると申し出て既に動いているのだ。我が唐軍主力は全力を挙げて国内平定作戦を実施する!」


現在、政綱は日本本土から呼び寄せた20個師団と唐軍の一部を率いてヴァルキュリア軍迎撃の準備を進めている。その間に唐軍主力は今だヴァルキュリアの侵攻を受けていない地域の反抗勢力を叩き潰して唐の国内を纏め上げなくてはならない。

日本軍がヴァルキュリアの足止めをしていられるのはせいぜい1週間が限度だろうから、それまでに何としても姚亥ヤオ・ハイは唐全土を掌握しなくてはヴァルキュリアの圧力を跳ね除ける事は不可能になってしまう。




宝暦1937年7月1日。

早朝、破竹の勢いで進撃を続けるヴァルキュリア軍に対し、遂に日本軍の反撃が始まる時が来た。

政綱はこの時、モンゴルに直属の1個師団を率いて展開しており、彼自身も日本軍の主力ガーディアン叢雲ムラクモに搭乗している。

「政綱殿、偵察隊よりヴァルキュリア軍およそ3個師団の接近を確認したそうです」

無線機を通して入ってきた部下からの報告に政綱は「分かった」とだけ返事した。

既に作戦は全軍に知らせてあり、後はヴァルキュリア軍が来るのを待つだけである。



この報告にあった3個師団とは、ザルムート大将の指揮するザルムート騎士団オルデンだ。

ザルムートは今年で30歳と若いながらも大将にまで出世した人物であるが、これは彼の実績によるものではなく、彼が由緒ある子爵家の当主である事に由来していた。

ヴァルキュリア軍は、基本的に皇子や貴族などが各自に編成した騎士団オルデンによる連合軍という形態を取っている。そのため、騎士団総司令にはその騎士団の規模に応じた将官階級が与えられる。

また、名門の貴族には能力の有無に関係無く高位の階級が与えられるのがヴァルキュリアの慣例になっていた。

ザルムート騎士団オルデンは全速力で荒野を移動していた。

「全軍、このまま一気に北京へ侵攻!我等ザルムート騎士団の勇名を帝国中に轟かせようぞ!」


ヴァルキュリア軍の戦略的優勢からザルムート騎士団オルデンの士気は高かった。

しかし、それの勢いを挫くための罠が政綱によって彼等の進む先に潜んでいる事に気付く者は誰もいない。

騎士団オルデンの前衛の進む場所で突然爆発が起きた。それに巻き込まれて前衛部隊のゲフィオンが脚部を損傷して行動不能に陥った。

「敵襲!敵襲だ!」


「違うぞ!これは地雷原だ!」


「止まれ!全軍停止!停止!」


「工兵を前に出せ!地雷原を撤去させろ!」

ザルムート騎士団オルデンの全ゲフィオンの通信機に混乱の声が飛び交う。

せっかくの勢いを削がれてしまったザルムート大将はいささか不機嫌になる。

「早く状況を報告せんかッ!」


「は、はい!こちらの損害はおよそ20機。死者はいませんが、移動は困難かと」


参謀からの報告に舌打ちをすると、ザルムート大将は敵襲に備えて周辺の警戒を強めるよう命じた。

だが、彼の判断は遅過ぎた既に政綱は次の一手を投じている。



ザルムート騎士団オルデンが停止している場所からおよそ2㎞ほど南に下った所に、日本軍は榴弾砲80門を設置している。この榴弾砲は唐軍から借り受けたもので、有効射程は35000mほどである。

両者の間には小さな丘があり、ちょうどお互いの姿は見えないようになっている。

「撃てええッ!!」

政綱の命で、80門の砲口が一斉に火を噴いた。


放たれた80発の砲弾は上空を舞って、ザルムート騎士団オルデンに向かい落下する。

足を止めているゲフィオンを空から砲弾が襲い掛かり、炎と煙の中に消し飛ばす。

「間隔を広げて敵に的を絞らせるな!敵は必ずこの近くにいる!すぐに探し出せ!」

ザルムート大将はそう指示を出すが、前方には地雷原が広がっており、下手に身動きが取れない。

そうして戸惑っている間に政綱は次々と第2射目、第3射目を発射した。同じ場所でほとんど動いていない時こそ絶好のチャンスである。政綱はザルムート騎士団が散開するまでの間に何発でも砲弾を撃ち込んで敵に損害を与え続けた。


そして、第6射目を打ち終えた時、全ての叢雲に攻撃開始を命じた。するとザルムート騎士団オルデンの左右にいきなり叢雲が出現した。精確には叢雲は地中から現れたのである。

日本軍はヴァルキュリア軍の来るであろうポイントを想定して、そこを囲うように塹壕を掘り部隊を潜ませていたのだ。

「て、敵だ!」


「何だあれは?秦の新型機か?」

日本軍とガーディアン戦の経験を持たないヴァルキュリア軍は叢雲に関する情報がほとんどなく、叢雲の事を唐軍の新型ガーディアンと勘違いした。

左右に叢雲隊が展開した事でザルムート騎士団オルデンは日本軍に囲まれる形となってしまった。

浮足立つザルムート騎士団オルデンに日本軍は容赦のない銃撃を浴びせる。

ザルムート大将は戦況を不利と考えて撤退を命じる。

「ええい!退け!ここは退くんだ!」

敵の戦力が分からない以上、待ち伏せをしていた敵と交戦をするのは危険が大き過ぎる。

彼は確かに身分と家の武力で大将の地位を手に入れた男であるが、戦況を見極める能力はそれなりにある。1度不利と判断したら、無様な消耗戦を避けて戦略的撤退の行なえるだけの判断力と決断力は持ち合わせていた。


こうして日本軍はまったく損害を受ける事もなく3倍の敵を追い返す事に成功した。




ザルムート騎士団オルデン一時後退の報が、ビルマのネピドー仮司令部にいるラルフの下に届いたのは正午頃の事だった。

「ほう。ザルムート騎士団オルデンが押し返されたか。まあ、そのぐらいの事はあっても当然だ。敵も故郷を守るために必死だろうからな」

戦略的優勢とはいえ、敵の抵抗が柔なはずはないと考えていたラルフにとっては想定内の結果だったため、それ程事態を重くは見ていない様子でいる。


「とはいえ、閣下。ザルムート騎士団オルデンの抜けた穴はどうにか埋めねばなりますまい」

そう言ったのはヘルマン・ロンメルである。彼としてはザルムート騎士団オルデンを追い返した敵軍をどうにかする必要があると考えた。


「それは無論だ。ザルムート騎士団オルデンには部隊の立て直しが済み次第、迂回路を使っても構わんから速やかに戦線復帰するように、と伝えておけ」

唐軍がどれだけ激しい抵抗を見せようとも所詮は悪足掻きに過ぎない。混乱して寝返る領主も多い今の唐に生き残る道があるわけがない。

今ラルフがするべき事は唐政府にそれを骨の髄まで思い知らせる事にある。彼等を物心共に屈服させねば唐を完全に御しえるのは難しい。そして、それを実行するのに必要なのは圧倒的な力である。些細な抵抗を容易く覆すほどの力。ラルフはそれを今、唐人に見せようとしているのだ。



だが、ラルフのその思惑を打ち破るべく政綱は様々な策略を用意して待ち構えている。

唐国北西部にある都市ウルムチを制圧したヴァルキュリア軍ホリット騎士団オルデンはウルムチから南東に位置するトルファンへと部隊を進めていた。

トルファンは昔から交通の要所として栄えた場所で、唐としてはそう簡単にヴァルキュリアに渡してしまうわけにはいかない町である。

これを阻止するために動いているのが、日本軍秋山中将だ。

現在ホリット騎士団は狭い峠をゲフィオンが2列縦隊になって進軍している。秋山はその峠が終わった所をU字型に掘った塹壕で覆い、出てきた所を袋叩きにした。

ホリット騎士団の戦力は2個師団600機で、日本軍はわずか150機と1個師団にも満たない数だが、狭い峠を通るためにホリット騎士団オルデンは長細い陣形での戦いを余儀なくされ数の優位を生かせないでいる。


戦況が芳しくなく中々前へ進めずにいるホリット伯爵は部下達の苦労も知らずに怒り狂う。

「何をもたもたしておるのだ!東洋人如き、さっさと叩き潰さんかッ!」


「も、申し訳御座いません」


「現在、正面の戦線は完全に劣勢ですが、既に2個大隊に峠を迂回して敵の背後を突くようにと命じておりますので、もうしばらくお待ちください」


「ちッ」

塹壕戦というコソコソとした戦い方に、自分の騎士団オルデンが劣勢を強いられている事が伯爵家の当主である彼の名誉を傷付け、不快感を与えているようだった。



一方、塹壕にて銃撃戦を繰り広げる日本軍は、塹壕に身を隠しながらの銃撃なので損害はほとんど被っていない。

戦いは優勢だが、叢雲に乗っている秋山中将の顔は険しい。

「まったく、4倍の敵の足を止めろだなんて、政綱様も無茶を言われる」

そう独り言を呟いた秋山の叢雲の通信機から参謀の声が響く。

「中将、偵察班より敵が迂回路へ向かおうとしているとの報告が来ました。そろそろ次の段階へ移るべきかと」


参謀の言葉を聞いて「そうだな」と述べると、叢雲の右手を動かして近くの部下に合図を送る。

それを見た部下が加工した魔導石を含んで作られたコードを手にとってそれに魔力を流した。

そのコードは地中を走り、ヴァルキュリア軍がいる峠に設置された爆弾にまで達しており、爆弾に魔力が流れた瞬間、峠の両側にある爆弾は爆発して落石を起こさせた。

「な、何!?」


「て、敵の罠かッ?」


落石に巻き込まれて20機前後のゲフィオンが岩の下に押し潰されてしまった。しかも、ホリット騎士団にとって不運だったのが、押し潰されたゲフィオンの中にホリット伯爵の機体も含まれていた。それだけではない。狭い峠を落石によって封鎖されてしまったのだ。これでは長細い陣形を布いていたヴァルキュリア軍は完全に前後に分断された事になる。騎士団オルデン総司令を失ったホリット騎士団オルデン前部部隊は退路を断たれ塹壕の中央突破を図るが日本軍の激しい砲火に断念して峠の中にて待機して迂回路を通ってくる別働隊を待つ事にした。

「よし。敵の別働隊が来る前に急いで逃げるぞッ!」

ある程度の戦果を確認した秋山中将は敵の反撃を被る前に迅速に撤退を開始して損害皆無のまま戦いを終えた。その退却のタイミングは正に絶妙と言える。もし、後少し撤退命令が遅く交戦を続けていたら日本軍は確実にヴァルキュリア軍の追撃戦を許してしまっていただろう。


このように局地的なゲリラ戦を各地で仕掛ける事で政綱は自軍に倍する数を持つヴァルキュリア軍を一時的にではあるが圧倒した。政綱は全軍に死守ではなく戦いつつ後退するように命じていた。敵に出血を強いつつ下がって敵の進撃速度を鈍らせるようにと。

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