大唐帝国誕生
天帝皇宮へと突入した姚亥は歩兵部隊を引き連れて、僅かな抵抗を排除しつつ一路玉座の間へと向かって駆け進む。
政綱率いる日本軍は北京市街地に展開して禁軍の残敵掃討戦を展開している。これで北京は完全にクーデター派が占領した事になる。後は、天宗皇帝の身柄さえ押さえればクーデターの初期段階は成功と言えるだろう。
肝心の天宗皇帝は、幸いな事に油断から逃げ遅れており、今だ玉座の間にいた。
そして、遂に姚亥が玉座の間へと辿り着く。玉座の間には大勢の兵士がおり、天宗を守っている。
玉座に座る天宗の顔を見ると、姚亥は数歩前に出て叫ぶ。
「天宗!お前の世はもう終わった!諦めて投降しろ!」
姚亥の言葉を聞いた途端、天宗は怒り狂った顔をして玉座から立ち上がる。
「裏切り者の反逆者が何を偉そうに!!」
「国をヴァルキュリアに売り渡すのなら、私が譲り受けてやる!お前のような売国奴はどこへなりとも行って野たれ死ぬがいい」
「な、何だと貴様!殺すのだ。奴を殺せ!」
天宗の命令で、一斉に姚亥目掛けて襲い掛かる。
彼等は皆、魔導銃ではなく剣や槍を手にしている。玉座の間という神聖な場所で銃を発砲するわけにはいかず、また天宗皇帝が流れ弾に当たってしまう危険性を考えての事だ。
それはクーデター派も同じ事で、いつもなら豪華絢爛で華やかな玉座の間も今では白兵戦という血生臭い戦いが繰り広げられた。
血の海と死体の山で装飾されていく中を、姚亥は駆け抜けて玉座に座る天宗の喉元に剣を付き付ける。
「私の勝ちだな」
「き、貴様ぁ!」
皇帝側の兵士も皆倒れ、天宗皇帝の身柄も押さえた。
後は天宗の退位を秦国中に宣言すればクーデターはほぼ成功となる。
「我等の勝利だ!」
姚亥のその言葉で兵士達は熱狂的な叫び声を上げる。
「随分と面白い事になってるわね」
皆が喜びの歓喜に酔いしれる中、扉の方からよく響く美声が広間に響き渡った。
その声を聞いて、皆が一斉に扉に視線を送るとそこには全身を覆う銀色の鎧に赤いマントを纏った十数人の兵士がクーデター派に向けて魔導銃を向けていた。そして、彼等の前に紅色のドレスと帽子に身を包む金髪に赤紫の瞳をした女性が威風堂々と立っている。
天宗皇帝の花嫁となるルイーゼ・ウルリーケ・フォン・ヴァルキュリアである。
彼女を見た兵士達は慌てて左右に分かれて、ルイーゼ達に玉座が見えるようにする。
外の状況と今見ている光景からクーデターが起きた事は彼女にも容易に予想できた。となると、講和について秦側がどう出るか分からずルイーゼは慎重に探りを入れていかざるを得ない。
「私は、神聖ヴァルキュリア帝国第5皇女ルイーゼ・ウルリーケ・フォン・ヴァルキュリアです。大秦帝国皇帝・天宗陛下との婚姻のためにここまで来ましたが、どうやらそれ所では無さそうね」
姚亥は玉座から降りると、ルイーゼ達の方へ歩いていく。
「たった今、天宗皇帝は退位された」
「そのようですね。では、すぐに私の花婿となる次の秦国皇帝を即位させて下さい」
高圧的な口調で話すルイーゼの迫力に、クーデター軍の兵士達は怯む。
静まり返る広間で、姚亥に皆の視線が集まる。しかし彼自身、まさかこのタイミングでヴァルキュリアが出てくるとは想定外であり、どう返答するべきか内心で焦っていた。
と、そこへルイーゼ達の後ろ、つまり扉の方から政綱が一人で現れ、甲高い声を発して広間の静けさを取り払う。
「残念ですが、婚姻は果たせません」
「?どういう事かしら?」
突如現れた政綱の言葉の意味が分からずルイーゼは首を傾げる。
政綱は広間に入り、姚亥の近くまで行きルイーゼと対峙する。
「これより我等は皇太子・浚殿下を次の皇帝に即位して頂きます」
「なら、その方が私の婚約者になるのではないの?」
「いいえ。浚殿下は御年3歳であらせられます」
「だから何だと言うのです?私との年の差を気にしてらっしゃるのかしら?」
中々結論を言おうとしない政綱にルイーゼは眉をひそめる。
「そのような事ではありません。ただ、この情勢下を纏めるのには浚殿下では務まりますまい。そこで浚殿下には皇位を李星に譲って頂き秦王朝はそれを持って消滅する事になります」
「は?・・・ッ!!」
ルイーゼは政綱の策を理解した。今回の講和は、ヴァルキュリアと秦国との間で決められたものであり、その秦が世界地図から姿を消してしまえば講和は破棄されたも同じになる。政綱は秦王朝を消滅させる事で、講和を無効にして新しい王朝を中国大陸に築こうとしているのだ。
目を見開いてたじろぐルイーゼに対して、彼女の傍らに控えているクールラントは落ち着いた様子で政綱の顔を見つめる。
彼の策は子供騙しの屁理屈に過ぎない。国家間の取り決めをそのような理由で破棄できるはずがない、とクールラントは考えていた。
確かに一見政綱の策は筋が通っているように見えなくもないが、しょせんはただの屁理屈である。外交の場で通るはずもない。
そんな事は政綱自身も承知している。しかし、ここはひとまずルイーゼ皇女に穏便に帰ってもらわなくてはならない。ヴァルキュリアとの講和を取り消す今の最大の障害は天宗とルイーゼの婚姻である。これを一方的に力尽くで破棄してはヴァルキュリアを公然と侮辱したと諸外国に印象付けてしまう。さらに言えば、ラルフ・フォン・ヴァレンシュタイン公の本格攻勢を自ら呼び込むようなものだ。それを回避もしくは遅らせるためにもルイーゼには納得の上でヴァルキュリア本国へ帰還してもらう必要があった。
「秦が消滅した以上、あなたの婚姻は果たせません!その旨、ひとまず皇帝陛下の下まで持ち帰って頂けないでしょうか?」
「下らない」
口元を洋扇で隠し、ルイーゼはそう吐き捨てる。
馬鹿馬鹿しいと内心で思っている彼女に対して、政綱は至って真剣な表情で話す。
「無論、タダでとは申しません。唐国はヴァルキュリアとの友好関係の成立及び現在貴国の占領下にある地域の割譲、さらに魔導石3000万トンを貴国に譲渡致します」
「さ、3000万トン!?」
政綱の出した条件に、わずかだがルイーゼは心を揺るがせる。仮にヴァルキュリアが中国大陸を制したとして、それを恒久的に支配するとなれば膨大な軍事力と労力が要求されるだろう。ならばここは彼の提案に乗ってアジア地域における国境線の安定化を図った方がいい。彼の言った条件は決して悪いものではない。通常ならば彼の提案に皆飛びつくだろうが、ヴァルキュリアは違う。ヴァルキュリアの戦略目標はあくまでアジア征服であって、両国の共存や友好ではない。
ルイーゼ、そしてクールラントもそう考えているが、両者の表情にはズレが生じている。前者は明らかに迷っている。後者は一切動じず強かでいる。
それは政綱にもよく伝わっていた。もう一押しさえできればこの場を逃れられると踏んだ彼は最後の一手を投じる。
「秦国が消滅する以上、ヴァルキュリアの講和は無効!それが私達の見解です。それでもなおここに残ると言われるのであれば、共にヴァルキュリアと戦って頂く覚悟が必要と存じますが、如何に?」
「なッ!」
いくらなんでも今の主張は滅茶苦茶過ぎると感じるルイーゼだが、今から秦に出来るのはクーデター政権であり、下手をすれば自分の身も危ない。
そもそも考えてみれば、今回の婚姻は乗り気ではなかったのだから寧ろこの展開は好都合ではないか。
「この件、一度デリーに戻ってラルフに話した方がいいわね」
ルイーゼの言葉にクールラントは驚愕する。
「な、何ですと!何を言われるのですか皇女殿下!?」
「ここまでの事になると、私の一存では決めかねるわ。皇帝陛下にとまでは言わなくても、極東方面軍司令部には一度判断を仰ぐべきでしょう。そうは思わない?」
クールラントの放つ独特の威圧感にも臆する事なく、むしろ逆にそれを押し返すぐらいの迫力でルイーゼは言い放つ。
「・・・ご、御尤も」
「ただし、条件があるわ。あなた達はこの私にこんな東アジアの辺境にまで無駄足を踏ませた賠償として、先程の魔導石3000万トンとは別に私個人に魔導石1000万トンを提供すること。それと唐国は講和の破棄を皇帝陛下の下に報告の使者を来なさい」
彼女の要求に政綱は一切迷わず「承知しました」と答えた。
意外にもあっさりと受け入れた事にルイーゼは一瞬拍子抜けしたが、嫌だった婚姻が破局しただけでなく魔導石が合計4000万トンという手土産もあれば収穫は十分にあったと言えるだろう。
今回の事でルイーゼの名誉は大きく傷付けられたが、彼女は名誉が守れないとなれば即座に実利を取りにいった。名より実。それがヴァルキュリアが世界最強と謳われる所以でもある。
「それでは、私はこれにて失礼します。行くわよ、クールラント伯」
そう言って、さっさとその場から非常に上機嫌で立ち去る。
クールラントは苦々しい顔をしながら、ルイーゼの後を慌てて追いかける。
「お、御待ち下さいッ!皇女殿下!」
ヴァルキュリアが広間からいなくなると、辺りでは皆が一気に安堵の息を漏らす。
絶対絶命と思われたこの危機的状況を、知恵伊豆こと松平政綱は糸も容易く潜りぬけてみせた。その手腕には皆が歓声を上げた。
この後、姚亥は皇太子・浚を即位させ、直ちに若く英名で知られる有力貴族の李星に皇位を譲らせた。つまり、禅譲を実行させて秦王朝は消滅し、新たにクーデター軍は大唐帝国の樹立を宣言した。
これで東アジアの情勢は一気に揺れ動く事になる。




