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東シナ海海戦

宝暦1937年4月9日。

ヴァルキュリア選帝侯の一人ゲオルク・ヨアヒム・フォン・ブランデンブルク侯爵が率いるヴァルキュリア艦隊はルソン島近海を航海していた。

ヴァルキュリア海軍の主力艦ウトガルズ級戦艦は、全長約73m、全幅約13mの大型戦艦。

マスト3本シップ型帆船で、魔力で稼働する410馬力魔導機関も備えている。最大速力は13ノット。兵装は大砲35門。艦体には防御力強化のために銅板が貼られている。

地中海艦隊に加え、インド洋艦隊の一部やブランデンブルク侯爵と縁の深い貴族が保有する艦隊も合わせて艦艇数は戦艦63隻,ガーディアン輸送艦37隻。戦艦部隊が3列になって堂々と東洋の海を進む。



同年4月10日には、日本・大宰府にヴァルキュリア艦隊が太平洋に出現した、との報告が入る。

大宰府にて直接指揮を執っている老中首座・松平政綱まつだいら まさつなは大宰府に駐留している全艦隊に出港用意の命令を下し、大宰府は一気に忙しくなる。

「大坂へすぐに敵艦隊発見の胸を通信で知らせろ!九州及び琉球の部隊には警戒態勢を厳に!」

部下達に次々と指示を飛ばす政綱。

と、そこへ海軍総裁の島津義昭しまづ よしあきが走って現れる。

「艦隊の出港は30分後には完了します。それと、呉工廠で完成した新型艦3隻は大隅諸島で合流できそうです」


それを聞いた政綱は安心したように胸を撫で下ろす。

「間に合ったか。これで数は戦艦36隻」


「まだまだヴァルキュリアには及びませんが、どうにかここまでの数は揃えました」


「これで十分だ。秦海軍もこちらの作戦通りに動いてくれる手筈になっているからな」


「とはいえ、秦の海軍力は我が国にも劣ります。あまり期待はできないのでは?」


「それでもいないよりはマシだ。そんな事よりも我々も急いで艦隊に向かうぞ」


その言葉を聞いて義昭は目を見開く。

「政綱様も旗艦に乗艦なさるのですか?」


「無論だ。この作戦立案者は私なのだ。ただでさえ危険な一戦。人に押し付けて、兵達の影に隠れているわけにはいかん」


てっきり大宰府に残るとばかり思っていた義昭は、政綱に残るよう説得を試みるが、政綱はそれを聞かなかった。


日本海軍の主力艦・富士形戦艦ふじがたせんかんは全長約68m,全幅約10mの戦艦。

マスト3本シップ型帆船で、380馬力魔導機関も備えている。最大速力は10ノット。兵装は大砲21門。ヴァルキュリアのウトガルズ級戦艦に比べると性能は圧倒的に劣っているが、世界的に見ればこの富士形戦艦は標準的な戦艦である。これまで海軍を軽視していた日本ヒノモトを考えれば、それを36隻も用意できれば上出来と言えるだろう。




翌4月11日、両艦隊は日本領琉球地方石垣島を北東へ25㎞行った海域にて接触する事になった。

世に言う「東シナ海海戦」が今始まろうとしていた。

日本艦隊とヴァルキュリア艦隊はほぼ真正面から近付いていく。

日本艦隊は一列の単縦陣なのに対して、ヴァルキュリア艦隊は三列の分厚い布陣であり、戦力の差を見せ付けられる。

政綱は義昭達幕僚と共に旗艦「三笠」の甲板上から敵艦隊を眺めている。

「距離7000!」


「射程距離まで後4500!」


敵との距離が近付くにつれて政綱の表情は険しくなる。それは幕僚達も同じだった。

政綱はじっと黙ったまま敵艦隊を見つめる。


「・・・政綱様、どうなさいますか?御指示を」

義昭が恐る恐る問う。


「まだこのまままっすぐだ」




一方、ヴァルキュリア艦隊旗艦「ヴァイセンブルク」では、ブランデンブルク侯爵が甲板の上から敵の陣容を確認して意気揚々とする。

「ふん。敵は数はどうにか集めたようだが、所詮はあの程度か。このまま正面から敵を粉砕するぞ」


「ヤー,マイン・ヘル」

ブランデンブルクの命を受けた参謀は、全艦隊に向けて全速前進と打電させた。

猛攻果敢さではヴァルキュリア随一と評せられる程の男であるブランデンブルク侯爵は、「ヴァルキュリアの双壁」の名に恥じない戦いぶりで日本艦隊を叩きのめそうとする。

しかし、彼自身には自覚は薄いが、彼の心底には極東の小さな島国という日本に対する侮りの気持ちが潜んでいた。




両艦隊の先陣の距離が5500mにまで近付いた時、旗艦「三笠」の政綱が動く。

右手に握っている漆塗りに黄金の五七桐の紋が描かれた軍配を上に上げる。これは将軍家から賜った物である。

「左十六点逐次回頭!!」

政綱が軍配を左へ降ろす。

その命令に幕僚達は戸惑う。敵前での回頭は暴挙とも言えるほど危険な行為だったからだ。

回頭している間、味方は敵に照準を合わせられず砲撃ができない。対して敵はまるで静止目標を狙うかのように容易く砲撃を行なう事ができる。

しかし、すぐに皆政綱に異議を唱えることなく命令を遂行する。

なぜ、政綱がこのような危うい行動に出たかというと、丁字戦法と呼ばれる状態に敵を引きこもうとしているのだ。戦艦の大砲群というのは艦体の側面に主に備えられている。戦艦の火力を完全に引き出すには敵に横腹を見せねばならない。そこで政綱は単縦陣でまっすぐヴァルキュリア艦隊の正面に出て敵の針路を遮断しようと考えた。


成功すれば確かに大勝利も望めるだろう。しかし、それはブランデンブルク侯爵も承知している。当然、リスクが大きい戦術だという事も。

「敵将は実戦は不慣れなようだな。艦隊針路を1時の方に向けろ。敵に対して艦隊を斜めに向け、砲撃戦を行う!」


「ヤー,マイン・ヘル!」


「急げよ。敵を射程に捉える前に戦闘準備を完了させるのだッ!」


ブランデンブルクを含め、皆がヴァルキュリアの勝利を確信した。

ヴァルキュリア艦隊は回頭する日本艦隊に向けて砲撃を開始する。激しい砲弾の雨が降り注ぐ中でも回頭中の日本艦隊は砲撃が行なえず、一方的に撃たれるばかりになる。だが幸いなことにまだ両艦隊にはある程度の距離があるため中々砲弾は命中しなかった。



旗艦「三笠」が回頭を終えると、それに続いて次々と後続艦が回頭を終えていく。そして日本艦隊はヴァルキュリア艦隊の頭を抑えられる絶好のポイントへと着こうとしていた。

「政綱様、もうじき敵艦隊の頭を抑えられます」

義昭がそう報告する。ここで彼は政綱からの砲撃命令を期待したのだが、それは出されなかった。

完全な体勢が整うまで攻撃はしないつもりなのだろう。

砲撃命令の代わりに政綱は敵との距離を問い、測量士はそれに対して3900と答えた。


「第一艦隊の回頭、終わりました!」


「敵の頭を抑えました!」


その報を受けた政綱は即座に指示を飛ばす。

「撃ち方始め!!」

日本艦隊は一斉にヴァルキュリア艦隊に砲撃を始める。

こうして、両艦隊の砲火が飛び交う大海戦の本番が幕を開ける。

最初の初弾は全て目標の敵艦を飛び越えて海面に着弾し爆発した。続く第2射目は近過ぎて敵艦の手前に落ちた。三度目の正直、第3射目は敵艦に命中した。マストに命中し破壊して、戦艦の横腹に命中して艦体を引き裂いて海の藻屑にする。ヴァルキュリア艦隊の先陣は壊滅的な打撃を早くも被ってしまう。

それを見た「三笠」では歓声が上がる。

「敵旗艦に命中!命中です!」


「やりましたな」

そう言って喜ぶ義昭。

しかし、政綱に浮かれた様子は無い。

「まだ戦いは終わっていない。まして撃沈もしていないのだ。弾が一発命中したからと言って騒ぐな」


「し、失礼しました」


と、その時「三笠」に砲弾がする。激しい爆音と振動が走ると、艦の後ろ側から炎と煙が上がる。

「後方に被弾!」


「消火を急げ!被害状況の確認!」

義昭は冷静に事態に対応する。幸い、損害は大した事はなく数人の死傷者は出たが戦闘にはほとんど支障は無い。



一方、「ヴァイセンブルク」では敵の攻撃で火災が発生し、大砲の一部が使用不能になっていた。

思わぬ苦戦にブランデンブルクは苛立ちを隠せずにいる。

「おのれぇ!極東の猿どもめぇ!・・・何をもたもたしておる!消火はまだか!」


「は、はい、もうしばらくお待ちをッ」

ブランデンブルクの気迫に押されて畏縮する参謀。

このヴァルキュリア艦隊は複数の艦隊による連合部隊で、指揮系統が十分に整えられていなかった。そのため、各艦隊の速度にも微妙なバラつきがあり、本来日本海軍よりも優っているはずの速力が生かされなかった。また、指揮系統が複雑なため一度混乱が起きるとその収拾は困難を極める。


「て、敵がさらにこちらとの距離を縮めてきました!」


「調子に乗りおって!3時方向へ針路を転進!各艦の間隔を広げさせろ」



戦いが進むにつれてヴァルキュリア艦隊主力艦は被弾し、撃沈、もしくは戦線離脱の艦が増えてその戦力は急速に低下していく。

戦局は日本側が優勢だが、日本艦隊も無傷というわけにはいかない。

「浅間が機関部に損傷との事です!」


「戦線から離脱させろ。戦える艦だけついて来ればいい!」


日本海軍は今回の戦いに新型の無線通信機を使用している。これにより、各艦の状況が政綱の下に迅速かつ正確に集まり、的確な判断を行なう事ができた。

戦闘開始からわずか30分で、勝敗は完全に決した。ヴァルキュリア艦隊はほぼ全ての戦艦が敵の砲弾を受け炎上し、ウラジオストク基地へと針路も断たれた。

さらに撤退しようにもそちらには秦艦隊が展開している。秦艦隊の装備は脆弱だが、今のヴァルキュリア艦隊では刺し違える覚悟でも厳しいだろう。

ヴァルキュリア艦隊の状態はそれだけ悲惨なものだった。甲板上や艦内の各所で火災を起こしながら戦列を離れる艦、被弾して速度が落ち本隊から離れてしまう艦、横腹に被弾して浸水により艦体が横に傾いてしまう艦、大火災を起こして海に呑み込まれていく艦。ヴァルキュリア艦隊の主要戦力はほぼ壊滅し、戦闘継続はもはや不可能に近い状態に陥る。


そんな中、東へ針路を取っていたヴァルキュリア軍の内で第2艦隊が、突然北へと針路を変えて戦線離脱する。これは先頭の第2艦隊旗艦が被弾で自由な操船が妨げられた結果なのだが、政綱はこれを2手に分かれて逃げようとしていると誤認して艦隊の一部を追撃に割いた。



これにより日本艦隊の戦力が分散された事をブランデンブルクは見逃さなかった。

旗艦「ヴァイセンブルク」以下6隻の戦艦は大きな損傷を負いながらも日本艦隊の陣形の間隙をうまく突いて戦線を突破に成功する。

「閣下、敵の手より逃れられました!」


「よし、付いてこられる者は付いて来い!戦場より全速で離脱する!」

ブランデンブルクはウラジオストク基地に向けて全速前進で突き進む。一度逃れてしまえば、海上での追撃は困難であり、もう正面に障害は無いため将兵達は基地へ逃げ込めると安堵し始める。

だが、ただ一人ブランデンブルクには分かっていた。日本軍は2手目を既に用意していると。



逃げていくヴァルキュリア艦隊を見て政綱が悔しそうな顔をする。

「くぅ。せっかく敵を全滅させる好機だったんだが」


「いいえ、これだけやれれば十分過ぎるぐらいですよ」


「逃げ遅れた敵には降伏勧告を出せ。戦いは終わった。手負いの敵に止めを刺す必要はなかろう」


「分かりました」



逃げたヴァルキュリア艦隊に対して、今の日本海軍には対応できるだけの戦力は無い。そこで秦海軍に取り逃がした敵の掃討戦を依頼していた。しかし、秦海軍が展開させた戦力は大した数ではなく、手負いとはいえブランデンブルクの指揮する艦隊だけでも十分に対処できた。1隻が撃沈され、残り5隻になってしまったが、ブランデンブルクはどうにかウラジオストク基地に逃げ込む事に成功した。

こうして、東シナ海海戦は終わった。


日本海軍の損害は、戦艦6隻撃沈。それに対してヴァルキュリア海軍は戦艦41隻、ガーディアン輸送艦14隻撃沈。戦艦17隻、ガーディアン輸送艦23隻が拿捕という結果に終わる。

これは史上稀に見る圧勝劇と言えるだろう。そして、ヴァルキュリアの歴史上最大の大敗北でもある。

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