錬金術師の夢
私は遂に夢を叶える事が出来た。
若くして錬金術を修め、獣人族にしては魔術の才能に恵まれていた私は17に成った時には冒険者としてもそこそこ名を売る事が出来、薬で牽制しつつ魔法で攻撃する戦闘スタイルから『毒薬の魔女』なんて二つ名迄得るに至った………二つ名については不本意だけどさ…
でも若い頃に有名になったせいか自分では気付かない内に慢心して居たんだろうね、20歳を過ぎた頃に受けた商隊の護衛って依頼で山賊の槍を腹に突き込まれて生死の境をさ迷った。
幸い街まで半日くらいだった事、当時付き合ってた冒険者の彼が私を見捨てずに医者の所迄運んでくれた事、傷を抉られ無かった事なんかが重なって命だけは何とかとりとめた。
そう、『命』だけは…
私が治療院で目覚めたのは怪我をした日から6日も経っていた。
そして突きつけられる事実――もう子供を産む事が出来ない――
愕然とした…獣人族は基本短命でそのぶん多産だ、自身が長く生きられない分多くの子供を産み育てるのは本能的な習性だ。
そんな獣人族の女が一人の子も成さずしてもう産む事が出来ないと宣告されたのだ。
山賊の槍には毒物が塗られていたらしい、『毒薬の魔女』なんて呼ばれている者が『毒』で掴めるはずの未来を掴み損なったなんて良い笑い話だった。
その現実を受け入れられなかった私は荒れた。
付き合ってた彼は最後迄気に掛けてくれていたが私から交際を絶った。
その後2年くらい無為な日々を過ごしていたがある時何気なく昔の錬金術師が書いた書籍を読んでいて心の琴線に触れた一文――ホムンクルス(人工生命体)
私は其れまでどちらかと言うと錬金術の中でも薬学を専攻していた。だからホムンクルスの生成という生命学方面の知識には疎かった。
「産み出せないなら、生み出せば良い」
私は安易にそう考え研究に没頭した。
幸い二つ名持ちの冒険者と云う立場と上級錬金術師に成れる程の錬金術の腕によりホムンクルス作成における問題点は直ぐに発見し解決する事が出来た。
一つ目の問題、秘液内で急速に生成されるホムンクルスは外気の毒素に慣れる迄その体を保つ事が出来ない――ならば耐えられる要素を与えれば良い。
私は自らの体を刻み子供となる細胞―卵子―を取り出し核として使用した。
私が欲しいのは研究の成果としてのホムンクルスではなく自身の血を継ぐ子供だ、だから自らの体を刻み使用する事に抵抗が無かった(この時の私の心は狂気に染まっていたのだと後になって思った)。
二つ目の問題、錬金術により造り出される創造物(ホムンクルスやゴーレム等)は魔術的な契約により強制的な主従関係が結ばれる――契約魔術は直接触れた物に対しての魔法だ。ならば契約魔術を騙す為、本来の肉体の上に人形の外郭を与えれば良い。そして外郭の中で本体がある程度成長したら外郭だけ破棄すれば良い。
ただ、外郭といっても本当の人形を被せるわけには行かない。
其処で考えついたのが有機物や無機物を利用した物ではなく、魔力素と私が名付けたエネルギー体を利用する方法だった。
結果は一応の成功をおさめた。
自らの血肉を分け与えた体は外気に触れて尚成長をする事を可能とした。
本来命令通りに動く事しか出来ないホムンクルスが自律性を持って行動する様になった。
私はこの娘にニンフォと名付け、ご主人様としてではなく母親として慈しみ育てている。
唯一の誤算は契約が思った以上に強力で創造者と創造物との絆を完全に騙し切れなかった事だろう。
ニンフォはとても良くなついてくれた。
あの娘が私を『マスター』と呼ぶ時の苦しそうな顔。
大丈夫、『ママ』である私は貴女が『ママ』と呼ぼうとしてくれている事、契約の強制力により『マスター』としか呼べない事は把握しているの。
それでもニンフォ、貴女が私の事を『ママ』と呼んでくれたなら――
ある日、私は何時ものように薬の材料を求めて南の森へと来ていた。
ニンフォと私だけでは南の森の魔物に対して不安があったのでギルドに依頼を出して護衛を三人雇って充分な安全を確保しているはずだった。
それでも油断があったのだろう、大飛蜘蛛―南の森において最も危険度の高い魔物―に図上から奇襲されその初撃により毒を受けた。
激痛と毒による身体能力の低下を気力で抑え、辛うじて撃退する事は出来たものの、その時には意識は朦朧とし毒消し治療を行う事も儘ならない。
雇った冒険者は三人とも既に逃げ出しニンフォ一人では私を動かす事も出来ない。
薄れ行く意識の中でニンフォの声が聞こえた気がした。
お願い、助けて、誰か、『ママ』を助けて―と。




