筋肉祭!!
金平は思い出していた。N◯Kのドキュメンタリー特集で、以前同じような物を見たと。
確かタイトルは深海生物の謎、だったか。
人が立ち入れない深海に生息する生き物達。怪しい光を放ちながら泳ぐ様。ヒレからLEDの輝きに似た鮮やかな光彩を放ち、それが体を周回しながら点滅していた。
その深海生物に似た生き物が、アスファルトの下から音も無く現れたのだ。
しかし、そのサイズが問題だった。
金平がドキュメンタリーで見た生物達は、せいぜい何十センチ単位の大きさ。
目前に現れたそれは桁が違った。
乗用車程のサイズがあるのだ。
それが腹を見せながら、垂直にゆっくりと姿を現す。
目の前で起きている出来事が理解できない金平は、三国が発した言葉を聞き流し、ただ息を殺してその生き物に見入るだけだった。
『美しい』
そう思った。
『鯉のぼりみたい』
そんなふうにも思った。
『おしっこ垂れそう』
実際そんな気分だった。
そんな金平の動揺など知る由もなく、深海魚に似たその巨大な生物は、どういう原理かはわからないが空中にふわふわと浮いている。
一時の静寂を破ったのはチャックだった。
「うぉーーっ!!」
上半身を後ろに仰け反らせ、両腕を天へ向け突き出す。
次の瞬間、猛然と地面を蹴り、発光する生物に突進した。
100キロを軽く越えるであろう巨体が、ビーサン履いてビキニ姿で突進する様は、発光する生物と同じぐらいインパクトがあった。
その勢いで、砂の浮いたアスファルトの上をスライディングしながら、目標の真下へ滑りこむ。
魚にも似た、発光する謎の生物の尾びれにあたる部分へ向かって、アスファルトに左半身を寝かせた状態で、右脚を蹴り出す。
「しゃーっ!コノヤロー!!」
二発、三発と蹴りを見舞う。
寺院の柱を連想させる巨木のような脚が、砂塵を巻き起こしながら謎の生物へ叩きこまれる。
「キシャーッ!」
謎の生物から、奇怪な音が発せられた。悲鳴にも似た、金属的な怪音。それに怯むことなく、蹴りを叩きこみ続けるチャック。
「頑張れー!チャーック!」
金平の隣で伏せていた三国が声援を送る。
金平は唖然として声も出ない。
『なんか、ドラ○ンボール的な?』
動揺に拍車がかかる。
次の瞬間、謎の生物が発していた淡い七色の光が、赤一色の光に変わる。
まるで緊急車両の警告灯。
謎の生物の顔とおぼしき部分が引きつり、表情を変えた……金平にはそう見えた。
一瞬、くの字に体を縮める動きを見せた生物が、体をしならせ、尾びれをゴルフのショットさながらにスウィングさせた。
尾びれは郵便ポストほどのサイズはあろうか。
地面に横ばいになっていたチャックの腹部を直撃する。
「アウチッ!」
雷が落ちたと錯覚する程の衝撃と共に、チャックが5メートル近く吹き飛ばされ、露出した山肌に叩きつけられた。
チャックがスライディングを開始して、何発か蹴りを入れるまで、この間わずか5秒ほど。
社長と増山もただ傍観していた訳ではない。チャックが吹き飛ばされるほんの数秒前、謎の生物に飛びかかっていた。
増山は両手持ちした剣を、上体を捻らせたかと思うと、目にも止まらぬ速さで突き出す。
隆起した背筋に、いく筋も皺が刻まれ、その圧倒的な筋力が肩を伝い、上腕二等筋が軋みながら捻れ、解放された力が刀身へ伝達する。
「フンッ!」
謎の生物のわき腹とおぼしき部分へと、一瞬で二回、深々と突き刺さった。
「キシャーッ!」
立て続けに、金属音に似た悲鳴を発する生物。
傷口から無色透明な液体が迸ばしる。間髪入れず、社長が増山の背後から跳躍した。
ハンドボール選手並の垂直跳び。
「おおーっ!」
金平と三国が隠れている茂みの葉が、揺さ振られるような刻の声を上げ、社長が生物に飛びかかった。
空中で姿勢を反転させ、後頭部から落下する。体を自由落下させ、その勢いと共に生物のエラとおぼしき部位に膝を打ち込む。
直撃を食らった生物は吹き飛ばされ、アスファルトに横倒しになる。落下しながら体勢を整え、猫さながらに着地する社長。お姉言葉で身をくねらせていた姿は、そこに無い。アクロバティックなその一連の動きに、ピッチピチのビキニから何かがはみ出しませんようにと、金平は神に祈った。
「増山ちゃん!チャックの様子を見てあげて!」
声を張り、負傷したであろうチャックを気遣う。その号令に、すぐさまチャックの元へ駆け寄る増山。
横倒しになった生物が、陸に打ち上げられた魚のようにのた打ち回ったかと思うと、その勢いを利用し、強烈な瞬発力で社長に飛び掛かってきた。
一瞬気を緩めた社長の体に直撃する。
空中で弾け合った両者だったが、後頭部から地面に落ちかかった社長は、両腕をクロスしてその直撃をしのいでいた。
「すげっ……」
金平は思わず呟く。体が震える。武者震いなのか。
目の前で行われている常軌を逸したやりとりに、格闘家としての魂がふつふつと滾る感覚を覚えていた。
「三国さん、あれは一体なんなんです?」
夢から醒めたように、三国に問う金平。
「あれは……ソウルイーターです、詳しいことはまったく解明されていないのですが、あれに触れると普通の人間は心を奪われてしまう」
三叉路に向けた視線は外さずに、金平に説明する三国。
「ソウルイーター?」
「ええ、SE、我々はそう呼んでいます」
言葉にならない金平だった。
いくつもの疑問が頭の中で渦巻いたが、ただあの生き物がなんであるか、それを聞く以外言葉が浮かばない。
ソウルイーターと呼ばれたその生物は、傷を負いながらも、空中で攻撃をガードした社長の着地の瞬間を狙って、さらなる追い討ちをかけてきた。
さすがに着地でよろめく社長、頭上にはソウルイーターの尾びれが。
「オラァ!」
体の屈伸を利用した、爆風を伴った尾びれ攻撃を社長に敢行しようとしていたソウルイーター。そのすぐ後ろから、剣を横一線、疾風の速さで振り抜く増山。
増山の鋭い眼光が、ギラギラとした光を宿している。
瞬間、剣からフラッシュに似た光が放たれたかと思うと、コンマ何秒後かにソウルイーターの尾びれが根元から切り離されていた。
その尾びれが、片膝をついた社長の目の前に落ちていく。
増山の剣の切っ先が、社長の頭上で止まった。
目線をその切っ先に向け、ニヤリと口元を歪める社長。
だが、次の瞬間、息も絶え絶えかと思われたソウルイーターが、最後の力を振り絞り、社長の後頭部めがけ、断末魔の叫び声を上げ、巨大な口を開き襲いかかってきた。
口角がちぎれ、筋を作っている。信じられない程の大きな口だった。
一瞬気を抜いていた増山と社長には対応できない。
金平と三国が息を飲む。
だが、悲鳴を上げたのはソウルイーターだった。
増山と社長の頭上を白い影が走ったかと思うと、チャックが空中で一回転して、両膝を合わせ全体重をかけてソウルイーターを押し潰したのだ。
「ギギーーッ!!」
最後の断末魔を上げるソウルイーター。
ビタンビタンとアスファルト上をのた打ち回ったかと思うと、ピクピクと痙攣して動かなくなった。
アスファルトに転がりながら、仰向けに大の字になるチャック。
傍らのソウルイーターが、淡い七色の光を放ちながら霧散して消えていった。
「……」
絶句して固まったままの金平。
隣の三国も全身の力を抜いて、地面に押し付けていた両腕に額を当てて突っ伏した。