悪夢!!
「仕方ないわ、無理強いできないわね」
社長が眉を潜め言い放つ。
金平以外のメンバー全員が、なんのためらいもなく薬を口にしていた。
怯えた小動物のようになっている金平を尻目に、次々に車を降りるメンバー達。
停車したハマーのヘッドライトが照らし出す中、さらに追い打ちをかける衝撃的な出来事が。
社長が突然、タンクトップと短パンを、荒々しくも素早く脱ぎ始めたのだ。
表情は真剣そのもの。
「ふぁっ!?」
狂気に満ちた異様な姿を視界に捉えた金平は、思わず腰が抜けそうになる。
スキンヘッドに口髭の五十路近いオッサンが、ピッチピチのビキニ一枚になったのだ。
テラテラした素材の、紫色のビキニ。
血管の這う凄まじい逆三の肉体。
腹筋は割れ、シックスパックが誇らしげに刻まれている。
続いて、そそくさと靴を脱ぎ始めると、どこから出したのかビーチサンダルに履き替える社長。
完全に真夏の浜辺の格好だ。
「三国ちゃん、例の物は?」
「はい、社長!」
三国がハマーのトランクを開け、中から出したのは昨日社長室で見たジュラルミンケースだった。
それを大事そうに抱え、社長の足元に置いてロックを外す。
バツンバツンと小気味良い音を立て、ケースが開いた。
社長が屈んで中の物を取り出す。出てきたのは、一振りの剣だった。
持ち手の部分から先端まで、不気味な程黒光りしている。
もはや言葉無く立ちつくす金平は、その姿を見て、「変態剣闘士」としか形容する言葉が思いつかなかった。
『あぁ……そうか。俺はこれからあのオッサンにバラされて、山に捨てられるんだ……その前にチャックや増山さんやみんなで、俺を素敵な気持ちにさせてくれるのかな?』
目はうつろ、口は半開きで思った。
なぜだかこの危機的状況下にも関わらず、ちょっと楽しい気持ちになって、微笑みが浮かぶ。
『こんなことなら、パソコンの後付けハードディスク(2TB)の中にパンパンにダウンロードしたエロ動画、消しとくんだった……』
そんなとりとめも無い思いが巡った。
「昨日説明したように、グリップにセンサーがついてますので、使用者の筋電力に反応して刀身の切れ味と強度が増します」
社長の目の前で、早口で一気に説明する三国。
腰が引けて、何かに怯えているようだ。
すると、三国が抱えていたノートパソコンから警告音のようなものが鳴り響く。
「来ます!」
ボーッとしていた金平の腕を三国が強く引っ張った。ハマーへ駆け寄りエンジンを切ると、全速力で駆け出す。
「金平君、我々は離れましょう!」
見ると、暗闇の中、チャックと増山もつなぎを脱ぎ始めたではないか。
つなぎの下は社長と同じビキニ一枚。
同じ素材、同じカラーで統一されている。
小麦色に焼けた増山の胸元には、鋭利な刃物でつけられたとおぼしき、斜めに走る二つの傷跡が。
一瞬、社長と増山がそういう関係なのかと、恐ろしい絵ヅラが思い浮かぶ。
いったい何をしたらこんな体になるのか、あちこち刺し傷のようなものも見受けられた。
それにしても異様に引き締められた体だった。
体脂肪率は一桁台だろう。
全盛期のス◯ローンも真っ青だ。
社長と同じく、ブーツからビーサンに履き替えている。チャックもまったく同じ格好だ。暗闇の中で異様に白い体がよくわかる。山のような巨体に、筋肉の鎧を纏っているかのようだ。
これで三人がビキニにビーサンという常軌を逸した姿になった。
三国に引っ張られ、三叉路から茂みへと移動する金平。
目の前で起きている出来事がまったく理解できない。
むしろ理解したくない。
「金平君、あなたは薬を飲んでいないから、絶対にやつらには触れられてはいけない」
茂みで金平の頭を押さえつけて、自らも隠れる三国。
ノートパソコンからは、さっきの警告音が鳴りっぱなしだ。
「増山ちゃん、これはあんたが使いなさい」
社長はそういうと、黒光りする剣を増山に放り投げた。
それをキャッチすると、両手で握りしめて構える増山。
「オーウ、マスヤマサ〜ン、シュ◯ルツネッガーみたいで〜す」
暗闇の中、チャックが愉しそうに微笑む。
「社長、ほんとにこんなもん効くんですか?使えないようならすぐにそこらに放りますよ」
増山は刀身を肩にポンポンやると、真顔になった。
「まだ試作段階だし、ダメならやっぱこっちね」
言いながら、社長は自らのごつい拳にキスをする。
一連のやりとりを見て、彼らがキチガイだと確信する金平だった。
「来た!」
三国が叫ぶ。
次の瞬間、現状でも既に異様な光景が、さらなる悪夢となり金平の目の前で起き始めた。
社長、増山、チャックが囲むようにしていた三叉路のアスファルトの中心が、何やらぼんやりと光始めたのだ。
次第に強くなる光。
三人の筋肉を強く照らしだし、その光が生み出す陰影が、筋肉をより一層際立たせて見せた。
まるでライトアップされたかのような三人。
『ダンス的な何かを始めるのか?』
もはや金平は正常な思考を失っている。
次の瞬間、ただ一色の白い光だったものが、淡い七色の光へと変化し始めた。
「はうあっ!?」
思わず奇声を発する金平の目前で、アスファルトから何やら出てきた。
その光の根源となっているもの。
音も無く、それはアスファルトを透過しながら現れた。