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こちら筋肉防衛軍。  作者: マッスルハッスル。
第②マッスル◆追憶の空◆
43/151

終わりのない青春!!

 絶叫する美空には目もくれず、最後の一打を放とうと全身の筋力を拳一点に集中していく。


 <(こうげい)


 増山が繰り出した必殺の技。

 ──遥か神話の昔。中国。

 かつて空に太陽は、十個輝いていたという。

 無数にある太陽の余りの暑さに、作物は枯れ、家畜は死に、人々は困り果てた。そこで、后と呼ばれる弓使いの名手が立ち上がる。

 空に向かい九つの矢を放ち、見事全てを射落とし、太陽を一つだけにしたと言う。(いにしえ)より中国に伝わる伝説。

 ……増山の開かれた脚が弓。

 放たれ拳が矢。

 鬼道空手館長・鬼瓦道三が、増山にのみ与えた秘伝である。

 技の発動時、長身から天高く掲げられた腕は、相手の意識を上方へ逸らすための布石だった。

 技の性質上、一度目の当たりにした相手には通用しない。

 増山が放った、目にも止まらぬ正拳突き。

 八箇所はすでに射抜かれ、残る一ヶ所は鳩尾。射ぬけば技の極致に到達する。

「ソラ──」

 一瞬、増山の脳裏に、司と美空と三人で遊んだ懐かしい日々が、淡い記憶となって吹き抜けていった。

 増山の心の動きから生じた、ほんの微かな隙。

 スローモーション。

 そう感じられるほど、倒れる司の薄れゆく意識の中に、増山と同じく、遠い忘却の彼方の懐かしい日々が、走馬灯となり駆け巡っていく。

「ソラ!」

 司の目が見開かれ、増山が見せたほんの微かな隙を、勝機として手繰(たぐ)り寄せる。渾身の力を込め、増山が放った右正拳。

 一瞬速く、司が最後の力を振り絞り動き出す。

 倒れこむ司が上半身をさらに仰け反らせた。

 無意識の中の驚異的速さ。増山の拳が、なびいた司の長い髪を突き抜ける。

 瞬間。

 司が両足を蹴り出して、体操選手張りの後方宙返りをしてみせた。

 天地逆さの状態から、空中で増山の右腕を両脚で挟みこむ。

 空を裂いて伸びきった増山の手首を、両手で強く握る。

 美空の目には、あたかも抱き枕にしがみついている体勢に見えた。そのまま肘間接をキメて、増山の肩を支点に時計の短針が6時を差す方向へ落ちて行く。

「ぐっ!」

 増山の肘から、骨が折れる嫌な音が軋む。

 そして。

 増山の右腕を挟んでいた司の両脚が、天に向かい垂直に伸びる。

 同時に、司が勢いよく膝を曲げ、両の踵に渾身の力を込め、増山の顔面に蹴り下ろした。

 一回……二回……三回。

 それはまるで、寝相の悪い子供が布団を跳ね除け、足を出す姿。

「うっ!ぐっ!」

 鼻や口、頬、瞼。

 凄まじい連打が増山の顔面を襲う。

 キメられた関節からも激痛が走っていた。

 咄嗟に左正拳を放った増山だったが、顔面を襲う強打と、折れた肘の痛みで、本来の威力とは程遠い。

 だが、満身創痍の司を引き剥がすには十分だった。

 汗をかいた司の掌が、力無く増山の腕から抜け落ち、後頭部から草むらに落下していく。

 顔面と腕を損傷した増山も、たまらず吹き飛ぶ。

 二人はほぼ同時に力尽き、果てた。

 司が窮地の中で活路を見いだした技。


 <ひ(ぎたな)ひ>


 他流地合いにおいてだけ許された、空手技には無い関節技である。

 ひ(い)は「寝る」の意。(きたな)()は「汚ない」の意。つまるところ、寝相が悪いのである。枕を抱え、布団を蹴り飛ばす子供を見て着想を得た、空手にはあり得ない関節技。

 <喧嘩空手>を他流試合で無敗にするため、鬼瓦道三が創りだした技だった。

「スッチン!つかっちゃん!」

 声を張り上げ、美空が駆け寄る。

 頬を涙で盛大に濡らす。

「なんでこんなことするのよ!死んだらどうすんのよ!」

 声を震わし、並んで倒れた二人に抱きついた。

 右腕が折れ、顔面が腫れ上がった増山。右足の甲と顎にヒビが入り、全身打撲の司。

 両者とも、荒い息をつきながら呻く。

「馬鹿じゃないのー!ぉ……ぅもー!」 嗚咽しているせいで、不規則に声が太くなる美空。

「ふふっ、牛かよ」

 増山が、腫れ上がって血まみれの口をぎこちなく動かして呟いた。

「ハハッ……」

 瞳を閉じた司が笑う。

「ソラ……勝ったのは……どっちだ?」

 川の字の真ん中でうつ伏せに倒れ、美空は二人の厚い胸板に手を置く。

「どっちも強いの分かったから!二人とも大好きなの!!」

 その言葉に曖昧さや迷いは無い。

「なんだよ……病院送りの思いしてそれかよ。アホくせぇ」

「相討ちってとこか……」

全身を襲う激痛の中、二人は夜空を見上げほくそ笑む。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔いっぱいに笑みを浮かべる美空は、再び大きな少年二人の体をきつく抱き締めた。

 境内の陰から一部始終を見ていた(ふんどし)姿の鬼瓦剛が、腕組みしながら歯を見せて笑う。

「馬鹿共が」

 後のマッスル引越しセンター社長は、この時を以て、いつか必ず増山を自らの部下にすると心に決めた。

 遠くから吹き上げる心地よい夜の風が、水色の髪留めで結い上げられた美しい髪を、そっと、静かに揺らす。

 それは、若者達が夏に置き忘れた物語。

 遠い、遠い昔の物語──。

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