心模様!!
「二人とも、試合うって……どーして?」
表情を強ばらせた美空が、中に入っている金魚を忘れたのか、汗をかいた袋を乱雑に振った。
時折、眼下から吹き抜ける風が浴衣の裾を揺らす。
ざわざわと騒ぎ立てる草むらが、黙りこくって対峙する少年二人を笑っていた。
「ねぇ!練習なら明日道場でやればいいでしょ!」
「練習じゃねぇんだよ!司が言ったこと、聞こえなかったのか?」
増山が苛立った表情を浮かべながら、肩を震わす。
その声に、怯えたうさぎのように体をすくませる美空。
そんな美空を、司が無言で見つめる。
眉間に寄せた皺と、憂いを帯びた瞳。
『もう、曖昧な関係ではいられないよ』
……美空の目にはそんな風に映った。
二人の真意を知った美空は、少しうつむくと、司と増山が今まで見たことも無い、悲しみに満ちた表情を浮かべる。
「どうして?今まで通りでいいじゃん……」
美空の発した言葉は、司と増山の胸を切ないほど締め付けていく。
「お前がそんなだから、俺達は……」
増山が、苛立ちと悲しみを織り交ぜた複雑な表情を作る。
「増山、始めよう」
美空に一瞥をくれると、冷たく言い放つ。
瞳に涙を浮かべた美空は、口を噤み悲壮な表情を浮かべた。
増山が、ガチャピンのお面を投げてから、シャツを無造作に脱ぎ捨てる。
司は胸元のボタンを一つ外す。
無言のまま近づくと、お互いの右手の甲を合わせた。
そのまま静かに腰を沈め、脚を後ろに引く。
その動きは鏡合わせに見えた。
野獣を彷彿とさせる猛々しい殺気を顕にする増山。
対して司の表情は、湖面の水面さながらに冷静さを漂わす。
ピタリと風が止む。
刹那。
跳ね上がる増山のハイキックが、司の頭部を襲った。
風を切り裂く轟音が、草むらに響き渡る。
だが、蹴りだすモーションを開始した瞬間、司も動きだしていた。
残像を引きながら、回転と同時に腰を沈め、そのまま自らの右足を滑らせ、増山の軸足を薙ぎ払う。ハイキックを避けられた増山は、軸足の左足を後ろ向きに跳ね上げ、独楽のごとく回転すると、屈んだ司の後頭部めがけて踵落としを繰り出す。
司の足払いに対して、攻防一致の反応だった。だが、一瞬背中を見せた増山の隙を、司は見逃さなかった。
拳を強く握ると、屈んだ状態から一気に立ち上がり正拳突きを放つ。
「ガハッ」
鈍い音と同時に、増山の呼吸が途切れた。
「ヒッ!」
顔を引きつらせ、口を覆う美空。顔面を蒼白にしていく。
草むらに転げ落ちた増山は、顔を歪めながら両手をついた。
「ってぇ……」
うつ伏せの状態から起き上がろうとした瞬間。
異様な殺気を感じとった増山は、腕立ての動きで両手を突き出すと、1メートルほど飛び退く。
蹴り飛ばされた草が散り、舞った。
紙一重の差で、増山がほんの一瞬前までいた空間に、跳躍した司が膝を打ち込む。
「危ねっ!」
危うく頭蓋を砕かれるところだった。
「容赦ねぇなぁ……」
表情を消して立ち上がるが、動揺は隠せない。
親友たる司の、一切の容赦無い非情な攻撃に、心に冷たい物が走っていた。
正拳を叩きこまれた背中をさすってみるが、回転していたせいか直撃は免れたようだった。
痛みはあるが、どうということはない。そう自分に言い聞かせるが、内心とてつもない恐怖を感じずにはいられない。
互いの実力を知り尽くしているからこそ、真剣勝負は文字通り、己の四肢を<真剣>に変える命のやり取りだと気付く。
「野郎、ぜってー負けねー!!」
ちらりと美空に視線を送ると、半身の構えを整えて一気に駆け出した。
一瞬で司との距離を詰めると、右肘から斜めに弧を描き、攻撃を放つ。
修練を積んだ空手家の使う肘は、刃物と同等の切れ味を見せる。
それを知っている司はガードせず、身を避けようと屈む。
「!」
司が身を沈めた瞬間、半円を描きながら放たれた肘にほんの少し遅れて、増山が右足で飛び上がり、左膝を打ち上げたのだ。
右肘から左膝のコンビネーション。 膝が司の側頭部に叩きこまれたかに見えた……が、両手を重ね、寸でで受け止めている。
表情を強ばらせ、口を真一文字にして震える美空。
司が受け止めた膝を跳ね退けて、瞬時に立ち上がり後方へ飛び跳ねた。
2メートル程置いて、再び対峙する両者。
一進一退の攻防だった。
「相変わらずやるじゃねぇか」
口元を歪ませ、上目遣いに増山が呟く。
一歩間違えれば命のやり取りをしているはずなのに、どこか楽しんでいる。
冷ややかに口を噤む司。
「……」
炎と氷。そんな対照的な二人。
「仕方ねぇ……取っておきを見せてやるよ」
増山が初めて口元に笑みを浮かべた。
ピクリとこめかみを震わす司。
増山から、異様な殺気を感じとっていた。




