卑怯ですよ!!
「ア、アニキ……」
地面に転がりのたうつ太田兄の姿を見て、怯える太田弟。
「あががっ……いてぇ、いてぇよ……ビリー!こいつら殺せ!責任は俺がとる!」
顔面を土に擦りつけながら、苦悶の表情を浮かべる太田兄がかすれた声で叫んだ。
「ワカリマシタ、オータサン」
一部始終を見ていたビリーだが、悲壮な姿の太田兄を見ても、ピクリとも表情を変えず呟く。
「カラテボーイ、sorryねぇ」
コートを脱ぎ捨てる。
分厚い筋肉が、軍服越しにもわかるほどの屈強な体。
片膝をついた増山ににじり寄って行く。
増山は頬の血を拭うと立ち上がろうとした。わき腹に鈍い痛みが走る。
ふと、増山の右肩に置かれた白い手。
見上げると、司が目線をビリーに向けたまま口を開いた。
「増山、良くやった。朔……見事だったぞ。お前は休んでろ。あとは俺がやる」
まるで買い物にでも出かける足取りで、ゆっくりビリーへ向かって行く。
「ビリー、気を付けろ……そのガキは、鬼道空手の<龍>って呼ばれて」
口を開けたまま白目を剥く。
どうやら折れた腕の痛みで意識を失ったようだ。
「ワーオ……ドラゴンboy」
満面の笑みを浮かべるビリー。
薄暗くなってきた周囲の景色に溶け込む黒い顔面に、ニッと白い歯が浮き上がった。
2メートルほどの距離を置いて向かい合う両者。
増山と同じく、司も半身の構えをとった。
ただし、増山より歩幅を大きめにとり、膝を落とす。
そのせいか、若干姿勢が低く見えた。
ビリーも分厚い胸板を張り出し、両の腕を絡めながら胸の前で交差。
利き脚を斜めに引くと、ほんの少し腰を落とす。
両者の間に漂う、景色が歪むかのごとき緊張感。
「あぁっ!」
「!?」
突然、司が声を上げ、ビリーの斜め後方に刮目した。
冷静な態度を貫いていた司の、異常とも思える驚愕ぶりに、思わず右後方に振り向くビリー。
その直後、突如広場に鈍い打撃音が響き渡った。
すらりと伸びた長い脚。
その脚の先をたどると、ビリーの下顎に行きつく。
ビリーが司から視線を外したほんの何秒。
その一瞬で、驚異的跳躍を見せた司が、ビリーの下顎に蹴りを放ったのだ。
「ブッ!つ、司ぁ!?」
痛みにうずくまっていた増山が、一部始終を見て思わず吹き出す。
「お、お前、卑怯ですよ!」
動転した増山が、混乱して敬語を口にした。
ギリギリと音を立てて、ビリーの下顎に叩きこまれた司の足。
次の瞬間、ダメージを負ったと思われたビリーが、何事も無かったように両手を走らせ、司の足首を掴む。
「ちっ!」
司の舌打ち。
強烈な腕力で司の足首を固定すると、一気に右へ回転させた。
束ねた鋼材並に太いビリーの両腕に、凄まじい力がこめられていく。
咄嗟に司は着いていた左足を蹴り出し、掴まれた足を軸に、自身の体を独楽のように回転させた。
足首をねじ切らんばかりの力を、同一方向に回転し相殺する。
驚異的な運動神経で、その不安定な状態から蹴りだした左足の踵を、回転運動を利用してビリーの鼻面に叩きこんだ。
再び広場に鈍い打突音が鳴り響く。
「ウプッ!」
さすがのビリーも呻き声を上げ、掴んでいた司の脚を離すと、自らの顔面を抑えこみ悶絶。
落下した司は雑技団並の身軽さで、回転したまま綺麗に着地し、そのまま一歩、二歩と、音も立てずに後方へ飛び退いていく。
顔を両手で塞ぐビリー。隙間からこぼれた口元に、盛大に鼻血が伝わる。
厚い唇がわなわなと震えていた。
「Do you Want to die──?」(死にたいのか?)
司に向かい、くぐもった声で呟く。
「いや。死ぬのはあんただよ」
もう一度、最初の構えに身を落ち着けると、切れ長の一重の瞳に酷薄な色を浮かべ、冷ややかに呟く司だった。




