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こちら筋肉防衛軍。  作者: マッスルハッスル。
第①マッスル ◆筋肉への誘い!!◆
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筋肉的歓迎会!!

「こっちだ」

 低い声で言うと、ふらりと通路を曲がる芹沢。

 曲がった先にはエレベーターがあった。どうやら道場は上のフロアにあるようだ。

 エレベーターのドアが開くと、芹沢と金平は順に中へ入っていく。遅れてソフィも駆けこむ。

「待って待って」

 屈託の無い笑顔を浮かべたまま、閉じかけたエレベーターのドアの隙間に滑りこんできた。

 煙草をくゆらせる芹沢は無言のまま。

 背後に揃って並ぶ金平とソフィ。

「ねぇ、金平さんは何歳?」

「23歳です」

 金平の顔を覗き込むソフィ。

 着ているカーキ色のコートの下には、胸元が大きくはだけた黒いセーター1枚だ。

 色の白い胸元が目に飛び込み、縦に一本入った深い谷間が、金平を扇情的な気持ちにさせた。目のやり場に困り、みるみる顔を赤面させていく。

「じゃあ、私より三つお兄さんだね」

 並びの良い白い歯を見せて、ソフィはニコリと笑う。

 人形的な、透明感のある笑顔だった。

 そんな会話をしているうちに、エレベーターが静かに停まった。

 ゆっくりと開いたドアから見える部屋には、ロッカールームとおぼしきスペースが広がっていた。プラスチック製の長椅子が並び、林立するロッカー。シャワールームとトイレも完備されているようだ。

 フロアの床はピカピカに磨きこまれていて、3人が歩くたびにキュッキュッと音が鳴る。

『一階のトレーニングルームといい、これのどこが引っ越しセンターなのか……それにしても、これだけの設備を揃えるにはどれだけの金がかかったことだろう』

 金平の心中に、更に疑問が増える。

 ロッカールームを抜けると、鋼鉄製の扉が目に入った。両手で芹沢が開けると、中は畳敷の道場になっていた。

 小学校の体育館並みの広さがある。

 どうやらこのフロアは、ロッカールームと道場で全ての面積を使っているようだった。

 その道場の真ん中には増山が立っていた。相変わらずグレーのつなぎを着ている。道場は暖房がついていないのか、かなり冷えていた。

「増山ぁ、戻ったぜ」

 煙草の煙を上に向かって吐き出すと、目線だけ下にして増山を見据える。

「お帰りなさい。芹沢さん、道場は禁煙っすよ」

 部活の先輩後輩、そんな雰囲気の二人。

 芹沢は無言で壁ぎわまで行くと、窓を開けて中指でタバコを弾いて捨てた。

 朝日が注ぎこみ、畳から舞い上がった埃がキラキラと輝きながら、両者の空間が霞む。

「戻ってきた早々稽古ですか?」

「あぁ、このガキとな」

 顎で金平を差し示す。

「おめーは朝練終わったのか?」

「ええ、終わりましたよ」

 芹沢の問いかけに笑顔で答えた増山は、ゆっくりと金平の脇を歩いていく。

「金平君気をつけろ」

「えっ?」

 戸惑う金平に一瞬視線を送ると、表情は変えずに金平の肩を軽く叩いた。その額や頬を汗が伝い落ちていく。

「増山さんおはよう」

 ソフィの挨拶にニコリと笑顔を見せた増山は、静かに道場から消えた。

 次の瞬間。

 鈍い音がしたと思うと、金平の腹部に激痛が走った。

「あうっ!」

 呻き声を上げる。

 見るといつの間にか芹沢が、金平の懐に潜りこんでいた。

 肘が金平の鳩尾みぞおちにめりこんでいる。

「カハッ」

 呼吸が停まり、畳の上に崩れ落ちる金平。

「お〜、わりぃわりぃ」

 畳の上に膝をつき、ゆっくりと横に倒れながら、くの字になった金平を見下ろすと、芹沢の顔には不敵な笑みが浮かぶ。

 だが金平も、柔道家として並みの鍛えかたをしていたわけではない。呼吸を整え、ふらふらと立ち上がる。

「……い、いきなりどういうことですか」

 まだ上体が起ききらないまま、言葉を絞り出した。額には浮き出た血管と、油汗が滲む。

「くっ!」

 咄嗟に金平は前方へ転がった。受け身をとると、膝立ちで体勢を整える。

 芹沢の二回目の肘打ちを寸ででかわしたのだ。

「へぇ、今の反応は中々だ」

 酷薄な笑みを浮かべ、芹沢は体勢を金平へ向け直した。

『完全に俺を潰す気か』

 恐怖と怒りに身を震わせる。しかし、金平も黙ってやられるつもりは毛頭無い。

 全身に気力を充実させると、猫科の動物さながらの瞬発力で、膝立ちの状態から一気に芹沢に飛びかかった。

 芹沢の首めがけ右腕を叩きこみ、強くホールドする。

 そのまま『首投げ』を敢行した。

 若年者が行う柔道競技の中では危険とされていて、使用を禁止されている。使い方を間違うと、重大な事故になりかねない技だった。

 芹沢の悪意に満ちた肘打ちの応酬に、金平も容赦を忘れている。分厚い胸板と剛腕が、芹沢の頚椎と頸動脈を捻じ切るかのごとく締め上げた。

 不意討ちを食らった金平は、我を失う程、完全にキレている。芹沢の体に一瞬で体を合わすと、八の字型に膝から下を落とし、一気に姿勢を屈める。次の瞬間膝を伸ばすと同時に、芹沢の腰に自らの腰を当て、体を巻きこんだ。首を万力のごとく締め付けられた芹沢は、そのまま下半身を弾かれ空中に舞う。

 だが、突然、金平は力無くその場に崩れ落ちる。

「ガフッ……」

 おかしな吐息を吐き出すと、そのまま前のめりに倒れこんだ。首投げを極められた刹那、芹沢が右手で何かをしたのだ。

「うぅっ」

 大の字に仰向けになると、スウェットとシャツを弱々しくめくり上げる。見ると、痣になった鳩尾の下に、紫色に五本の指の跡がくっきりと残っていた。えぐられたかのように落ち窪んでいる。

「いったい何を……」

 苦痛に顔を歪める金平が、弱々しい声で音を出す。

「な〜に、『指砕(しさい)』って技さぁ」

 冷ややかに見下ろす芹沢が、薄ら笑いを浮かべながら言い放った。

 首投げの瞬間、芹沢の背中から肩、腕にかけて、尋常ならざる筋肉の硬直があった。

 一瞬鋼のようになった芹沢の右腕。

 その状態で、金平の鳩尾めがけ、異様な力がかかった五指を押し付けたのだ。

「それほど力はかけてねーから安心しろや。マジでやったら、今ごろ内臓ぶちまけてらぁ」

 口から涎を垂らし、惨めに横たわる金平を冷ややかに一瞥する。

『人間離れした強さだ──』

 金平は薄れ行く意識の中で、そう思った。

 肘打ちと今の技の痛みで、意識を無くす。

 呼吸が停まっていた。

「ちょっと、おじさん!なんとかしてよ!」

 一瞬の出来事を静観していたソフィが、金平の状態を見て叫んだ。

 ソフィの悲壮な表情に視線をやると、芹沢は金平の体を軽々と抱えあげ、両肩を掴んで後ろから背中へ膝を当てる。

 関節を外したのかと錯覚する鈍い音を立てながら、金平は思い切り咳き込み意識を取り戻した。

「ゴホッ……カハッ」

「ガキにしては悪くなかったぜ」

 芹沢は悠然とタバコに火を点けると、金平とソフィを残して道場を出て行った。


◆◆◆


 ロッカールームを抜けてエレベーターに乗りこむと、芹沢は中に貼られている鏡を見て、タバコを咥えたままダウンジャケットをめくった。

 見ると首に、くっきり腕の跡があざになっている。

「あのガキ」

 苦悶の表情を浮かべ、呟く芹沢だった。

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