別れる道!!
雷鳴轟く市内中心部。オフィス街は日曜日の夜ということもあり、人通りは皆無に等しい。時折メインストリートを往来する車も、次第にその台数を減らしているように見えた。無機質なビルの群れが林立し、冷たい雨がその外壁や窓を伝い流れている。
その中でも一際背の高い三国重工本社ビル。下層へいくに従って斜めに傾斜している特異な形状は、山の裾野やピラミッドを連想させた。その正面入り口に乗り付けられた筋肉防衛軍のマローダー。巨大なフロントガラスに叩きつける雨をワイパーが世話しなく弾き、運転席で表情を硬くする三国の姿を覗かせた。更に強さを増す雨をなんら意に介する事無く、次々に車から出るメンバーは、まるでマフィアが敵対する組織の根城に乗り込むかのごとき殺気を漂わせ、悠然とビルへ吸い込まれて行く。
社長や木下の手には鈍く輝くドライカーボン製の刃物が握られ、異様な物々しさを漂わせている。警備員がいれば、すぐにでも警察につき出されるだろう。
しかし、豪奢な造りの正面玄関の自動ドアは難なく開き、人の気配は無い。高い天井に埋め込まれた照明器具の明かりは全て落とされ、数ヵ所に点在する非常口上部の誘導灯が、淡い緑色の光を頼り無げに灯すのみ。
筋肉防衛軍の濡れたつなぎから滴り落ちる水滴が、大理石の床を濡らし、一ヶ所に固まるメンバーの足元に水溜まりを作っていく。
その水溜まりに映り込む一堂の表情は一様に険しく、これから始まる激闘を予感させた。
「誰もいないみたいね」
静寂を破る社長の声。その声が屋内で反響し、なんの反応もない静けさが、言い様の無い不安感を各々の胸に沸き上がらせる。次第に暗闇にも目が慣れてきたが、今襲われたらひとたまりもないだろう。
『……諸君、足元の悪い中よく来てくれた』 突然、エントランスに館内アナウンスが流れ始めた。
「司……」
ギリギリと歯を鳴らす増山。声の主である司の飄々とした口調に怒りを覚える。
『……増山、お前は最上階にある私の部屋に来い、20年前に置き忘れてきた決着をつけよう』
その言葉に、増山は無言で口を真一文字に噤む。
自らの予想通り、一対一の勝負で雌雄を決する事に、言い様のない昂揚感に満たされていた。
『金平君、君は10階フロアにある道場へ行くといい。ソフィアちゃんはそこにいる』
「ソフィ……」
金平の全身の筋肉に力がこもり、装着している撲殺太郎と便所サンダルが輝き始める。
『木下大河、君は地下一階へ。逢いたがっている男がいるよ』
その言葉に、冷ややかな表情の木下の両眼に苛烈な光が宿った。
『芹沢さんと鬼瓦社長、君達には特別ゲストを用意した。存分に楽しんでくれ。それでは、良い夜を──』
その声が途切れると、突然館内の照明が煌々と輝き始める。
「!!……SE?」
社長が体を震わせた。
その眼前、大理石の床がぼんやりと虹色に輝き出す。
「化けもんと戦んのは久しぶりだな。おい、増山、金の字、ガキ。お前らお呼びみてーだぞ。行けや」
雨で火の消えたタバコを床に落とし、便所サンダルで踏みつけると、芹沢が撲殺太郎を装着した巨大な拳をつき合わせ、関節を鳴らす。
「芹沢さん、でも、SE相手に社長と二人だけじゃ」
金平が不安そうな音を出した。
「金ちゃん、行きなさい。ここはオッサン二人に任せて。ほら、増山ちゃん、大河ちゃんも!」
社長が今まで見せたことのない、穏やかな微笑みを浮かべた。
「社長……」
お茶らけたゲイの姿はそこに無い。そんな社長の姿が、今生の別れを告げているようで、金平の胸を微かな痛みが襲う。
「金平君、大河、行こう!」
エントランスに響く、増山のバリトンボイス。
大河は社長と芹沢に深々と頭を下げると、エレベーターに向かって駆け出す。その後に増山と金平が続いた。
「二人とも、絶対に死なないでください!!」
金平の強い口調が社長と芹沢に届いた時、SEがその全貌を現す。目映いばかりの虹色の虹彩が、エントランスの隅々まで明るく照らし出した。




