ニューカマー!!
食堂に入ってきたのは、金平の予想に反して大男では無かった。180センチの金平より若干小さい。年の頃は40代だろうか。
何より印象的なのはその眼光だった。
ギラギラと殺気を放っている。
「社長、戻ったぞ」
ぶっきらぼうに言い放つ男。
「芹沢ちゃんお帰り。成果あった?」
「ダメだね」
不機嫌そうに言う芹沢と呼ばれた男は、ダウンジャケットのポケットに突っ込んでいた手を抜くと、無精髭をいじり始めた。
「だっておじさん、道場破りみたいなことすんだもん」
芹沢と呼ばれた男の背後から、もう一人食堂に入ってくる。
その姿を確認し、表情を強張らせる金平。
昨日からドキドキしっ放しだが、これは質が違う。
女性だったのだ。
透き通るような白い肌と小顔、すらりとした四肢が印象的な、およそこの会社には似つかわしくない美女。
「ソフィ、あんた止めたの?芹沢ちゃん、またボッコボコにしてきたんでしょ?」
先ほどまでの上機嫌から一変、社長が女に苦言を呈した。
「だって、止める前に始めるんだもん」
小鼻の脇に軽くシワを作ると、不機嫌そうに視線を社長から反らしながら呟く女。
「ほんとにあんたたちは……」
両の拳を腰に当て、社長は頬を膨らます。
「あっ、そうそう、紹介しないとね」
キョトンとする金平に社長が気付く。
「紹介するわ。ソフィと芹沢ちゃんよ」
『ソフィ?外人?それにしてはそこまで外人っぽい顔をしていないけど』
口には出さないが、また一つ疑問が増えた。
そして、芹沢と呼ばれた男を見て、三國志の張飛を思い浮かべる金平。
確かに芹沢は、戦国時代の武将を彷彿とさせる猛々しい雰囲気を持っている。
「初めまして、金平です」
唐突に美女と対面したせいか、顔が上気して赤面する。
「こんにちは〜。え〜、若〜い」
目をキラキラさせながらソフィが金平に見入った。確かにこの会社に籍を置く男性の中では、金平は若い部類に入るのだろう。
「かなだらい?社長、なんだこのガキは?」
険悪な気配を隠すことなく、芹沢が毒づいた。
「金平君よ。新入社員。芹沢ちゃん、仲良くしてあげてね」
仏頂面の芹沢とは対照的に、社長は相変わらず穏やかな雰囲気だ。
「おいおい、俺らがあちこち駆けずり回って成果無しなのに……増山の大将か?」
「そうそう、増山ちゃんが見つけてきたの」
やたらに嬉しそうな社長。
「へ〜、何年ぶりだよ、ここに社員が入るなんてよ」
物珍しそうな表情で、芹沢が金平を凝視する。
「よし、朝飯食う前に俺が稽古つけてやるよ。社長、こいつはSEのことは分かってんのか?」
「ええ、昨日というか今朝、実物見たわよ」
急に社長の表情が変わった。
眉間に二本ほど皺が寄る。
「ちょっと芹沢ちゃん、あんたどーする気?」
言われた芹沢はポケットから煙草を取り出すと、小気味良い音を立てながらジッポで火を点けた。
「心配すんなや社長」
冷ややかな視線で金平を一瞥すると、ボソボソと呟く。
「道場は誰も使ってねーだろ?いや……増山の大将はよく朝飯前に使ったりしてるよな」
『道場?道場まであるのか?』
金平は唖然とした。
「多分増山ちゃん使ってるわよ。あんた達、まず朝ごはん食べなさいよ。それに金ちゃんいじめるのはダメよ」
社長が語気を荒げる。
若干声が野太くなっていた。
「大丈夫だって。ソフィ、おめーも来い」
しかめっ面で頭を掻くと、斜め後ろのソフィに言葉を投げる芹沢。
「えーっ、お母さんの朝ごはん食べたい〜」
見た目は大人びたモデル的な雰囲気を漂わせているものの、ソフィと呼ばれた女のあどけない素振りを見て、自分より年下なのかと金平は勘繰った。
「おい、かなだらい、ついて来い」
紫煙を漂わせながら踵を返すと、背中を向けたまま右腕を上げ、人差し指をクイクイやった。
振り返らずに食堂から出て行く。
金平は覚悟を決めたのか、表情を引き締め、小走りで芹沢の後を追った。
「お腹すいたけど、面白そうだから私も」
ソフィもひょいひょいと軽い足取りで、金平の背中を追う。
「まったく」
その姿を見て、腕組みしながら呟く社長だった。




