新たなる筋肉の序曲!!
社長から部屋にて待機と言われた一堂は、深夜の戦いで疲れた体を癒すため、各自部屋で休息をとっていた。
金平は結局寝付けず、ぼんやりと考え事をしながら朝を迎えようとしている。
まだまだ理解に苦しむことや、スタッフについて知らないことばかりだった。
そもそも、引っ越しセンターと偽られて連れて来られた挙げ句、鳥獣戯画さながらのとんでもない物を目の当たりにした金平。
これから先の自分の人生がどうなっていくのか、まったく予想がつかなかった。
ふと、味噌汁のいい匂いが微かに漂ってくる。
同時に腹がグーグーと欲求を訴えだした。壁にかかったシンプルな掛け時計の短針は、7を差している。
部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりと回し、隙間から廊下を覗く。
悲しいかな、常に何かに怯えているようだ。
スキンヘッドが見当たらないことを確認すると、ホッと息をついて食堂へ向かった。
食堂に入ると、お母さんが前夜と同じように、世話しなくキッチンで動いているのが分かった。
「あら、おはよう。早いのね」
「おはようございます。結局寝付けなくて」
互いに笑顔で挨拶を交わした。
「椅子にかけて待ってなさい。すぐ朝ごはん準備するから」
穏やかな笑顔を浮かべるお母さん。
椅子に座り、両腕をバンザイさせて腰を後ろに反り返らせ、そのまストレッチする金平。
「き〜んちゃん」
ストレッチした瞬間、伸ばした右腕に添えるように曲げた左腕と金平の顔の隙間に、スキンヘッドが潜りこんで耳元で囁いた。
「ヒッ!?」
あまりに唐突に現れた社長に驚き、悲鳴を上げる。
零距離で見る社長のご尊顔は凄まじい迫力だった。バランスを崩し、椅子から後ろに転げ落ちる。
「も〜、金ちゃん大げさなんだから〜」
相変わらずタンクトップの社長は、胸筋をピクピクいわせながら笑った。
「ちょっと社長〜、いたずらしすぎよ」
トレイで朝食を運んできたお母さんが、眉間に軽くシワを刻む。
手のひらを口に当て、吹き出す社長。
床に尻餅をついた金平は、昨日から何度となく繰り返している苦笑いをした。
「お、おはようございます」
「どう?あれから眠れた?」
「いえ……なんだか眠れなくて」
「そっかぁ、やっぱりお古のビキニのほうが良かったかしら」
いまいち噛み合わない会話を交わしながら、目の前に配膳された朝食を見て、金平は早く箸をつけたい気持ちにかられる。できるだけ社長を視界に入れないようにしていた。
「いただきマッスル」
両手を合わせた社長が、その容姿からは想像もつかない可愛い感じで言った。そして、若干首を傾けながら、想像もつかない可愛い感じの眼差しで金平をガン見する。
無言で金平を見つめ続ける社長。
微動だにしない。
何かを欲する眼差しだ。
「……い、いただきマッスル」
社長と同じく手を合わせ、呟く金平。
昔から空気を読むのは得意だった。
「は〜い、さぁ食べましょう」
従順な社員を目の当たりにして、上機嫌な社長。
朝から軽く欝になる金平だった。
昨夜の筋肉的食事と違い、焼き魚に味噌汁とご飯。シンプルだが格別にうまかった。箸を立てて、ガツガツとかきこむ。
社長もなまはげと見紛う形相で、猛烈な勢いで飯をかきこんでいる。
とにかく遠くを見るように努める金平だった。
他のメンバーはまだ寝ているのか、食堂にはストーブのヤカンの出す蒸気の音と、大型の液晶テレビが映し出すN◯Kのニュース番組の音しか聞こえない。
そんな朝の静けさを裂き、社長のポケットに入っていたスマホがけたたましく鳴り響いた。
「もしもし──あらそう。わかったわ、もうすぐ着くのね。うん──ご苦労様。あんた達、ご飯まだでしょ?用意しといてもらうから──はいはい」
察するに、これから誰か来るようだ。
金平は静観しつつ、こんな朝から誰だろうと思う。
「金ちゃんに紹介しないとね」
口の周りにご飯粒をつけた社長は、相変わらず笑顔を見せる。
「誰かお客さんですか?」
「うちの社員。出張から帰ってきたの」
「はいっ?」
絶句して、持っていた箸を落とす。
筋肉だるまが他にもまだいるのかと思うと、複雑な気分になった。
「出張ですか……あの、そういった仕事もあるんですか?」
「ん〜、まぁ仕事っていうかスカウト行脚よ。増山ちゃんも金ちゃんスカウトしたみたいに、定期的に職安に顔出したりするんだけど、プロレス団体やら格闘技団体やら色んなとこ回って人材集めに行ってんの」
SEと呼ばれた怪物を倒すためには、素手で戦う以外方法が無いと言うのならば、その筋を当たるのが正しいのだろうか……と、金平も妙に納得する。
「増山ちゃんは主任だから、あんまり遠くに行かれるといざって時に困るもんで、近場の職安行くぐらいなのよね。今までも金ちゃんみたいに何人かここまで来たんだけど、あたしが面接するとそれっきり来なくなるのよねぇ〜。やっぱ、この髭が悪いのかしら……嫌ねぇ」
『いやいや、髭と言うより全部ですよ』 心中で呟く金平。
「今回は収穫あったかしらねぇ。金ちゃんみたいないい男連れてこないかしら」
何か目的が違うところにあるようで恐ろしい。
「まっ、もうすぐあの二人が帰ってくるから、金ちゃんにも紹介するわ」
蒸気を立てるヤカンを持ってきて、社長が急須にお湯を注ぐ。
金平の湯呑みにもお茶を淹れてくれた。
その時、ガラガラと食堂の入り口が開く。
「あら、早かったのね」
電話を切って10分もしないうちに、出張から戻った二人の社員が入ってきた。




