スカウト!!
ー今となっては、私が筋肉なのか筋肉が私なのか、最早私自身わからないー
マッスルハッスル
ドーピング疑惑により、柔道の世界から追放されて半月。世間の目から逃れ、実家に戻ったはいいが仕事も金も無い。
栄光のゴールドメダルは剥奪され、隠れるように暮らしていたが、家族の寒い視線が身に突き刺さる程に痛い毎日。
一時は連日マスコミに追われ、役者にでもなった気分だったが、それが今やどこにでもいるプー太郎。
見世物じみた格闘技団体のオファーや、バラエティー番組への出演以来が多数あったが、ピエロになるのは目に見えていた。
全てを断り、地元の職安へ赴く。
覇気の無い連中がごった返している部屋でパソコンを閲覧していると、憂うつな気持ちから、深く肩を落とす。
「金平さん」
事務の女性に名前を呼ばれて受け付けに行き、説明を受ける。
周囲の数人が、一瞬金平の顔に見入ったが、すぐに皆視線を反らした。
名前を呼ばれた男の体躯が、一般市民のそれとは明らかに違うゴリマッチョだったからだろう。
こんな場所に来るゴリマッチョなど、所属するプロレス団体が潰れて職を失ったか、あるいは土建屋をクビになったか……なんにせよ、関わればろくなことにならないと、皆一様に気配を消し去った。
金平と呼ばれた男は伏し目がちに席につくと、何社かあった希望の会社の説明会の日時を聞いて書類を受け取り、そそくさと職安を後にした。
職安の無駄に長い階段を降りていくと、金平の目の前に一人の男が立ち塞がる。男は身長190センチはあるだろうか。180センチの金平が小さく見える程だ。
色白の金平に比べると、小麦色に焼けた肌がやたらに健康的で、彫りの深い顔立ちと相まって、中東の兵士さながらの趣きがあった。
グレーのつなぎを着て、悠然とした態度で腕組をし、階段の途中の壁面に背中を預け、食い入るように金平へ送る熱い視線。
「──君、仕事を探してるのかい?中々いい身体してるねぇ」
見た目に違わないバリトンボイス。
男の言葉通り、柔道で鍛え上げたバランスの良い身体は、金平が上下に着ているグレーのスエット越しにも見てとれる。
目の前の男も、金平と同等かそれ以上の逞しい体躯がつなぎ越しにも伺えた。
『こいつ、何者だ?』
首を傾げる金平はまだ23歳。
色白で、甘いマスク。かなりの二枚目だ。
対する男は30代半ばぐらいだろうか?
その鋭い眼差しから放たれる不気味な程熱い視線に、金平は危険な匂いを感じとっていた。
「すいません、どういったご用件でしょうか?」
適当にあしらって退散するつもりだった。
しかし、不意に男がつなぎのポケットから差し出した名刺を見て、肩透かしを食らった気分になる。
名刺には、「引っ越しセンター」と書かれていたのだ。




