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ゆう君のかたつむり体験記

作者: 広河陽

 雨の中を、ゆう君は真っ赤な傘を広げて歩いていました。英語塾の帰りです。何故、男の子のゆう君が赤い傘なのかというと、九つ上のお姉ちゃんのお下がりだからなのです。

 ゆう君はいつも、関口さんのうちの玄関の所にあるアジサイの前で少し立ち止まります。勿論、今日も立ち止まりました。今日のアジサイは南の海みたいに真っ青でした。

 ゆう君は真っ赤な傘を開いたまま、そこにしゃがんでアジサイを見ていました。

「きれいだな。この前の赤いのもきれいだったけれど、今日の青のもきれいだな」

 すると、はっぱの陰からかたつむりさんが顔を出しました。

「わあ」

 ゆう君はかたつむりさんをじっと見つめます。

 でも触ったりしません。かたつむりさんの邪魔をしたくありませんもの。

 だから、ゆう君はただ、見ているだけです。

 かたつむりさんは、のんびりとはっぱの上を歩いています。

 ゆう君は何だか、かたつむりさんが羨ましくなりました。そして、「ぼくもかたつむりさんになりたいなあ」

 と、言いました。

 するとどうでしょう。ゆう君の体はみるみるうちに縮んでしまいました。真っ赤な傘が地面に、ふわりと、落ちました。

 そうです。ゆう君はかたつむりさんになってしまったのです。

「ぼくはかたつむりさんになったんだ」

 ゆう君は水たまりに映った自分を見て喜びました。これで塾にも幼稚園にも行かなくてすむのですから。

 ゆう君は嬉しくて、アジサイのはっぱの上をはい回りました(ゆう君は駆け回ったつもりなのですが、カタツムリになっていたので、他の人から見るとはい回ったようにしか見えないのです)。あんまり動いたものですから、ゆう君はすっかり疲れてしまい、殻の中で少しお昼寝をすることにしました。

 ゆう君がお空の雲に乗った夢を見ていると、誰かがゆう君の殻を揺らしました。

 目を覚ましたゆう君は、ゆっくりと殻の外に出てきました。

 ゆう君の目の前には、蛇のように何もついていない、なめくじさんがいました。

「なめくじさん、何かごようですか?」

 と、ゆう君が聞くと、

「ああ、そうだよ」

 と、なめくじさんが答えました。

「かたつむり君、あなたの殻の後ろの方には小さな穴が開いています。私が直してあげましょう。さあ、殻の外へ出ていらっしゃいな」

「はい」

 ゆう君は元気良く答えると、殻の外に出て来ました。

 なめくじさんは、素早くゆう君の殻の中に入ってしまいました。

「どうですか、なめくじさん。直りそうですか?」

 ゆう君が聞きます。ですが、なめくじさんの返事はありません。

「なめくじさん?」

 ゆう君が、さっきのなめくじさんのように殻を揺らしました。

 すると、なめくじさんは言いました。

「ごめんね、かたつむり君、いや、今日からなめくじ君だ。そして、今日から僕はカタツムリ。

さようなら、なめくじ君」

 ナメクジだったかたつむりさんは、何処かへ行ってしまいました。

 ナメクジになってしまったゆう君は、

「ああ、困ったな」

 と、はっぱの上をはい回っていました。

「あれれ?」

 しばらくはい回っていると、ゆう君の上に雪みたいに白いものが降ってきました。

「変だな、今は冬じゃないのに……あっ!」

 ゆう君は声を上げました。体が、ゆう君の体が、段々小さくなってゆくのです。

「もしかして、これは雪じゃなくて、お塩?」

 そうです、お塩です。なめくじさんにお塩をかけると、なめくじさんが小さくなるでしょう? 今のゆう君はその、お塩をかけられたなめくじさんなのです。

「うわあ、助けて」

 ゆう君の側で、関口さんのうちの、まゆちゃんがにこにこ笑っていました。

「まゆちゃん、ぼくだよう、助けてよう」

 ですが、人間のまゆちゃんには、ナメクジとお話はできませんでした。

 そうして、まゆちゃんは何処かに行ってしまいました。

「なめくじなんて嫌だよう、人間に戻りたいよう」

 ゆう君が、大きな声でそう言うと、突然、ゆう君の体が大きくなり始めました。

 気づくと、ゆう君の右手には、お姉さんのお下がりの、真っ赤な傘がありました。

 ゆう君は、ため息をつくと、「もう人間以外になりたいなんていわないぞ」と、心の中で言いました。

 雨はすっかり上がり、向こうの空には、虹が架かっていました。

 ゆう君は、傘を閉じると、水たまりにじゃふじゃぶ入りながら、おうちへ帰って行きました。


<おしまい>


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