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◯活

B「推し活」

作者: 三田智
掲載日:2026/10/27

朝。


スマートフォンが鳴った。


新作グッズの通知だった。


ネズミとミミズ。


「…可愛い」


口が動いていた。






ベッドの中で、ページをスクロールした。


ぬいぐるみ。アクセサリー。ステッカー。限定ガチャ。


全部、欲しかった。


いや、欲しいと思わされていた。


でも、その区別は、もう、できなくなっていた。


買い物かごに、アクセサリーを入れた。


5,800円。


決済ボタンの上に、指が止まった。


母の声が聞こえた気がした。


「また、買ったの?」


指は、ボタンの上で揺らいでいた。


でも、押した。






会社に行く前に、母に会った。


「荷物が多いね」


玄関に、段ボール箱が三つ積まれていた。


昨日、グッズが届いたのだ。


「…友達からの荷物」


嘘だった。


母の顔が、一瞬、曇った。


でも、何も言わなかった。


朝食のテーブルで、母は、黙って、ご飯をよそっていた。






会社の机の上で、ツイッターを開いた。


「#ネズミミズ」


新作グッズの写真。


「可愛い!」


「推しは最高」


「推し活最高」


その中に、別のツイートが混ざっていた。


「推し活やめました」


プロフィール写真は、色が薄くなっていた。


アカウントを消す手前の状態。


何を書いているのか、見た。


「色々あって。推し活は、楽しくなくなってました」


コメント欄には、「え、本当に?」という反応がいくつかあった。


その人は、返していなかった。






営業の人が、営業先への資料を、置いていった。


「期間限定キャンペーンです。今、契約しないと、この値段は二度とありません」


営業の人は、毎日、これを言っていた。


紙の端をホッチキスで留めながら、その言葉を聞いていた。


期間限定。先着順。今、買わないと。


その言葉は、会社の営業資料だけじゃなかった。


推し活の世界にも、あった。


グッズの期間限定販売。ガチャの確率。


「今しか買えません」


そういう言葉に、毎回、指が動いていた。






昼休み、トイレで吐きそうになった。


別に、体調が悪いわけじゃなかった。


ただ、朝のことが、頭から離れなかった。


箱が三つ。


母の沈黙。


「また」というその一言。


トイレの個室の中で、スマートフォンを握ったまま、立っていた。


新作グッズのページが、まだ開いていた。






帰り道、駅の階段で、学生時代の友人に会った。


「あ、久しぶり」


その友人は、推し活をやめた人だった。


何か、言わなければならない気がした。


でも、何も言えなかった。


友人が、先に、言った。


「ツイッター、見た?私、推し活やめたんだ」


「…見た」


「よかったら、今度、話そう。何かいろいろ聞きたいことあるかもしれないし」


友人は、笑っていた。


でも、目は、笑っていなかった。






帰宅したら、母が、ご飯を作っていた。


台所から、玉ねぎを切る音がしていた。


リビングには、グッズの箱が、まだ開かれていなかった。


「あ、ごめん。片付けます」


「いいよ。あなたの部屋に置いてあげるから」


母は、そう言った。


何か、刺さった。






自分の部屋に、グッズを運んだ。


棚の上には、もう、グッズで埋まっていた。


ネズミとミミズの、ぬいぐるみ。


ネズミとミミズの、アクセサリー。


ネズミとミミズの、グラス。


ネズミとミミズの、シーツ。


壁には、ポスターが、貼られていた。


床には、箱が積まれていた。


新しく買ったアクセサリーを、箱から出した。


パッケージは、可愛かった。


ネズミが、元気よく、笑っていた。


ミミズは、相変わらず、黙ったままだった。


その相性の悪さが、何故か、可愛く見えた。






ツイッターを開いた。


グッズの写真を撮った。


「新作、買っちゃいました。ネズミミズ、推しは最高…」


投稿ボタンを押す前に、一瞬、止まった。


でも、押した。


すぐに、「いいね」が付いた。


「可愛い!」というコメントも来た。


その瞬間、胸が、何かで満たされた。


でも、その直後、空になった。






夜中に、友人のアカウントを見た。


その友人は、もう、推し活関連の投稿はしていなかった。


代わりに、別のことをツイートしていた。


「今日は、母と一緒に映画を見た」


「友達と会った。久しぶりで、疲れたけど、楽しかった」


その投稿を見ていると、胸が、何かで詰まった。


妬みなのか、羨望なのか。


それとも、もっと別の何かなのか。


分からなかった。






スマートフォンの通知音が、また、鳴った。


新作グッズが出たという通知だった。


ネズミが、新しい表情になっていた。


ミミズは、相変わらず、黙ったままだった。


その相性の悪さが、何故か、可愛く見えた。


買い物かごに入れた。


6,500円。


決済ボタンを、押した。






その瞬間、何かが、内側で、音を立てた。


喜びと、悲しみが、一瞬で、入れ替わった。


それとも、入れ替わったんじゃなくて、もともと、一緒だったのか。


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