冷蔵庫からお多福
深夜の台所で遭遇する、日常の裏側に潜む怪異。
本書は、古ぼけた冷蔵庫の奥から忍び寄る「おたふく面」の肉塊をはじめ、身近な静寂を引き裂く数々の恐怖を描いた実話怪談集である。
あなたが何気なく開けるその扉の向こうにも、すでに「次の顔」を待つ闇が広がっているかもしれない。
深夜二時、静まり返った台所で、古ぼけた冷蔵庫が重低音を響かせていた。
いつもの機械音に混ざって、奇妙な音が聞こえ始めたのは数日前からだ。
「ペチャ……ペチャ……くすくす」
何か濡れたものが擦れ合い、押し殺した声で笑うような不快な音。
耐えかねて冷蔵庫の扉を開けると、冷気とともに静寂が広がり、機械音はピタリと止んだ。しかし、代わりに野菜室の奥から、湿り気を帯びた低い囁きが這い出てきた。
「お、た、ふ、く……」
引き出しを引くと、冷やされた野菜の隙間に、異常に白い**「肉塊」**が転がっていた。
それは、おたふく面の形をしていた。大きく膨らんだ頬が、私の呼吸に合わせて不気味に蠢いている。引きつった赤い唇がゆっくりと開き、次の瞬間、耳元で直接あの音が弾けた。
「次は、あなたの顔をいただくよ」
悲鳴を上げる間もなく、冷蔵庫の重い扉が背後で静かに閉まった。
【了】
日常の象徴である冷蔵庫。その冷気の奥底には、私たちが目を背けたい「生々しい何か」が潜んでいるのかもしれません。
本作は、実話怪談ならではの湿り気のある不気味さと、お多福面が持つ「笑顔の裏の狂気」をテーマに執筆しました。
今夜、あなたが喉を潤そうと扉を開けるとき、冷気と共に這い出る「視線」にどうぞご注意を。




