最上の栄光、有難き幸せなのである
ちょっと迷走した作品です
私の此の責、なんと名誉なことであろうか。
殿の身代わりとなり死ねるのが、私ただ一人だけとは。
時は戦国。
私は殿の一臣下。
ある日突然呼び出され、言い渡された其の責務。
直々に殿に命じられ、私は歓喜に身を震わせた。
殿の瞳に宿っていたのは、憐憫か、同情か、あるいは虚無か。
どれであろうと構わない。
此の大役、そうそう成れるものではない。
殿はこう仰った。
「次起こるだろう戦にて、頼みの綱は其方だけ。名誉の死を授けよう」
有難き幸せ。
何たる栄光。
「謹んで、お受け致します」
口から放った私の言葉。
其の恭しさか、殿の頬が少し緩んだ。
今宵は眠れそうにない。
私にしか出来ぬ役割が、此の世に存在していたとは。
普段の仕事を進める間も、殿の言葉が耳から離れぬ。
時折身体を震わせる。
名誉からか、あるいは其以外か。
自分でも、よく分からない。
……此は運命ではないか。
ふと脳裏に浮かんで消えた。
蘇る幼き記憶。
共に勉学に励み、武術に汗を流し、無邪気だった日々。
そうだ、私は……殿の同母の弟だ。
……やはり、此以上無き名誉。
弟と生まれ、死ぬることができるとは。
そして戦が始まった。
殿は戦況を予想していた。
「負け戦となるだろう」
分かりながらも逃れられぬ戦であったが、殿は賢い方だった。
何故なら此の私にあの責与えて下さったから。
何を捨て、何を得るべきか。
殿は解っている御方だった。
敵の隊が喉元に迫る。
此の本陣の喉元に。
そうだ。
此の時を待っていた。
嗚呼。
本当に此の時が来てしまうとは。
殿と私と、鎧兜を取り替えた。
総大将の兜の重みが、私の頭を押し付ける。
脳裏に浮かぶは、あの日からの記憶。
責を全うすべく、殿の御姿の全てを盗んだ。
大丈夫だ。
怖がる必要などありはしない。
此は名誉な死なのだ。
案ずるな。
此以上の幸福などありはしない。
着終え、殿を一瞥する。
殿もまた、私の鎧兜を付けていた。
視線がかち合う。
其が最期の会話となった。
私は殿の愛馬に跨り、小勢を率いて駆けていく。
そして、盗んだ殿の声で高らかに叫ぶ。
「我は此処に居る! 皆の者! 名誉な死か惨めな死か、どちらか選ぶがよい!」
檄で昂った自軍と共に、正面突破を試みた。
敵軍の防御が薄いところに、勢いのまま入っていく。
命など関係なかった。
私の意識はただ殿にだけ向いていた。
反対方向に撤退するであろう殿に。
嗚呼。
殿のために死ねるなどと、最大の栄誉を頂けるとは。
弟として生まれた私。
殿の武具を着、殿に扮して反対を行く。
其の先に待つは栄誉の死。
あの日殿より賜った責——私の新たなる職。
——「影武者」と云う名の其だった。
戦で負け、撤退する時の駒として。
殿の為に死ぬ、武士の最大の名誉。
嗚呼。
我が兄は、やはりどこまでも私にとって兄だった。
だがやはり、本音を言っても良いのなら。
武士の名誉を捨てて言うなら。
死にたくない




