内見
石田悟が赴いたのは、築十四年の小さなアパートだった。
スーツ姿の担当者が玄関を解錠して悟を招き入れる。
殺風景な室内には何も残っていなかった。
「日当たりも良く、駅まで徒歩五分です。二十四時間営業のスーパーも近くにありますし、利便性は文句なしに高いですね」
「家賃はおいくらでしたっけ」
「三万円です。敷金、礼金はいりません。ただし事故物件ですがね」
「事故物件!?」
悟の隣に立つ涼美が驚いた顔で言った。
顔を曇らせた悟は、声量を落として担当者に問う。
「事故物件……事前情報では教えてもらえませんでしたが、一体何が起きたんですか?」
「殺人ですね。DVに悩む奥さんが旦那さんを刺してから首を吊ったそうで」
「ちょっと気味悪いですね」
「ても物件としてはかなり破格ですよ。これよりお得なところはまずないかと」
「そうですよね……」
担当者のセールスに悟は悩む。
万年金欠の彼にとって、この家賃の安さは魅力的なのだ。
難しい顔で思案する悟に対し、涼美はねだるように意見を投げかける。
「ねえ、絶対ここがいいよ! 事故物件とか気にしなきゃいいし!」
「うーん……迷うなぁ」
「絶対に何も起きないから! 大丈夫、大丈夫! 決めちゃおうよー!」
涼美は粘り強く主張する。
やがて悟は、玄関に戻りながら担当者に頼む。
「あの、一旦外に出て考えてもいいですか」
「構いませんよ。行きましょう」
部屋を出た悟は敷地外まで歩いてから、大きく息を吐き出す。
そしてついてきた担当者にぼやく。
「驚きました。あんなにくっきりと見えるんですね」
「はい……あれのせいで我々も困っております」
汗を拭いた担当者はアパートを一瞥する。
玄関に笑顔の涼美が佇んでいた。
不自然に伸びた首には縄がかかって青紫色に変色している。
担当者は震える声で解説する。
「立野涼美……彼女は己の死を自覚していません。生前の記憶も混濁し、親しげな態度で接してくるのです」
「お祓いとかやらないんですか?」
「本格的な除霊は高額ですし、害はないので放置している状況ですね」
「なるほど……」
悟は渋い顔で黙る。
担当者は重苦しい空気を払うように元気よく言った。
「それで、いかがでしょう。彼女の存在にさえ目を瞑れば、かなり魅力的な物件かと思いますが」
「……少し、もう少し検討してみます」
悟が入居の契約をしたのは、それから四日後のことであった。




