第1話:真夜中に出会った
知らない風。知らない町。知らない夜空。
幼い頃に何度も過ごしたはずの町。この町の夜は懐かしいはずなのに、僕の居場所じゃない感じがした。
高校二年生。初夏。
新学期というにはあまりに遅すぎるこの時期に僕は引っ越しを余儀なくされた。
理由は親の離婚。
と、まあよくある話で、引っ越し先は母の地元。
明日から新しい高校での生活が始まる。
それでもきっと、衝撃的で劇的な高校生活なんてものは無く、
いままでどおり、良くも悪くも目立たず、
ごく普通の日常を送るんだろう。
そんなことを悲観的でも楽観的でもなく、ただただ漠然と信じていた。
この時は。
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暑さのせいか、それとも不安のせいか。
寝苦しさに耐えきれず、僕は家を抜け出し、散歩がてらコンビニへ向かった。
夜風が、やけに気持ちいい。
夜風に背中を押されるように歩いていると、
視界の端で、不自然に影が揺れた。
ブロック塀の上。
街灯の光に照らされて、女の子がひとり、立っていた。
バランスがいいとは言えない。
落ちたら、たぶん普通に怪我をする高さだ。
「……危ないよ」
気づいたら、声が出ていた。
思ったよりも大きな声で。
女の子は、少しだけ驚いた顔をして、こっちを見下ろす。
その瞳は潤んでいた。……気がした。
そしてそれから、あきれたように肩をすくめた。
「なに。飛ぶと思った?」
否定も肯定もできず、僕は黙った。
沈黙の理由を、彼女はすぐに察したらしい。
「しないよ。今日は」
その言い方が、妙に引っかかった。
「明日はするのかよ?」
「……かもね?ふふっ」
本能的に重くなるのを恐れた僕に、彼女は悪戯に笑って見せた。
滑らかな金髪がゆっくり揺れる。
色は派手なはずなのに、不思議と夜に馴染んで見える。
夜に映える白い肌。華奢な体つき。
制服のスカートが、塀の上で風に少しだけ翻った。
表情は軽い。
けれど、どこかここではない場所を見つめているような、測れない目をしていた。
「君、この辺じゃ見ない顔だね。どっから来たの?」
彼女は塀に腰掛けたまま、僕を見下ろして言った。
「今日、引っ越してきた。東京から」
「わあ。シティボーイじゃん!」
たぶん、茶化されたんだと思う。
「こんな時間に何してんの?もしかして不良さん?」
「いや、散歩。君は?」
「ん。ヒミツ」
「なんだよそれ。フェアじゃないぞ」
彼女は少しだけ目を細めて、笑った。
「ふふ。それもそっか......
んー。あたしさ、
お昼は生きられないんだ。」




