鈴の音
「悠太、あんたんところの社になんか変な人達が入っていったんだけど」
「え?まじで?オヤジたちは?」
「いなかった」
「どこ行ったんだよ、戸締まりくらいしろよ、駄目親父…」
「念の為、駐在さんに声かけてくるから、あんたちょっと注意しに行ってよ」
「えぇ・・・早く呼んできてくれよ・・・」
代々続く神社の家系。生まれたときからお隣は神社で、親の職業は神主と神社の経理。お祭りには駆り出されるし、親戚で俺がここを次ぐ事は決定事項のように話される。嫌じゃねぇけど、窮屈ではある。
走って向かうが、遠目からは何も変化はない。
「あれ、いや、おかしい…!」
何がといえばいいかわからないが、おかしい。なんかやばい
もう秋に差し掛かる時期で草叢からうるさいくらいに虫の声が聞こえるはずなのに、音がしない
見えない糸が張り詰めているみたいで、足がすくんで動けない
「何したんだよ、一体」
来た道もどりたい
ーーーーカシャ‐‐‐‐ンーーーーガッガッガッガッ・・・・
体がビクリと跳ねる
何か重たいものが落ちた音、その後、金属をでかい何かで叩くような、何かが壊れる音がする
息を潜めて立ち尽くす。逃げたいのに足が動かない
いつも見ている社が暗く見える
木陰が強く影に沈む
どうすればいい
どうすれば
10年前の事だ。
子供の頃、よく覚えていないが、収められている鏡を台座から外してしまった事があった。
その後、俺は池の中で溺れ掛けているところを両親に救助された。
親父はその時何故か、「鈴を鳴らせ、とめるな、鳴らせ」と母に繰り返しながら池の中に入っていった。
「あ・・・」
足が、動き出す。
足がガクガクしてふらつく
転ぶな、進め、
一直線に前に走り、全力で鈴を鳴らす。
ガラン ガラン ガラン ガラン ガラン ガラン ガラン ガラン ガラン
シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン シャン
大きい鈴と紐に縫い付けられている小さい鈴が一斉に鳴り出す。
助けて、何かわからないけど助けて
「悠太!」
親父の声が聞こえる。
「駄目だ、鈴を慣らし続けろ!止めるな!」
緩んだ手を握り込み、急いで紐を振る。
社の扉を親父が開く。
いつもある御神体の鏡はなく、代わりに床になにかベコベコになった金属が落ちていた。
「御神体が…」
泣きそうな声が出る。
「よく見ろ、御神体じゃねぇ」
「えっあっ、本当だ」
御神体、鏡だからもっとこんな風に丸まっているなら小さいはずだ。それに所々に、元は像だった名残が残っている。
「池だな。絶対鈴鳴らせよ、途切れさせるなよ」
「うん」
そう言って、境内の横にある池に入っていく。
その時、波が不思議な感じで動いた。
「え?」
なんだ、なにか浮かんで…
「悠太、絶対にこっちを見るな!」
慌てて視線をはずす
鈴を振り続ける
不穏な感覚が拭えない
ちらりと見えた波の不自然さが
いや、多分そうなんだ
池の奥で、誰かが、沈んでいる。
「あった!」
視界に親父の足が見えて、眼の前を通り過ぎ、池の方から外れてから恐る恐る視線をあげると、親父が御神体に水をかけて洗っていた。
俺は親父が祝詞を唱えて祀り終わるまで、鈴を鳴らし続けた
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「悠太、昨日大変だったね」
「あーーーほんとな」
祀り終わった後、結子と警察が到着した。俺と結子は見ないように言われて、冷えるから茶と風呂を頼まれ、家に入れられた。
あとから聞いたら、池からは5人の死体が出た。一人も助からなかった。
全員、胸を圧迫するときに真っ黒い水を吐いていて、明らかに池の水じゃなかったらしい。
「鈴をならしつづけていたから、今日は筋肉痛だよ・・・」
「鈴?」
「いろいろあってな。結構長い時間鳴ってたはずだけど。こっちに近づいていたなら、鈴の音、聞こえてたんじゃねぇか?」
「聞こえなかったわよ」
「えぇ?うちは高台の上だから、鈴の音かなり広く聞こえるだろ?どこ走って来たんだよ」
「・・・走ってそっちに向かっていたのに、全然聞こえなかった」
「なんだ、それ。どのあたり走ってたんだよ」
普通にここよ、と言って教えてくれた道は、明らかに鈴の音が聞こえる場所だった。
「マジかよ。あーーーもう、ほんとヤダ」
「うん?なに、どうしたのよ。というか、なんで鈴?」
脳裏に浮かぶのは昨日の夜の親父との会話。
「うちの神社はなぁ・・・もともと、池に引きずり込まれる人間が多く出たからだってのは知っているよな」
「うん…」
死体が5体も出て、納得しかねぇよ。俺も10年前に引き込まれているし。
「あんまりに多いんで、それを鎮めるために神様に居てもらって、抑えてもらってんだ」
「うん」
知ってる。
「でも、池は人を唆す」
うん、知ってる。やっちまったのがバリバリの4歳児なんだからもう忘れたい記憶だが。
「こいつらはよう、なんか、新興宗教の教祖の像をうちの神社の神様どかしておいたらしいんだよな…」
「・・・馬鹿なの?」
「そうだな」
「そういえばさー」
結子が話題を変えるように明るい声をだす。
「昨日、新興宗教の教祖が室内で溺死死したんだって。ニュースでやってて、殺人事件何じゃないか、って。恨みでも買ってたのかな。室内で水のないところだった上に密室殺人らしいから、文芸部で話題になってて。現実でミステリーだよ!」
「いや、それ怪異だよ」
鈴は清めのために鳴らすものだってどこかで聞いたので、それを思い出して書きました。
鎮めるため、って理由で建立される神社たくさんあるので。
昔住んでいたところで、散歩していたときに通った神社が実は水害を収める為に建てられたと説明書きがありました。
川が近いから、昔は氾濫していたんだろうなと納得しました。
恐い理由があって建てられた神社を減らしたりするのって危ないよなぁって思います。