幽霊社員
怖い話しようぜ? ああ、いいよ。
今残業してやってる資料、明日の10時に使う資料。
そうだろう悲鳴もあげるだろう。ほら、新人ちゃんが今日、定時にここまでしか終わってませぇんって言って帰った。
ぞっとするだろ。俺、教育係でも、直属でもねぇのに。いや、頼んだけど、直接じゃないし中間の社員が責任取れよ。
おまえは? ああ、別の仕事を投げられた。適当にでっちあげてと……。あいつはバケモンだな。しかもいつの間にかふらって消える。ああいうのが、幽霊社員とか言うんだろ?
本当にな。社長の親族だからなぁ……。近い将来あれが役員とかなったら辞める。
泥舟とわかって一緒に沈みたくない。
一縷の希望が蜘蛛の糸すぎる。しかもあいつだけちゃっかり助かるやつな。
で? 怖い話より仕事しろ。
もう、いやだ、発想のバリエーションが尽きた?
何枚書くのよ? あ、うん。
わかった。お茶を飲んで少し話をしよう。はぁ、なんだって今日に限って他に誰もいないかねぇ。
水音がしないかって? この部屋には水が出るところなんてないよ。雨漏りも一軒家じゃあるまいし。給湯室からは離れている。
そ、気の所為。
お茶はって? 冷蔵庫に……ああ、ウォーターサーバーあったな。アレ好きじゃないんだよな。変な味がするっていうのに、他のやつ気が付かない。
なんかこう、腐ったような? メンテナンス出しとけよと言ってるんだが。
何が原因かって? 魔剤を突っ込んだバカがいてな。頭いいともてはやされたのは翌日までで、その後食中毒を起こし、病院送りが何人も。
そもそもそういう発想になるくらい魔剤飲むな。死ぬぞ。
ブラックだねって、そうだよ。
いつも定時退社の人はお気軽だな。
わかったわかった。一日の業務を並べたてんでもいい。暇じゃないのな。効率優先主義なのはいいことだよ。俺も、夕方ぐらいから仕事増えるのなんとかしてくれれば。
ん? 水音? 聞こえねぇよ。
雨の日の怪談なぁ。濡れ女ってのは聞いたことはあるが、アレは溺れた人の話か。
それより、車で走っていて、なんか踏むほうが怖い。田舎道知ってるか? うっかり車道にでかいカエルがいたりするんだぞ。雨の夜中にピギャって。翌日になんか惨劇の後だけが残されているという。赤黒い虐殺ロード。
怖いだろ。スプラッタは気持ち悪い? じゃあ、川辺でキャンプして、あ、もういい? 予想がつく?
上流にダムがあるかは重要だ。間違っても水辺は近寄らないほうがいい。
うん? 水は嫌いかって? 運動はできない。よって水泳もできず、スクールで溺れかけるという偉業を達成し、すみませんが無理ですとお断りされた。
なのに川に? え? あ、あれか、会社の芋煮会。県外からきたものにはわからんが、あれは戦争案件と聞いた。平和的に鍋を2つ用意しました、の意味を理解したとき戦慄したね。
あのべいくどもちょもちょとか焼いた丸いやつくらいのなんかがあった。
子供は好き? 嫌いだね。あっちがなんかおっさん、遊ぼーぜ! ベイブレードすっげぇんだろってキラキラした目で絡んできやがる。
昔流行ったのが今、流行ってるしな。
そもそも、子供ってのは、死に向かって生きてる。そうでもなけりゃ、なんで、木に登って、下が水場でなんて死ぬね、というところに行くのか。
助けに行ったんでしょう?
どうだったかな。
水が。
……………。
「ありがとうございました。
これで、にいちゃんも成仏できるか、僕に憑くかしてくれると思います」
朝日昇る頃、俺は、会社のロビーで呆然としていた。
なんかよくわからないが、思い出した。
会社主宰の芋煮会で、川辺で遊んでいた子供の相手をしていた俺、溺れる子供を助けて死亡。
死んだのに、会社来て残業してた!
俺の前には壮年の男性と若い女性。そう、新人と俺が思っていた社員だ。
「あの時助けていただいた、子供です。
すみません。うちの親族がいつまでもお仕事させてしまっていて……。」
「え、俺何したの?」
「成仏しないで残業を」
なんでも、会社に恨みでもあるのかと戦々恐々していたところ、ずーっと日暮れから朝まで残業して、仕事を片付けていたからほっといた、らしい。
会社はきちんと席を用意して、毎日線香上げて、お供えもしていたそうだ。
お手伝いしてもらった社員からは礼を言われる日々だったらしい。
……。
充実した死後ライフだ。
「我が社の守り神と言われていますが、さすがにもう15年も働いてもらっているのでそろそろちゃんと供養しようという話になりました」
助けたやんちゃな子供がおとなになるはずである。男児がなぜ女性に化けたのかは知らないが。
「普通にお話したところで話を聞いてもらえず。知らないやつがいても全く、なんにも気にせず毎日残業するので私も一緒に残業してようやく打ち解けてきて、今ですね」
長かった。としみじみいう男。
「それはご面倒をおかけいたしました?」
ひとまず成仏すればよろしい? そういう気分だが、どこに行けばいいのかわからない。
「よろしければですが、こちらの人形に」
もじもじとした様子で女性がぬいぐるみを差し出した。
「助けていただいたお礼をしていません。
一生分、お仕えいたします」
じっとりとした重さ。粘着性あり。
俺は喜びよりも恐怖を感じる。
なんなら、今まで一番のホラー。
「成仏しますね!」
くるりと男性に向かって宣言した。
「それがいいと思います」
さくっと成仏させてもらうことにした。
そういえば、明日の資料間に合ったんだろうか。俺がそれがちょっと気がかりで……。
成仏しそこなった俺、残業するおじさん幽霊を延長することになった。
マジで幽霊社員となったのである。